日本国内で年々注目が高まっているスタートアップ。画期的なビジネスモデルによって社会に新たな価値を創造し、さまざまな変革をもたらしつつあります。
スタートアップのなかには社会課題の解決に取り組む企業も少なくありません。とはいえ、理想的な社会の実現をめざしながらビジネスとしても成立させるには、どのように進めていけばよいのでしょうか。
本記事では、食品ロス削減をめざすスタートアップ「ロスゼロ」の事例を通して、社会課題の解決とビジネスを両立させるヒントを探ります。
【インタビュイー】
文 美月
株式会社ロスゼロ 代表取締役
吉原 達哉
株式会社大広 東京ビジネスデザイン本部
岡本 祐希
株式会社大広 マーケティングデザイン本部
行き先をなくした食品を活用するスタートアップ「ロスゼロ」
いま、日本では年間472万トン※もの食品ロスが出ていることをご存じでしょうか。食料自給率37%しかない日本でこれほど大量の食品ロスが発生しているのは大きな社会問題の一つと言えますね。(※令和4年農水省推計)
そのままでは捨てられてしまうもったいないものを、誰かの笑顔につなげていく。この理想の実現とビジネスを両立させる方法はないだろうか。
そんなアイデアをカタチにするべく生まれたのが、ロスゼロでした。
食品ロス・フードロスをゼロへ|【通販】 ロスゼロ公式オンラインショップ
https://losszero.jp/
ロスゼロの取り組みのひとつが、行き先を失った食品をメーカーなどの作り手から買い取り、ECを通して消費者に販売すること。いろいろな廃棄食品が不定期で届けられるサブスクリプションサービス「ロスゼロ不定期便」は、日本初の“食品ロスのサブスク”として注目を集めました。
また、規格外の農作物や未利用の材料を組み合わせて、新しい命を吹き込んで生まれ変わる「アップサイクル」食品の開発や、ロスを削減することによるCO2削減量の可視化にも取り組んでいます。
食品ロス削減への取り組みが認められ、2020年には農水省後援・食品産業もったいない大賞・審査委員長賞、2023年に環境省/消費者庁食品ロス削減推進表彰・審査委員長賞、復興庁「新しい東北」復興・創生の星顕彰を受賞するほか、複数の自治体と包括連携協定を締結しています。
近年はロスゼロに賛同する食品関連企業も増え、ロス予備軍の食品の販路を広げる新たな取り組み「ロスゼロOFFICE」にも挑戦しています。
このように、社会課題の解決とビジネスの両立をめざすロスゼロがうまく走り始めるまでにはどのような経緯があったのでしょうか。
スタートアップ「ロスゼロ」を軌道にのせたポイントは?
ロスゼロ創業者の文美月さんは、当初、「食品ロスを活用するビジネスはきっと間違っていない。しかし、世の中に受け入れられるだろうか」という想いを抱いていました。
また、eコマースの経験から、廃棄されるものを安く売るだけではいずれ価格競争に持ち込まれてしまうことも懸念し、安さだけではない付加価値の必要性を感じていたそうです。
大広とロスゼロが出会ったのは、そんな時期でした。
行政が主催するスタートアップ支援プログラムで、大広の吉原達哉さんが文さんの想いを聞く機会があり、「このビジネスは社会に必要なものだ」と実感。そこから大広とロスゼロの二人三脚が始まったのです。
大広はロゴマークやキャッチコピーなどのクリエイティブ制作だけでなく、事業戦略の策定などでロスゼロ事業をサポートしましたが、文さんが最も重要だったと感じるのは、自身の想いを「ブランド人格」という形で言語化したことだったとのこと。
*ブランド人格とは
企業のブランドを「1人の“人格”を持った人」としてとらえる次世代のブランディング手法。たとえば友人に対して「やさしい」「親切」などと感じるのと同じように、企業の「らしさ」や「個性」をとらえること。(参考/株式会社 大広『ファンを集められる会社だけが知っている 「ブランド人格」』(株式会社 時事通信出版局))
「人びとの笑顔を作りたい」という文さんの想いを言語化したブランド人格をベースとして、「ロスが減る、笑顔が増える。」というコピーやロスゼロのロゴが生み出されました。
まだ世の中にはない、まだ誰も知らないビジネスモデルを展開するスタートアップにとって、事業を貫く芯となるブランド人格の策定とそれを具現化したクリエイティブは、マーケティングやブランディングにおいて重要な役割を果たしたのです。
言語化することで社員や顧客、取引先を巻き込んでいく
ロスゼロのような社会問題の解決を目指すスタートアップには、スタッフも志の高いひとたちが集まってくるもの。そのため、創業者もスタッフも「らしさ」をなんとなく理解している状態で事業を進めてしまいがちです。
