皆さんはカラーユニバーサルデザイン(以下CUD)についてどれくらいご存じですか?
近年、ダイバーシティ&インクルージョンという概念が広まる中で、特定の色を見分けることが難しい「少数色覚」の人々に対する認知もこれまで以上に拡大してきています。色の見え方に関係なく、誰もが必要な情報や体験にアクセスできるようにするという考え方がCUD。現在、多くの企業や団体がこのCUD対応に取り組んでいます。
顧客体験をつくる私たち広告会社にとっても、「色」は大切な要素の一つ。そこで専門家の伊賀公一氏をお招きし、広告のつくり手/少数色覚者/多数派の見え方を持つ人といった様々な観点から対話を行うことで、顧客体験づくりの新たなヒントを得ようと考えました。
西野 亮
株式会社大広 ソリューションデザイン本部
ストラテジックプランニング局
第2グループ
柾 明日花
株式会社大広WEDO
東京クリエイティブ局
第2制作部
木村 紗妃
株式会社大広WEDO
東京プロモーション局
第2プロモーションアカウント部
高石 瑞希
株式会社大広
ソリューションデザイン本部
クリエイティブ局 第3グループ
普段、広告やイベント、キャンペーンなど発信・制作を行う広告会社に勤める私たちが、それを届ける顧客の立場に立ち返り、感動したものや自身の体験から、その事例が「なぜいいと思ったのか」「どこに惹かれたのか」を解剖して(紐解いて)毎月社内に共有する活動をおこなっている大広・大広WEDO内の若手社員チーム、【顧客体験解剖室】です!
「少数色覚者」という個性、「色弱者」という境遇
ヒトの目は多様な色覚特性を持っている
ヒトの色の見え方は、目の細胞の働きのちがいによって大きく5つのグループに分けられます。割合が最も多い「一般色覚者」といわれるC型のほかに、赤色の光を感じにくいP型、緑色の光を感じにくいD型などがあり、少数色覚者のほとんどはP型あるいはD型で、青色の光を感じにくいT型・すべての色が感じられないA型の割合はまれです。こうした色覚のちがいは生まれつきの特性として現れるほか、加齢などで起こることもあります。
色覚の型による見え方のちがい(監修・資料提供:伊賀公一氏)
そんな少数色覚者の割合は、「日本では男性の約5%(20人に1人)、女性の約0.2%(500人に1人、保因者は約10%)と言われ、およそ320万人」。「後天的(糖尿病性網膜症、網膜色素変性症、緑内障、白内障など)な色覚の変化を合わせると約500万人いるといわれています」※1。 男女同数の40人クラスなら1人は少数色覚者だといえますが、日本では2002年まで色覚検査が学校の健康診断で義務とされており、色の見え方がちがうことは、目の病気というふうに捉えられてきた歴史があります。
※1 ( 出典:NPO人にやさしい色づかいをすすめる会「色覚についての基礎知識」 https://cud.nagoya/basic/より)
NPO法人カラーユニバーサルデザイン機構(CUDO)が少数色覚者を「色弱者」と呼ぶ理由
色覚が個性だというならば、少数色覚者の呼称はネガティブな印象のある「色弱」ではなく、ニュートラルな言葉であるべきでは。しかし、CUDOではあえて「色弱者」という呼び方を採用しています。それは「社会はまだその人たちに対応した配色がなされておらず、色で困っている弱者がいる」ということを示すため。世の中の配色が全部わかりやすいものに変わってゆけば、色“弱者”はこの世からいなくなる。それを目指すための意思ある呼称なのです。
ご自身も少数色覚者の伊賀さん。「RGB 赤(Red)・緑(Green)・青(Blue)」でいうとRを進化の神様にお返ししてしまった」ため、赤が暗く見える色覚の持ち主です。地方では色弱に対する偏見もあり、自分が当事者であることを言い出しづらい場合もあったそう。過去には「色弱は就けない仕事」のリストというものが存在していたといい、伊賀さんも理系への進学をやめるように指導されたことがあるそうです。
