COCAMPコラムの中でも特に人気のテーマである「ダイレクトマーケティング」。この連載コラム「ダイレクトマーケティング実践講座」では、大広と協働し、様々なクライアントのダイレクトマーケティングやCRMを実行する株式会社クロスエムの中村光輝氏とともに、ダイレクトマーケティングで重要な「事業戦略」「顧客戦略・顧客獲得」「顧客育成」「フルフィル・顧客管理」の4つの領域について、現場の実践に基づき解説していきます。
(図表)ダイレクトマーケティング実践講座の全体概要
第3回は、ダイレクトマーケティングにおける「事業戦略」のなかの「事業モデル」について。
シリーズ一覧は、記事下部をご覧ください
ダイレクトマーケティングにおける事業モデルの違い
折橋
さて、事業戦略という領域で、ターゲットやコンセプト作りについてお話をしてきましたが、そこに加えて、「事業モデル」の視点も重要です。
ダイレクトマーケティングにおいては、事業モデルとして、定期コース主体の「単品リピートモデル」と都度購入主体の「クロスセルモデル」があると思います。
今、通販ビジネスにおいては、単品リピートモデルというのが主流ですよね。定期購入、定期お届けというところがメインになってくる事業モデルです。
それに対してクロスセルモデルというのは、定期購入も含まれるんですけれども、定期購入よりも、その都度購入するという「都度購入」が多くなりますね。
この事業モデルの違いについてはいかがでしょうか?
クロスセルモデルはロイヤルティを作りやすく、単品リピートモデルは短期的に収益化しやすい
中村
私の経験から言うと、単品リピートモデルよりもクロスセルモデルの方がロイヤルティを形成しやすい販売方法だと思います。実際に、単品リピートモデルよりもクロスセルモデルの方が、LTV(Life Time Value)が高くなることを実証したことがあります。
収益化というところでも、この単品リピートモデルとクロスセルモデルでは違いがあります。
単品リピートモデルの特徴として、クロスセルモデルに比べて短期的に収益化しやすい点が挙げられます。ただし、顧客単価が比較的低いので、売上を上げようとすると、顧客数が必要になってきます。 顧客数が必要だから、結局、新規顧客をずっと獲得し続けなければいけない、というような悩みがついて回るモデルでもあるのです。
それに対してクロスセルモデルは、収益化までに時間がかかりますが、長期的に安定した事業を作ることができます。このモデルでは、長期的に高い収益を上げるために、ロイヤル顧客を育成することが重要視されます。
折橋
そうですね。単品リピートモデルは顧客単価に上限があるから、常に新規顧客を増やす必要がある。一方、クロスセルモデルは別の商品を購入してもらえるほど企業にロイヤルティを感じてもらう必要があるから、顧客を育成しないといけない。 だから時間はかかる。
でも、結局のところ、クロスセルモデルの方が収益としては安定すると。
単品リピートモデルとクロスセルモデルで売るべき商品は?
中村
次に、「商品」という視点で見てみましょう。単品リピートモデルは、基本的にスター商品を中心にしていますから、取扱商品数が少ない傾向があります。このモデルを選択する場合、一般的に流行している商品カテゴリーを選ぶことが多いため、他社との激しい競争が生じることがあります。そのため、常にレッドオシャーンの戦い方になる、ということも言えます。
一方でクロスセルモデルでは、比較的多くのアイテムを取り扱い、それぞれの商品が異なる役割を持っています。例えば、購入ハードルの低い顧客獲得目的の商品や、クロスセル目的の商品などがあります。そのため、売れている商品と売れていない商品が分かれる傾向があります。
顧客の視点で2つのモデルを見てみると?