ただし、“創業者が絶対”という状況だと、創業者が方向性を見誤ったときに軌道修正ができません。また、スタッフの考えや行動を制限してしまう可能性も。創業者がこう言うからやろう、創業者の言うことは聞かないといけない…という風に。
だからこそ、めざすべき姿や方向性をしっかり言語化し、表現にまで落とし込み共有することが大事になってくるのです。事業のコアとなる部分が明確だと、創業者もスタッフも全員が同じ方向を向いて活動することが可能です。
たとえば、売り上げは重要だけど、大事なものを失ってまで売らなくてはならないのか?と立ち戻って考えられることもあるでしょう。
また、ブランド人格を軸に考えることで、スタッフ一人ひとりが今大切なのはこれだ!と判断できるようにもなるでしょう。
実際にロスゼロでも、文さんの想いが言語化され、明確になったことで、社内の議論がよりスムーズに、より闊達になったそうです。
スタートアップにとってのブランド人格は、創業者のためにも社員のためにも会社のためにもなるということですね。
また、言語化したブランド人格をサイトなどで公表することで、社外からの共感も得やすくなったといいます。
文さんによると、以前は食品関連企業の方に「もったいない食品を活かしませんか」と提案しても「あなたは食品業界の人じゃないから。それは理想論だよ」と断られることも多かったそうです。しかし最近は、廃棄ロスを活用したいという2代目社長や後継者が増え、ロスゼロに買い取ってもらうことで廃棄コストを売り上げにプラスにできると評価されるようになってきたといいます。
まさに、ロスゼロのブランド人格を起点に、ロスゼロ事業のコアな価値への理解が深まり、食品業界の考え方が少しずつ変わってきていることの証と言えるでしょう。ロスゼロの事業に共感し、新しい取引先を紹介してくれる企業も少なくないそうです。
作る人も食べる人も、もっと満足できる社会へ
現在、ロスゼロは、ロス予備軍の食品をもっと活用するために、オフィスでの置き型食品サービス「ロスゼロOFFICE」の展開を進めています。ロスゼロOFFICのサービス開発では、大広社内でもPoCを実施。二人三脚でのロスゼロ・ビジネスの拡大を目指して、日々、サービスのブラッシュアップが進められています。
スタートアップらしいダイナミックさでビジネスを拡充しているロスゼロですが、食品メーカーや百貨店など、食品関連企業から高く評価されているのはどんなポイントだと思いますか?
それは、「極端な安売りをするわけではない」という点です。廃棄するかもしれないとはいえ、販路がないというだけで、本来の価値を失ったわけではない食品を安く叩き売ることは、メーカーのブランド価値を棄損することにもなってしまいます。思いを込めて作られた食品には、それぞれストーリーがあるはずで、それを丁寧に伝えると、消費者の認識はかなり変わっていきそうです。
つまり、ロスゼロを言語化する際に重視していた、「ただ安く売るのではないアピール方法を考える」ということが、正しかったということでもあります。
その結果、徐々に、販売価格の高い食品メーカーを含めさまざまな企業からロス予備軍の食品を提供してもらえるようになりました。
また、消費者のなかには“安さ”を期待している方も多いそうですが、割引率が高くない食品であっても、その理由をしっかりと語れば納得して購入してもらえるといいます。それはたとえば、こだわりの原材料を使っているので原価がかかっていることや、一つひとつ丁寧に手作りされていることなどです。
おいしく食べることが食品ロスの削減になるという事実は、消費者にとっても価値ある体験となり、エシカルな知識を深めるきっかけにもなっているようです。
「食品ロスを削減したい」という想いをきちんと言語化し、ブランド人格を作り上げたことから始まったビジネスが、スタッフはもちろん、一般の消費者や取引先までをも巻き込み、少しずつ社会を変えていくことにつながっていく。
ロスゼロの挑戦はこれからも続きますが、この事例が社会問題に取り組む新たなスタートアップ立ち上げのヒントになるのではないでしょうか。
あとがき
社会問題を解決しながら、利益も生み出す。ロスゼロのようなビジネスモデルのスタートアップは、軌道にのせるのがなかなか難しいものです。なぜなら、数字とスピード感だけを重視していると、本来めざしていた社会問題解決がおろそかになってしまうからです。
また、立ち上げ時は少ないスタッフ数で動かすため、どうしても視点が狭くなりがちです。
非財務的な魅力があるビジネスモデルだからこそ、ロスゼロにとっての大広のように、冷静に問題点を把握し、今やるべきことを第三者的な視点で提案してくれる力を活用するのが成功への近道と言えるでしょう。