新規事業の開発は、市場での競争力を高め、企業の持続可能な成長を実現することにつながります。しかし「せんみつ」という言葉があるように、1,000の事業を興して3つしかモノにならないほど、成功確率は低いのが現状。そのため企業にとっては、「いかに “筋の良い(=成功確率の高い)” 事業アイデアを量産するか」がカギとなってきます。しかし、多岐にわたる「壁」があり、そのカギを実現することは難しい。多岐にわたる「壁」を乗り越えるために、ベンチャーキャピタル※ON&BOARDと広告会社である大広がタッグを組み、「タイムマシン型新規事業開発」という新たな事業開発ソリューションの提供をスタートさせました。タイムマシン型、とはどういうことなのか。ベンチャーキャピタルと広告会社がタッグを組む意味とは? このソリューションに携わっている、未来開発局インキュベーションセンターの石塚さんに話を聞きました。
【インタビュイー】石塚 賀彦(いしづか・よしひこ)
大広 未来開発局インキュベーションセンター チーフディレクター/ON&BOARD Venture Capitalist
兵庫県出身。2009年博報堂DYグループ「大広」に入社し、11年間プロデューサーとして大手食品会社等、幅広い業界、サポート領域(マーケティング/ブランディング/デジタル含むメディア全般/制作など)に従事。 2020年よりビジネスインキュベーション部門のカタリストとして、VCへのLP出資等、外部とのネットワーク構築および連携PJの推進・大企業のオープンイノベーション支援に従事。 2021年にはDX部門にて、プロジェクトマネージャーとして、プロジェクト全体設計・DX関連サービスの導入・セールスDXの仕組み構築などに従事。 2023年11月よりベンチャーキャピタル「ON&BOARD」へ出向中。大阪大学薬学部・大阪大学大学院薬学研究科卒業。薬剤師資格を保有
筋の良い事業アイデアの見つけ方って?
~新規事業開発は成功率が低いので、事業アイデアをどんどん出して “数を打つ” 必要がある、というのは分かります。モノになりそうな、いわゆる “筋の良い” 事業アイデアが揃っているほど成功率は上がるということも…。でも、そもそも筋の良い事業アイデアってどういうものですか?
筋の良い事業アイデアとは、熱狂的な顧客ニーズが見込めて、なおかつマーケットサイズも見込める事業アイデアのこと。ここで言う「熱狂的な顧客ニーズが見込める」とは、お金を払ってでも解決したい、無いと困るというような「マストハブ=must have」な顧客ニーズを捉えていることを指します。でも、ほとんどの事業アイデアは、あったらいいなという程度の「ナイストゥーハブ=nice to have」な顧客ニーズしか見つけられないのが現実ではないでしょうか。マストハブの顧客ニーズを捉えつつ、一定のマーケットサイズが将来的に見込める事業アイデアとなると、さらに数が少なくなることがご理解いただけると思います。
~事業アイデアの数を打つために、社内でビジネスプランコンテストを開催する企業も多いようですね。たとえば、リクルートが社内で実施している『Ring』という新規事業提案制度では、年間1,000件近いアイデアが寄せられると聞きました。『ゼクシィ』や『スタディサプリ』などの事業もここから生まれたとか。
それぐらい、企業のカルチャーとして浸透していれば活気づくと思うんですが…。残念ながら、社内でビジコンを開催しても、アイデアを出す人の顔ぶれが固定されてしまうというのはよくある話です。しかも個人の発想・着想は、自分自身が抱えている課題や、周囲の身近な人が抱えている課題が起点となっているケースが多い。そういうミクロな視点に陥りやすいので、事業アイデアの幅は必然的に狭くなりますし、出てくる数にも限界がある。