折橋
さらにもう一つの視点もありますね。「顧客の特徴」の視点から見ると、単品リピートモデルでは、大半の顧客が1つの商品しか購入していないため、クロスセルがほとんどない。そのため、顧客単価が低い傾向になります。この事業モデルにおいて、顧客のゴールは「商品ロイヤルティ」の形成です。その1アイテムを、いかに好きになって長く続けてもらうのか、というところがゴールになります。
一方、クロスセルモデルでは、顧客が継続的に購入するようになると、複数の商品を併買することでクロスセルが促進されます。その結果、顧客単価が上がり、顧客シェアが高まり、顧客が自社のブランドにロイヤルティを持つようになります。そのため、クロスセルモデルのゴールは、単純に1つの商品のファンということではなくて、その企業のロイヤルティ、企業ファンになっていくことになりますね。
中村
そうです。ダイレクトマーケティングを推進する上で、2つのモデルがあることを理解しておかなければなりませんね。そのうえで、自社は何を目指していくのかを明確にしてビジネスモデルを構築する必要があります。
(図表)単品リピートモデルとクロスセルモデルの比較
単品リピートモデルとクロスセルモデルの特徴
折橋
単品リピートモデルとクロスセルモデルの特徴について、さらに突っ込んでみていきましょう。
中村
以下の図をご覧ください。
(図表)単品リピートとクロスセルの特徴
中村
単品リピートモデルでは、基本的には、1つの商品に対して、顧客は分かれていく傾向があります。例えば、商品Aに対してはVというタイプの顧客が、商品Bに対してはWというタイプの顧客が、商品Cに対してはXというタイプの顧客がいるといった具合です。商品がバラバラとあることによって、顧客像が、バラバラになってしまうことも多い。その結果、クロスセルもしないということにもなる。
単品リピートモデルの中には、顧客像が複数になることで、アフターフォローの施策も多岐にわたることが問題となるケースがあります。各商品に合わせた継続的な施策を用意する必要があり、結果的に非効率な部分が出てくることもあります。このモデルは、顧客獲得効率を意識しながら、新規顧客の獲得に頼らざるを得ないモデルということになります。
それに対して、クロスセルモデルは、それぞれの商品に役割を持たせることで、獲得した顧客に対して異なる商品を促すことができます。例えば、商品Aと商品Bで獲得した顧客は、それぞれ異なるセグメントに分類されます。そして、C、D、Eというクロスセル商品を開発し、顧客単価を高めていくという仕組みがクロスセルモデルの特徴です。
クロスセルモデルでは、顧客との中長期的な関係性を重視します。このため、顧客維持を精緻化し、ロイヤル顧客を育成することがゴールとなります。顧客獲得よりも顧客維持に重点を置いたモデルであり、ロイヤル顧客を維持することが新規顧客の獲得にも良い影響を与えることになります。
クロスセルモデルは、ロイヤル顧客をベースに、長期的な関係性構築、つまりCRMそのものを目指したモデルです。長期的な関係性構築を重視することで、顧客とのつながりを深め、ロイヤル顧客を育成し、ビジネスの持続的な発展につなげることができます。
事業成功をもたらすロイヤルティ形成
「商品ロイヤルティ」と「企業ロイヤルティ」
折橋
ところで、以前このCOCAMPコラムでもご紹介した「アンバサダー“ハリケーン”モデル」では、アンバサダーにも2種類あって、商品が大好きで、商品を応援し、他者に推奨する「商品アンバサダー」と、その商品を生み出している企業が大好きで、企業を応援し、他社に推奨する「企業アンバサダー」が存在します。
※アンバサダーハリケーンモデルについては下記コラムで解説しています。
ロイヤル顧客は、どのように育っていくのか〈第1回〉ロイヤル顧客から、「アンバサダー」へ
ただ、残念ながら、商品アンバサダーは、他社でよい商品を見つけると、そちらに目移りしてしまうという危険性があり、長期的な関係を築きにくいと考えています。やはり、企業アンバサダーこそが、真のアンバサダーであり、長期的に企業を支えてくれる存在であるので、企業アンバサダーを育成する必要があると考えています。
このアンバサダーに象徴されるように、一口にロイヤルティといっても、「商品ロイヤルティ」と「企業ロイヤルティ」という、2種類がありますよね。
(図表)商品アンバサダーと企業アンバサダー
企業ロイヤルティがクロスセルを機能させる?