そうしたリストの中にはメジャーな職業も存在します。例えば警察官の募集要件には2010年まで「色覚正常であること」という項目がありました。現在は「警察官として職務執行に差し支えがないこと」という条件に変更されています。その他、熟れ具合を色だけで判断しないといけない果実の出荷仕分けなども少数色覚者には難しい職業とされたりしていましたが、少数色覚者支援アプリ「色のめがね」などを使うことで業務ができるようになってきているそうです。
少数色覚者を個性として考えてみる
一方で、少数色覚の人は色の情報が限られる分、物の形状を見る力が高かったり、視覚的な集中力を発揮しやすかったりするという説もあります。実際、私たちの周りにも少数色覚者で文字校正が得意な人がいますし、伊賀さんの出会った少数色覚者のなかには「東京駅の激しい混雑の中を斜めに横断する形でスーっと誰にも当たらずに自然に歩いてゆける」人もいたのだとか。今後「少数色覚は異常ではなく特性として見る」という見かたが広まれば、少数色覚者を積極的に採用する職種も出てくるのではないでしょうか。
また、色が判別しにくくても他の感覚や経験で補完できる可能性を示す例があります。そのひとつが焼肉。
色覚シミュレータを通してお肉を見ると、少数色覚者にとって肉の色の変化はかなり見分けにくいことがわかります。
「色のシミュレータ」というアプリで比較した焼肉の見え方
https://note.com/kurobuchimgn/n/n4a2de9f32479
しかし、本当に『色が見分けづらいと、肉の焼け具合がわからない』のでしょうか?この疑問に対し、伊賀さんが教えてくれたのが、視力がない人が考案した「見えない人の焼肉研究会」という活動。肉の厚さや音でタイミングをはかる経験を積めば、目が見えなくても肉の焼き加減は判断できることを証明した好例です。これを見ると、少数色覚者も同様に色以外の経験的な要素で食べごろを判断することができるといえそう。
これはあくまでひとつの例ですが、たとえ色が判別しにくくても他の感覚や経験で補完できるという可能性を改めて教えてくれます。こうした前提で、就業上の制約も見直されていくべきではないでしょうか。
昔は世の中に色が少なかった?
さて、皆さんは普段の生活で「色が多いな」と感じたことはあるでしょうか。伊賀さんいわく「多様な印刷が可能になった80年代ごろから世の中に色が増えてきて、不便だなと思うことも増えた」そうです。
ちなみに「バリアントール」という色覚体験メガネを掛けて3日間過ごした人が「実に快適だった」と感想を述べていたそうです。「こんなに色が暴れている街なかに住んで、みなさんご苦労さまです」とも。言われてみるとたしかに、現代を生きる私たちは色の情報過多に日々晒されている気がしてきます。
伊藤工学工業「色弱模擬フィルタ バリアントール」
https://itohopt.co.jp/archives/lens_group/variantor
言わずもがな、世の中の広告にはさまざまな色が使われています。たくさんの色を使うことそのものが悪いわけではありませんが、たとえばCUDを意識して色の数を絞り、効果的に使うことを心がけるだけで、色覚特性にかかわらず顧客が集中しやすいコンテンツや、快適な空間づくりにも自然とつながっていくのではないでしょうか。
色の便利さをあきらめず、みんなのものに
CUDが普及する以前は、色を見分けにくい人に対して文字など色以外の方法で情報を伝えていました。しかし伊賀さんは「やはり色はとても機能的なものだから、誰でも分かるような色に変えることはできないか」という考えで試行錯誤。結果、少数色覚者でも意外と見分けできる色がたくさんあるということで「特定の色を使用禁止するような極端な話ではなく、お互いに許しあえるような色の選択ってできるよね」というところからCUDOの活動が始まったのだといいます。
そこで、次節では、当事者の視点で見えてくる社会の問題と可能性について、自身のエピソードを交えつつ考えてみたいと思います。
少数色覚者と学校教育・社会の在り方
色について学校では教えてくれない!?