さらに、都合の良い情報ばかりを集めて「いけるんじゃないか」と思い込んでしまう確証バイアスがかかることで、ナイストゥーハブな課題をマストハブと誤って捉えてしまいがちです。俯瞰的に課題を見つけるマクロな視点や、市場を流れで見る視点が抜け落ちているので、将来的に一定のマーケットサイズが見込めなかったり、競争の激しい既存市場、レッドオーシャンで戦うことになったりします。結局、個人の発想・着想をアップデートする研修制度やリサーチによる裏づけ、あるいはメンターのサポートといったものがなければ、ほぼ失敗するんじゃないでしょうか。
~事業アイデア出しや絞り込みという初期段階で、すでにつまずいている企業が多いわけですね…。
ちょっとこの図をご覧ください。一般的な新規事業開発のフローですが、やはり3の「新規事業アイデアの洗い出し・選定」が肝心なんです。それだけに、先ほど申し上げたような落とし穴も多い。
(図1)一般的な新規事業開発のフローと各フェーズにおける課題
自分自身が抱えている課題や周囲の身近な人が抱えている課題も非常に重要だけど、本来は世の中にある課題や事業機会をもっと全体的に見渡して、いまウチの会社にベストな事業は何か?という考え方で事業アイデアを選ぶべきではないでしょうか。そんな想いから、私たちがスタートさせたのが「タイムマシン型新規事業開発」なのです。
タイムマシン経営のメソッドを取り入れた新規事業開発
~「タイムマシン経営」という言葉は聞いたことがあります。どういう意味なのか、あらためて教えてください。
タイムマシン経営は、他の市場や国で成功しているビジネスモデルや技術を、自国や新しい市場に導入する手法です。ソフトバンクの孫正義氏によって命名され、これまでにも多くの日本企業が実践してきました。広く知られている例としては、ビジョナル株式会社の南壮一郎社長が立ち上げた転職支援プラットフォーム『ビズリーチ』。米国で成功していた『TheLadders.com』というサービスを参考にして生まれた事業です。タイムマシン経営は、すでに海外などで成功が証明されているビジネスモデルを活用するため、事業の成功確率も高めることができます。
~そのタイムマシン経営の考え方を、新規事業のアイデア創出に取り入れたから「タイムマシン型新規事業開発」なんですね!
そうです。私たちの「タイムマシン型新規事業開発」では、海外ですでに事業成長している海外企業に目をつけます。右肩上がりに勢いよく伸びているので、熱狂的な顧客ニーズがあり、しかも市場規模の見込める事業アイデアだということになります。ただ、海外事例をそのまま真似するだけでは、文化や価値観、法規制、商習慣、競合環境など市場背景が異なるので成功する可能性は低いでしょう。自国に合わせてローカライズしなければなりません。
その良い例として挙げられるのが、インドネシアのGojek(ゴジェック)。これはスマホなどで使えるアプリで、バイクタクシーの配車からスタートし、フードデリバリーや荷物の配送などまで急速にサービスを拡充しました。先行したサービスは米国発祥のUber(ウーバー)ですが、GojekがインドネシアでUberよりも優位に立てた大きな理由としては、渋滞の多い東南アジアの交通事情を踏まえ、車ではないバイクタクシーにしたという点があります。
このようにタイムマシン型新規事業開発では、海外事例を元にしながらも、日本市場でその顧客ニーズの再現性があるのか、日本の顧客ニーズに合わせるためにはどのように事業をローカライズしなければならないか…などを検証する必要があるのです。たとえば英国では、黒人女性向けのライフスタイルやコスメにフォーカスした、メディア兼コミュニティ『BLACK BALLAD』が成功しています。日本には黒人女性がほとんど存在しませんが、この事業モデルを少し抽象化すると「社会的マイノリティに向けたビューティー・コミュニティビジネスは、ニッチではあるが、それだけに永く愛されやすく、時代にも即しているのでは?」といった切り口が見えてくる。そこから筋の良い事業アイデアへと発展する可能性は大いにあるでしょう。
広告会社がベンチャーキャピタルとタッグを組む意味