中村
はい。そう考えています。
商品ロイヤルティとは、一つの商品に共感し、その商品を好きになることで、リピート購買をすると考えます。ただし、単品リピートモデルでお話をした、商品ロイヤルティが形成されたからといって、必ずしもクロスセルが機能するわけではないことに注意が必要です。
一般的には、新規顧客は、広告を見て期待をしたベネフィットを初回購入で確認します。支払い価格に対して、その価値が見合っているかどうかを確認し、それができたらリピート購買につながります。リピート購買を継続するためには、納得感が必要です。この納得感は、基本的なベネフィットに加え、プラスアルファの要素が加わることで深まります。そして、新たな価値が発見され、商品のコンセプトや考え方に共感する段階に至ります。こういった段階になると、商品を本当に好きになり、商品リピートが安定するようになります。
折橋
それが、商品ロイヤルティが形成されている状態ということですね。商品ロイヤルティが形成されて単品リピートのゴールとなる顧客が作られるわけですけれど、先ほどおっしゃったように、なかなかこれだけではクロスセルが働いていかない。
中村
はい。下の図で、商品ロイヤルティのゾーンに留まらず、企業ロイヤルティのゾーンに入る必要があります。これは、企業またはブランドに対するロイヤルティのことであり、企業を好きになってもらい、企業やブランドに共感してもらうことが重要です。企業ブランドコンセプトに共感してもらうことが、この目標を達成するために必要です。
(図表)商品ロイヤルティと企業ロイヤルティ
企業ロイヤルティがロイヤル顧客の育成に重要
折橋
第2回で出てきた「顧客視点でのブランドコンセプト」ですね。いかにブランドコンセプトが大切なのかがよくわかります。
中村
こうして、クロスセルが機能し始め、顧客シェアが高まると、企業に対する信頼感が高まっていくので、その顧客の中でナンバーワンブランドになります。さらに高まると、特別待遇感が顧客の中に生まれ、ブランドがオンリーワンの存在になります。これにより、LTVが最大化されます。
ロイヤル顧客の育成と維持に関して、企業ロイヤルティの形成が非常に重要であることがわかります。
折橋
最終的には、事業成功のためには、企業ロイヤルティをいかに高めることができるかということになりますね。
「アンバサダー”ハリケーン”モデル」でも、広告・口コミ・オウンドメディアでは、圧倒的に商品情報が多い。だからこそ、真のアンバサダーを育成するためには企業情報を積極的に発信し続けることが重要だと主張しています。
(図表)アンバサダーハリケーンモデル
ダイレクトマーケティングの事業戦略まとめ
折橋
それでは、第1回からここまでで話してきた事業戦略のおさらいをしたいと思います。
ダイレクトマーケティングにおける事業戦略のポイントについては、3つ重要なことがありました。
1つ目は、ターゲティングにおいては、性年代や居住地などだけでなく、具体的な人物像やペルソナ像を描くこと。
2つ目は、ターゲティングした顧客視点でブランドコンセプトを作り上げることです。
3つ目は、事業モデルをきちんと踏まえておくこと。単品リピートモデルまたはクロスセルモデルをどのように選択するかが、売り上げの上昇や新規顧客の獲得につながるため、重要なポイントになります。
結論として、キーファクターは、ロイヤル顧客の育成と維持になるということですね。
(図表)ダイレクトマーケティング事業戦略のポイント
ロイヤル顧客の育成~3つの課題
折橋
ここでちょっと確認させてください。単品リピートモデルのメインは「定期購入」ということで、定期コースがあまりよくないビジネスモデルではないのかという誤解も生じかねないなと思うのですが、そうではないですよね?
単品リピートモデルで定期コースを入口として活用して、それで終わりではなく、そのあと、きちんと企業ロイヤルティを上げる施策をして、商品をそろえ、クロスセルをしていただけるようにする、というやり方も十分可能ですよね?