いちばん最初に少数色覚者が壁にぶつかることが多い場面として挙げられるのは、足並みを揃えて生活することを求められる学校などの教育現場。「割合から単純計算すると、色弱者※は30人1クラスの中に1人はいることになる。それなのに、学校では色そのものに関して教えてくれる機会はなく、学習指導要項にも定められていないんです!」と伊賀さんが言うように、美術の授業などで色相環は習った記憶がありますが、小学生の時に、そもそも赤とは何?という授業を受けた記憶はありませんでした。
「世の中の約束事として『赤はこの色』『緑はこの色』というのが決まっていて、それを知っている前提で色々な物事が進行してしまいます」と指摘する伊賀さん。色は様々な意味を持ち合わせており、赤は危険、黄色は注意など、その役割の認識は一般的に共有されていますよね。しかし、それはすべての人が分かって当然というものではないのです。
私がいちばん最初に体験したCUD
私が少数色覚だと気づいたのは中学生のとき。部活の試合でユニフォームの色が見分けられなかったことをきっかけに検査を受けました。そして、少数色覚だと診断された後、赤と白のチョークの区別が難しいことを学校に伝えた結果、導入されたのがCUD対応のチョークでした。このチョークは少数色覚者に配慮したものですが、一般色覚者も変わりなく使える仕様になっています。日本理化学工業株式会社 eyeチョーク
公式サイト:https://rikagaku.co.jp
オンラインストア:https://rikagaku.co.jp/products/dci-72
少数色覚だと告げてからチョークが変わるまでは1週間もかからず、ごくごく普通の公立中学校でも、そのように速やかに対応できる環境が整っていることに当時は驚きました。CUD対応チョークはCUDOが初めて手掛けた案件で、平成22年にはこの商品を共同開発した日本理化学工業株式会社とともに、CUDOはバリアフリー・ユニバーサルデザイン推進功労者として内閣総理大臣賞を受賞しています。私が使い始めたのは平成26年ごろなので、数年で普及するほど喫緊の課題だったことが分かります。
色が分からないから夢を諦めなければならないのか
少数色覚者が次に壁にぶつかる場面は進路選択の場面です。
アートやデザインの分野では、色の表現が重要ですが、少数色覚者にはそれが高い壁となります。特に、義務教育で色を使った作品の指導を受けたことが、将来の夢に影響を与えてしまう場合が多いです。
「今は『正しい色というのはない』と学校でも教えるようになっているらしいですね」
伊賀さんも言うように、少しずつ教育現場での教え方も工夫されてはいますが、少数色覚という概念を知らずに色に苦手意識を持つと、絵を描くのが好きでも「自分にはできない」と思い込んだり、その夢を諦めたりしてしまう人が多いのではないでしょうか。
私は少数色覚について自分で調べ、理解した後も、自分が塗っていると思っている色とは違う色を塗っているかもしれない、自分が想像した色になっていないかもしれないということが不安で、何度も色を確かめながら絵を描いていたことがありました。美術の授業で色鉛筆の緑と茶色の明度が近くて見分けることができず、間違えて色を塗ってしまった経験もあります。絵の具を使う場面では、画像のように色名が書かれたパレットを使うと、出した絵の具が何色かわからなくなることを防げるので安心でした!色の名前が文字で書かれているパレット
少数色覚者だって芸術活動に参加することはできる
芸術の分野において少数色覚者は苦手意識を持ちやすいという話をしました。ですが、アートについては印象派以降、写実的でない色彩や表現を素直に受容できる環境が整っています。
「仮にアートが『人と異なる』ことが称賛される世界なら、色弱者は生まれながらに野獣派※2 であり、アートに新しい可能性を提供できるのではないか」
伊賀さんはこのように考えており、CUDO主催で「色弱者によるアート展示会」を行っています。私たちもその事例を面白いと感じましたが、一般色覚者が少数色覚者の作品を鑑賞する際、「見る/見られる」というようにそれぞれの関係性が見せ物のように固定化されてしまうのではという懸念を持っていました。しかし「少数色覚者と一般色覚者が互いに批評し合う関係なら、いびつな構図は生まれない」という考えのもとCUDOで実施した展示では、一般色覚者と少数色覚者両方による作品講評を行ったそうです。少数色覚者が権威を持ちづらいアートの世界で、対等に制作・鑑賞できる取り組みが進められています。
※2野獣派(フォーヴィスム):20世紀初頭にフランスで起こった絵画運動。
鮮烈な色彩と大胆な筆づかい、デフォルメされた形状描写などを主な特徴とする。