「タイムマシン型新規事業開発」では、「ON&BOARD」というベンチャーキャピタルとタッグを組んだということですが、それによってどのようなメリットがあるのでしょうか。
この取り組みのヒントになった「タイムマシン経営」のキモは、タイムマシン事業アイデア(他の市場で、既に成功しているが、日本にまだないビジネスモデルや技術)をいち早く発見して、ローカライズ検証、社会実装するという【スピード勝負のゲーム】に、どう勝つか?です。「タイムマシン型新規事業開発」でも同じ考えになります。
そこで大広は、事業投資・事業開発のプロである「ON&BOARD」というベンチャーキャピタルに投資し、事業開発で連携することとなりました。「ON&BOARD」はリスクのあるベンチャー企業への投資・ハンズオン支援を通じて、事業の目利きを磨き、事業開発のノウハウを蓄積しています。つまり、各領域に投資仮説を持っており、「海外ではこんなビジネスモデルが伸びてますよ」などと、日本でも成功確度が高そう=有望な事業アイデアを提供することができるんです。
~なるほど! それで筋の良い事業アイデアが見つけられるのですね。大広はマーケティング支援のノウハウを活かし、事業伴走しながら迅速にローカライズ検証を進めて、社会実装の「量」産をする、と。
前述のように、海外の事業アイデアは他の市場や国向けにローカライズする必要があり、そこは広告会社が得意とするところなんですよね。大広ならではの、顧客価値を見つけたり創造したりする視点がここで発揮されるわけです。事業開発で使用するフレームワークは、マーケティング支援で使うフレームワークと重なるものも多いんです。特に顧客課題の検証、ペルソナの設定、カスタマージャーニーの作成…といった場面で、我々のこれまでの知見を活かせると考えています。もちろん、競合環境の分析も行うことができますし、日本の法規制や商慣習も考慮します。
~「タイムマシン型新規事業開発」は、特に事業アイデア出しや選定をサポートするソリューションということですが、それ以外では新規事業開発のどういった悩みに対応できるのでしょうか?
先ほどの新規事業開発フローでいうと、基本的にすべてのフェーズで生じるお悩みに対応できます。
(図2)各フェーズで支援できる事柄
中期経営計画を踏襲するケースもありますが、その解像度が高くない場合は、どういった分野に参入するかという新規事業領域の選定支援もできますし、こういう推進体制が良いのでは?と、推進体制のオプションを提示しながら、共創パートナーの探索・選定についても支援できます。ただ、他の新規事業コンサル会社やリサーチ会社と比較した際の強みとしては、「成功確度の高い事業アイデアの社会実装を量産する【タイムマシン型新規事業開発】の仕組み」という風にアピールしていきたいですね。今後はこのソリューションの認知度をさらに高め、新規事業開発に悩む多くの企業様のお役に立てればと考えています。
編集後記
「新規事業開発成功のカギは、成功確率の高い事業アイデアを量産できるかに尽きる」と石塚さんは語っていました。そのヒントになるのが、タイムマシン経営のメソッドです。しかし、他の市場や国で既に成功していて日本にはまだないビジネスモデルや技術を、いち早く発見して、ローカライズ検証・事業化を迅速に進めるための仕組みを自社で構築することは難しいのが現実。その悩みを解決するために、大広はベンチャーキャピタルとタッグを組むことで、新ソリューションの「タイムマシン型新規事業開発」を新規事業開発に悩む多くの企業様に提供し、新規事業開発の成功確率を高めることを実現していきます。
また、大広では新規事業開発に関するソリューションとして「まるっと請け負う事業開発」も提供しています。「タイムマシン型新規事業開発」が事業アイデアの創出・選定をサポートするのに対し、「まるっと請け負う事業開発」は、事業の成長過程で伴走するサービスです。
※詳しくはこちらをご覧ください。
■大広がベンチャーキャピタル「ON&BOARD」に出資したリリース記事はこちら
■文中で紹介したメディア兼コミュニティ『BLACK BALLAD』のサイトはこちら