中村
そうですね。可能だと思います。1商品の定期コースだけで顧客との関係が終わってはいけないと思っています。モデルとしてご説明する際に、2つの違いを際立たせたほうがご理解しやすいかなということで、対比させました。
私が特に強調したかったのは、今後のダイレクトマーケティングにおいては、新規顧客獲得がますます厳しくなると考えられるため、「ロイヤル顧客の育成と維持」がきちんとできているかどうかというところが重要だということです。実際に、ダイレクトビジネスを行っている企業でも、ロイヤル顧客が増えないという悩みを抱える企業が多いと感じています。
私自身の体験から、そういう企業に共通する課題は3つあると思います。
1つ目の課題は、顧客に企業ブランドや自社の価値を伝えていないことです。多くの企業は、そもそも企業ブランドの想いやこだわりを発信できていないと思います。値引きオファーのついたクロスセルチラシみたいなものはお届けしていても、その企業ブランドの想いやこだわりというのを、リピーターになってくればくるほど、実は届けてない。
初回購買の時に企業の話について書かれた冊子を入れたことはあるけれども、一年二年と経っていくと、そういう想いやこだわりを伝えることはしていないという企業も多いので、やはり、ロイヤル顧客が増えない、生まれない。
2つ目の課題は、顧客とのコミュニケーションの頻度が少ないことです。値引きオファーのついたセールスばかりになり、顧客のマインドを高めるようなコミュニケーションが不足している企業が多いように感じます。直接的な収益を考えてROI( Return on Investment「投資利益率」 )的な発想に陥り、チラシやDMを見て買ってもらわないとROIがクリアできないという考えがあるかもしれませんが、長期的な顧客との関係性やコミュニケーションの頻度が少ないと、ロイヤル顧客が増えないという課題が生じます。
3つ目の課題は、顧客を深く把握していないことです。ROIや短期的なダイレクトレスポンスに重きを置き、顧客の行動や意識を理解しようとしていない企業が多いように思います。その結果、マネタリー(累積売上金額)はあるがNPSスコアが低いという企業もあります。これは、ターゲットセグメントをきちんと把握し、顧客の行動や意識を適切に理解していないためだと考えられます。単純に年代や購入回数ごとの顧客数を知るだけでなく、ターゲットセグメントごとの行動や意識を把握することができていないと、ロイヤル顧客の満足度やロイヤルティを向上させることができません。
折橋
そうですね。この3つの課題って、結構多くの通販企業の悩みだったりしますよね。
中村
この3つの課題について、ダイレクトビジネスを行っている企業のほとんどが十分には対処していないなと、感じています。しかし、逆に言えば、まだまだ伸びしろがあるとも言えます。今後、ダイレクトビジネスを成功させるためには、これらの課題に対処し、ロイヤル顧客を増やすことが重要だと思います。これらの点が、ダイレクトビジネスにおける事業戦略の留意点です。
(図表)ロイヤル顧客を増やすための課題
まとめ
ダイレクトマーケティングでは、事業モデルとして「単品リピートモデル」と「クロスセルモデル」があります。ダイレクトマーケティングの成功には、事業モデルの選択とロイヤル顧客の育成が鍵となります。
- 単品リピートモデルは短期的な収益化がしやすいことがメリット、クロスセルモデルは長期的に安定した収益(LTV)に注力するモデル。
- 単品リピートモデルでは顧客が一つの商品に集中するため、顧客単価が低くなるが、クロスセルモデルでは複数の商品を購入することで顧客単価が上昇し、さらに企業へのロイヤルティが高まる。
- ダイレクトマーケティングにおいては、ロイヤル顧客の育成が重要であり、企業のブランドや価値を伝え、顧客とのコミュニケーションを密にする必要がある。
次回は、ダイレクトマーケティングにおける「事業戦略」のなかの「マーケティング戦略」-「商品企画」について話していきます。
<ダイレクトマーケティング実践講座 講師>
中村 光輝
(株)クロスエム 代表取締役
通販会社にて18年間、CRMを中心にマーケティング業務に従事。その後、2014年に独立。主に化粧品や健康食品などのダイレクト事業を対象に、CRMのプランニングやマーケティング戦略の立案、顧客分析などをサポート。特に、ロイヤル顧客を軸とした戦略・施策のコンサルティングを多数手掛ける。
折橋 雄一
(株)大広 顧客価値開発本部 顧客育成局 マネジメントリーダー
メディアバイイング、TV通販会社の営業担当を経て、ダイレクトマーケティング業務に従事。TVインフォマーシャルを中心にしたアクイジション領域から、CRM戦略立案や顧客育成プログラム立案等のクライアントサポートを推進。調査と分析を核としたPDCAと、得られた知見を統合しオジリナルメソッドを開発することに力を注いでおり、通販の顧客インサイトを可視化した「カスタマージャーニーマップ」や口コミ循環のマーケティングモデルである「アンバサダーハリケーンモデル」を開発。
ダイレクトマーケティング講座〈第3回〉はいかがでしたでしょうか?COCAMPでは、これからも、みなさまの業務に役立つコンテンツを掲載してまいります。これを機会にメルマガ登録をお願いします。
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「ダイレクトマーケティング実践講座」シリーズ一覧
ダイレクトマーケティング実践講座〈第1回〉事業戦略①最も重要なターゲティング
ダイレクトマーケティング実践講座〈第2回〉事業戦略②ロイヤル顧客が共感できるブランドコンセプト
ダイレクトマーケティング実践講座〈第3回〉事業戦略③事業モデル~単品リピートとクロスセル
ダイレクトマーケティング実践講座〈第4回〉マーケティング戦略①商品企画
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