少数色覚者のニガテを克服させる顧客体験を
色の選択が大きくかかわるジャンルの1つがファッションです。
「色弱の人は無難な黒、紺、ベージュなどの服を選ぶことが多いような気がする。これは過去に服の色がおかしいなどと指摘された体験があるというひとがおおいからかもしれない」と述べる伊賀さん。人は誰しも、間違いや他の人と違う点を指摘されることを経験すると、「またやってしまったらどうしよう」と心にブレーキがかかります。
「でも、ファッションコーディネーターの人に服の買い物についていってもらい、成功体験が生まれて、ファッションに色を取り入れること、オシャレの楽しさに目覚めた人がいたりする。色の苦手意識を解消すると、ファッションに興味を持ち始めるんだよね」伊賀さんはファッションの楽しさを知った少数色覚者のみなさんの様子を嬉しそうに語っていました。
ファッションに関心を向けていない層の中には、そもそも関心がない層と、少数色覚のように何かしらのハードルがあり、苦手意識から敬遠している層がいます。このような意識はファッションだけに限りません。これまで表面化することが少なかった潜在的な苦手意識の中に、隠れたニーズがあるのです。

子どもに向けて、色についての失敗体験をポジティブに伝えるコンテンツを作りたい!
先述のとおり、学校では色について教えてくれないと伊賀さんは語っていました。
さらに「今後の課題として、色についての失敗をする前に、色弱の子どもに対する特別な教育が必要だと思います。そこで、今話題になっている『大ピンチずかん』のような形で、色弱の子どもたちに向けて、色弱の失敗体験を面白くイラスト付きでまとめてみんなに読んでもらえるようにしたいと考えています」とのこと。
ファッションの例でも失敗体験から興味関心の幅が狭まってしまうという事例がありましたが、伊賀さんが語るように、失敗体験を共通化して可視化する仕組みを作ることで、潜在的な課題についての認知を拡大し、これまで届けることができていなかった層に向けて、新たな顧客体験を提供できるのではないかと感じました!
カラーユニバーサルデザインは、少数色覚者だけのものじゃない!
小田急電鉄の事例
私たちの生活する社会において、「色」は情報整理や情報伝達などさまざまな観点で大きな役割を担ってきました。街中は色にあふれ、商品や看板、掲示物は色のちがいによってその区別や重要度を表現します。その一方で、(これまでも見てきたように)そのような一般色覚者を前提とした色の使いかたは、ときにその他の色覚特性を持つ人々を社会的に「弱者化」してしまう危険性を孕みます。
「“赤色”は特に目立つ色として危険を表現することが多いです。しかし私のようにP型※3 の色覚特性を持つ人間からすると、そのような赤い標示は逆効果、つまり、色のせいでより見えづらくなってしまっているということも多々あります」と伊賀さんは言います。
※3 (P型:赤色を感じる細胞の特性が異なる・ない色覚型。赤色の光を感じにくい特性がある)
たとえば、駅のホームに備え付けられた非常停止ボタン。イメージするのは濃い赤色で塗りつけられた標識とスイッチです。一般色覚者からするとそれは、駅を見渡すとまず真っ先に、それもくっきりと目に入ってくる「目立つデザイン」であるといえるでしょう。
しかしもうお気付きの通り、それはまさに一定数の少数色覚者にとってはまったく目立たない、背景に埋もれてしまうデザインでした。2016年、CUDOは小田急電鉄の取り組みに協力し、同電鉄の非常停止ボタンやさまざまなサインを「全員にとって目立つデザイン」に変革する事業に取りかかります。
「それまでの赤色のサインを、すこし薄い赤橙色に変えました(P型色覚では赤色より赤橙色が明るく見えるため)。それを黄色いふちで囲むことで、我々から見てもはっきりと目立つようになりました。小田急は2016年、この取り組みでグッドデザイン・ベスト100を受賞しましたね」
そして伊賀さんはこう続けます。「あなたたちが線路に落ちた時、ホームにいるのが私だったら?これは僕ら色弱者だけの問題ではなくて、誰もに共通の問題なんです」
CUD化した小田急電鉄の駅ホーム
もちろん、マイノリティ性にまつわる問題の解決においてまず着目されるべきは、これまで社会の中で声を挙げられなかった「弱者」側の声や視点です。一方で、多様性やDE&I文脈への反動的なもの言いも吹き荒れるこの時代において、今回の事例に見られるような「多様な他者を受け入れること自体が社会全体の利益になりうる」という示唆もまた、社会変革の道筋においては非常に有効であるようにも感じます。
自分が危険な時、非常停止ボタンを押すのは誰か?