【用語解説】
ベンチャーキャピタル(Venture Capital、VC)
「ベンチャーキャピタル」とは、未上場の新興企業(ベンチャー企業)に出資して株式を取得し、将来的にその企業が株式を公開(上場)した場合やM&Aが実行された際に株式を売却し、キャピタルゲイン(売却益)の獲得を目指す投資会社や投資ファンドのことを指します。一般的なベンチャーキャピタルは、企業への出資と同時に経営支援を行い、その企業価値の向上を図ります。投資先企業の中には上場を果たすことができずに、出資金の回収が全くできないケースもあるため、ハイリスク・ハイリターンのスタンスで企業に投資しているといえます。
LP出資
「LP出資」とは、有限責任組合員(Limited Partner、LP)が、ベンチャーキャピタルやプライベートエクイティファンドなどの投資ファンドに資金を提供することを指します。LPは出資者として、運営に直接関与せず、投資のリターンを受け取る権利を持つ一方で、責任は出資額に限定されます。これに対して、ファンドの運営を行う一般責任組合員(General Partner、GP)が投資の管理や運営を担当します。
メンター
「メンター」とは、経験豊富な専門家など、「起業家や新規事業チームに寄り添い、助言や支援を提供する存在」を指します。主な役割としては、事業アイデアの壁打ち相手になる、既存事業の部署との連携を支援する、資金調達を支援するなど、起業家や新規事業チームが直面する課題を乗り越える手助けをし、成功の可能性を高める重要な役割を果たします。
ハンズオン支援
「ハンズオン支援」とは、投資先企業の成長を加速させる積極的な経営支援活動のことです。主な内容には、経営戦略の策定支援、採用支援、販路開拓・営業支援、資金調達支援、IPO支援などがあります。VC(ベンチャーキャピタル)は資金提供だけでなく、豊富な経験と専門知識、幅広いネットワークを活用して投資先企業の価値向上を目指します。この支援により、ベンチャー企業は重要なリソースを獲得でき、VCは投資リターンの最大化を図ることができます。
投資仮説
「投資仮説」とは、字のごとく「投資に対する仮説」であり、特定の投資機会や市場に対して、将来の成長性や利益を予測するための前提や仮定のことです。投資家はこの仮説に基づいて、資金を投入するかどうかを判断します。投資仮説は、ビジネスモデル、競争環境、経済状況などの要素を考慮して形成され、実際の投資の成果を評価するための基準ともなります。
ペルソナ
ペルソナとは、商品・サービスのターゲットとなる顧客の特徴を具体化したモデルユーザーのことです。抽象的な概念ではなく、年齢、性別、居住地、家族構成といった情報に加え、趣味、ライフスタイル、消費行動、価値観など、具体的な人物像を設定します。ペルソナを設定することで、顧客視点でものごとを捉えやすくなり、メンバー間で顧客像を共通認識できることから、プロジェクトを円滑に進めることにつながりやすいといわれています。
※ペルソナについてのさらに詳しい説明はこちら
カスタマージャーニー
カスタマージャーニーとは、顧客が商品・サービスと出会い、購入・契約に至るまでに辿る一連のプロセスのこと。その先の使用・利用などを含める場合も多いです。あらゆるタッチポイントにおいて、顧客がどのようにブランドと出会い、どのような体験をして、どのような心理変容があり、最終的になにがトリガーになって購入・契約に至ったのか、という複雑で多様なプロセスを顧客と共に歩む旅になぞらえています。また、これを描いて可視化したものはカスタマージャーニーマップと呼ばれ、顧客理解や施策立案において活用されます。
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この記事の著者
石塚 賀彦(いしづか・よしひこ)
大広 未来開発局インキュベーションセンター チーフディレクター/ON&BOARD Venture Capitalist