そんな想像力によって、私たちも身近な視点から社会課題を捉えなおしてみることができるかもしれません。
東京メトロの事例
同じく駅と電車にまつわる事例ですが、東京メトロのサイン変更についても興味深いお話を伺うことができました。
「2006年まで、東京メトロのサインは細い枠線に小さな文字で路線名、という感じで僕なんかは本当に困っていました。ここにCUD対応が入ることになり、まずは枠線を太くしました。色面積が大きくなることで刺激値が高く、見やすくなります。加えて、色の見え方を問わず判別できるように、路線名は大きなイニシャル表記を採用しました。」
そしてこの取り組みののち、とある駅の調査では、これまで80秒だった駅の平均滞在時間が見事に40秒まで短くなったといいます。
確かに、ノンステップバスや自動ドア・自動水栓、あるいはピクトグラムでの標示など、社会に溶け込んだ「ユニバーサルデザイン」は、それぞれにおいて特別に想定される使用者(お年寄りや言語が異なる人など)に限らず全ての使用者にまでメリットを開いた形で用意されており、その点で社会全体に対するやさしさに繋がっているといえます。

東京メトロの路線サイン変更
「ユニバーサルデザインのいいところは、全員が許しあえる・全員が使えるものを1つだけ用意すれば済む、という点です。CUDの考え方も、弱者配慮のために別の表現を用意しよう、ではなく、みんなが許しあえてみんなが使いやすい色表現を探していこう、というところに起因しています」
先ほどの小田急の事例とも関連しますが、ユニバーサルデザインの考え方やその導入は決して何かを制限するものではなく、すべての属性の人々にとって建設的な営みである、ということが分かります。
ぷよぷよの「色ちょうせい」機能
では、公共施設や交通機関以外の、もっと私的な領域ではどうでしょう。
今回のインタビューを実施するにあたり事前にCUDの事例について調べたところ、駅や公共設備以外では、意外にも「ゲーム」の領域においてCUD導入の事例が多く見られました。例えばセガの「ぷよぷよ」など、ゲーム性の中心を「色」に据えているタイトルではその傾向が顕著です。
たしかに、全員が同じ条件のもとで工夫しながら競い合うことがテレビゲームの面白さであるとすると、そこに初めから不本意なハンデが生じることは、そのゲームのゲーム性や本来の面白さ自体を揺るがしてしまいかねないというわけです。
「ぷよぷよは、ゲーム発売当初から少数色覚者が全くプレイできないゲームとして何年間もよく議論されてきました。そこで、セガさんから依頼があり、色の調整フィルターというモードを作りました。それまでぷよぷよができなかった、という方に体験してもらったら、『ああ、ぷよぷよができる…』と涙を流して喜んでくれたんです」
このように、ぷよぷよをはじめとしてパズル&ドラゴンズやスプラトゥーンについても、ゲームの領域ではそのゲーム内に「通常モード」と別に「色覚調整モード」をつくる、という対応方法が取られることが多いようでした。
©SEGA『ぷよぷよeスポーツ』の「色ちょうせい」機能
前述のユニバーサルデザイン観(すべての人々が使いやすいひとつのデザインを生み出す)とはまた異なる方策に見えますが、テレビゲームや、あるいはカーナビのような「個人がそれぞれに使用するシステム」については、一人ひとりに合った選択肢を増やす、という考え方がマッチするのかもしれません。
また興味深いことに、一般色覚の方の中で「色調整モードの方が使いやすい・目が疲れない」といってあえてモード変更する方も増えているとのこと。ユニバーサルなデザインがすべての人へ多様な選択肢を提供できている素敵な事例のひとつといえます。
「配慮」から「対応」へ。これからの社会課題との向き合い方
CUDの考え方、ひいてはユニバーサルデザインの考え方は決して「弱者」や「少数者」とされる人々に閉じた問題ではない、ということが分かりました。
「誰かが情報にアクセスできない、というのは、情報を発信する側にとってもマイナスなことです。安全にかかわる部分ではなおのこと。CUDの効果を受益するのは色弱者のみではないのです」と伊賀さんは言います。
見えづらさへのアプローチは「見えづらい人のためのもの」と捉えてしまいがちですが、様々な特性の人々が同じ社会に生活するにあたっては、特定の属性が不利であることは社会全体の健康状態にかかわる問題に直結します。さらに前述のとおり、ユニバーサルデザインを取り入れること=社会の側に存在する障害を取り除いていくことは、結果的にすべての人の利便性に繋がるともいえるでしょう。
CUDOは活動の中で、「配慮」という表現をやめて代わりに「対応」という言葉を使うようになったといいます。これからの社会課題との向き合い方において、意識すべき問題がそこにはあるはずです。
カラーユニバーサルデザインのために広告会社には何ができるのか
広告デザイナーとして考えたいこと
では実際にCUDを意識したものをつくろうとなった際、色について一番深く関わるのは私たちデザイナーです。広告業界に携わるデザイナーは、CUDについてどう考えるべきなのでしょうか?
CUD対応の初めの一歩として、自分が作ったものが色覚多様性※4の人にどう見えるのか?というのを簡単に確かめる方法があります。多くのデザイナーが使用しているであろうアドビ の Illustrator と Photoshop。デザイナーの皆さんはすでにご存知かもしれませんが、実はソフトに、データを色覚多様性に合わせた色味でシミュレーション表示することのできる機能が搭載されているのです。(こちらの開発にもCUDOが関わっています)
日ごろ自分では見えやすいと思って作っていたデザインも、意外なところで見えづらさが発生してしまっているかもしれません。
※4 アドビでは「色覚多様性」という呼称を使用しています
Illustrator・Photoshopでの色覚シミュレーション
初期設定の表示から…
メニューバーの表示>校正設定>シミュレーションしたい色覚の種類を選択。
シミュレーション完了!
※ソフトの機能は常に更新されているため、最新の情報をお確かめください
また、CUDを意識するとどうしても使える色の数が制限されてしまい、表現の幅が狭くなってしまうのでは…と想像してしまう人も多いのではないでしょうか。「実はそんなことはありません。CUDは『この色はだめ、使っちゃいけない』 という極端な話ではなく、『寄り添い合えるポイントがあるのでは?』 という話なのです」と伊賀さんは語ります。
CUDOでは「カラーユニバーサルデザイン推奨配色セット」という少数色覚の方にも見分けやすい色で構成されたカラーパレットをつくっており、そこから色を選ぶと、なんと最大22色も使うことができるのです。またこのセットは、少数色覚だけではなく弱視の方のことも考えられているため、より幅広いユニバーサルデザイン対応が可能になります。細かい制限もなくたいていのことが表現でき、明快に情報を伝えることができるカラーパレットなのです。
「カラーユニバーサルデザイン推奨配色セット」についてはコチラから
広告デザインにはアートらしい側面もある一方で、情報を伝える設計としてのデザインを行わなければならない場面がかなり多いのではないでしょうか。
少数色覚の人のために「配慮する」のではなく、伝えたい情報を正しく全ての人に伝えるために「対応する」といった、インクルーシブデザイン(全ての人にわかりやすいデザイン)の考えを持つことで、今まで伝えられていなかった情報を、正しくより多くの人に届けられるようになるはずです。CUDについて何も知らないということは、伝える側の我々にとって不幸なことでもあるかもしれません。
伝える側、伝えられる側、全員が当事者であるということは、デザイナーとして持っておくべき意識の1つなのではないかと考えました。
一人ひとりの実践がCUDの普及につながっていく
「世の中の技術やデザインは概ね『勘違い』することが多い」と伊賀さんは語りました。
私も伊賀さんと対話する中で、今自分たちがデザインしているものがベストと思わず、疑い続け、検証し続けることでCUDの考えはより広まっていくのだと思いました。この姿勢はデザイナーだけではなく、クリエイティブに携わる全ての人が持っておくべき姿勢であると感じます。
また「ものには懐胎期がある。例えば家は50年、飛行機は8年ともいわれる。CUDは20年~25年だと思っている。その間火を絶やさずにやっていきたい。」と語った伊賀さん。過去には普及のために認証をたくさん出したり、講演を1日3回も行ったりしていたそうです。「ここまでやってこられたのは賛同してくれる人に引っ張ってもらったおかげ。自分たちだけの功績などとは思っていない」と言います。
伊賀さんが目指しているのは、「CUDが社会で当たり前になり、CUDOが解散する」こと。「私たちのような団体がたくさんできてもいいし、みなさんが継いでくれてもいい」と語りました。
ひとりひとりが意識することはもちろんですが、広告会社という立場からすると、多くの企業様といっしょにコミュニケーション開発を日々行っています。その中で、CUDの視点を持つことで、提案の幅や奥深さが変わってくると思います。いまの社会は、SDGsやDE&Iが当たり前のように問われる時代。新商品や新サービスを展開するうえでも、顧客を見据え、顧客に本当に必要なものはどうあるべきだろう?顧客はこれをどう受け取るのだろう?と常に問いを繰り返し、納得のうえで長く愛用していただけるようなマーケティング戦略を立てなければなりません。その際に、色ももちろんですが、あらゆるユニバーサル仕様な視点を持っているかどうかで、未来の姿も変わっていきます。より豊かでより幸せな方へ社会が向かっていくことは、企業事業者様ももちろん望んでいるはずです。事業に伴走する広告会社としてはあらゆる領域でそのお役に立てるように、社会啓発の意識を持っていなければならないと思いました。
CUDについて詳しく解説してくださった伊賀公一氏
「CUDについてもっと知りたいなら、いつでも講演やワークショップに行きますよ!」とも言ってくださいました。今回できた素敵なご縁から、大広・大広WEDOのCUDへの取り組み強化、提案力強化に繋げていけたらと思います。
最後に、CUDOが主催している社会の色覚の多様性に対応するための知識や技術を学ぶ検定「カラーユニバーサルデザイン検定」もあります!CUDについて理解を深める一歩として取り組んでみてはいかがでしょうか。
NPO法人カラーユニバーサルデザイン機構主催|カラーユニバーサルデザイン検定3級についてはコチラ
SPECIAL THANKS / NPO法人カラーユニバーサルデザイン機構 副理事長 伊賀公一
遠くからお越しいただき、本当にたくさんのことを教えてくださった伊賀さん。話が盛り上がりすぎて会議室を移動しながら何時間も議論をしました。
まとめ
カラーユニバーサルデザインは、少数色覚者の問題解決にとどまらず、情報へのアクセス権を守り、事故リスクを下げ、公共の効率と信頼を高める社会基盤です。配慮から対応へ。選択肢を増やし、弱者化を生まない設計を社会の標準にすることが、DE&IとSDGsの実装であり、企業の責務でも機会でもあると思われます。色は感性だけの問題ではなく、社会のインフラでもあるのです。CUDが当たり前になれば「色弱者」という呼称はやがて不要になるでしょう。公共交通やゲームの事例が示すように、見え方の差を前提に設計すれば、滞在時間の短縮や安全性向上、公平な参加が実現します。CUDは社会の包摂性を高め、信頼を育て、未来の標準をつくる取り組みです。誰ひとり取り残さない合意形成を、みなさんで考え、実装していきましょう。
最後まで、お読みいただきありがとうございました。大広COCAMPでは、これからも社会課題やソーシャルグッドに関するコラムを掲載してまいります。まだメルマガ未登録の方は、これを機会にぜひ、下記よりご登録ください。
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日本理化学工業株式会社 eyeチョーク
色の名前が文字で書かれているパレット



