一緒につくろう、顧客価値のビジネス。

お役立ち資料 相談する
お役立ち資料 相談する

2024.09.20

医療に、もっとコミュニケーションを!「言えない」「聞けない」を解消して、医療現場を支援する。

取材を受けた3人の集合写真

本当はこれについて聞きたかった、こう伝えたかった、要望を知りたかった…医師と患者さんの間、患者さんとそのご家族との間などでしばしば起こるディスコミュニケーション。治療の満足度を高め、持続的でウェルビーイングな治療を実現していくためには、こうしたディスコミュニケーションに陥らないよう対話をすすめるアイデアが必要な状況にあります。どうすればもっと「伝わる」医療現場が実現するのか、広告会社として蓄積してきた知識とアイデア、さらに徹底した現場でのヒアリングをもとに、この社会課題に取り組んできたチームがあります。医療という専門性の高い分野で、どのようにして成果につなげたのか、その道のりについて聞きました。

miyashita_IMG_5458 (1)宮下 陽介 
株式会社大広 マーケティングデザイン本部 
第2マーケティングデザイン局 第1プランニンググループ

2010年に新卒で大広入社。以来マーケティングセクションに所属し、顧客分析・ブランド戦略立案サポート等を担当。近年は、ヘルスケア、医療、Well-being、DE&Iなどヒューマンケアをテーマしたプロジェクトに参画。

 

takahashi2_IMG_5588 (1)高橋 航之介 
株式会社 大広 CXデザイン本部 クリエイティブ局 第1グループ

広告制作会社でキャリアをスタート。大学受験向けの個人塾を開業、友人とWEB会社を立ち上げたりしつつ、外資広告代理店を経て、大広に流れ着く。

 

 

shimekake_IMG_5530 (1)七五三掛 則恵  
株式会社 大広    CXデザイン本部 クリエイティブ局 第1グループ

2010年に新卒で大広入社後、
食品・医薬品・美容・金融・エンターテイメントなど、
幅広い業種を担当。
コピーライティングを起点に、TVCMからSNSやデジタルの施策、PR施策に至るまでのコミュケーション全体設計を担う。

患者さんも医師も家族も、みんな悩んでいた、という事実

――このチームでは、様々な疾患の患者さんやご家族、ドクターやナースに向けて、ツールやコンテンツをつくってこられました。たとえば、患者さんがドクターに伝えたい「本音」を書き込める冊子は大きな反響を呼んでいます。これは、どのように始まったプロジェクトだったのでしょうか。

宮下:この仕事のクライアントは製薬会社様で、病気についての啓発とか、薬の選択肢を増やすといったことが当初の目的でした。その過程で、情報発信面での課題以外に、ドクターと患者さんとのコミュニケーションがあまり円滑にいかない、という課題があることを知ったときに生まれたツールです。

――具体的にはどういうことでしょうか。

宮下:データや技術が発展し目まぐるしく医療が進化する今、新しい治療手段が多様に生まれています。また一方で、患者さん側も、結婚・出産・働き方など生き方は様々で、多様な価値観が生まれている。2つの多様性の間で、患者さんはもちろん、医師の方たちも最適な治療方法を決めることがどんどん難しくなっているという現状があり、医師と患者さんがお互いに対話して、最適な治療を模索し続けていくSDM(Sheared Decision Making;共同意志決定)というアプローチが必要と言われています。
でも現状では、患者さんは本音を言い出せないし、ドクターも聞き出せていないことが多い。

――ドクターは、患者さんとの対話が苦手な方が多いのでしょうか。

宮下:私も最初はそう思っていたのですが、よくよくお話を聞いてみると違っていました。皆さん、患者さんを救いたい、役に立ちたい、という強い思いを持っている。ただ、すごく時間に追われているんです。たとえばドクターがおひとりで、待合室にたくさんの患者さんがいるような状況では、患者さんひとりひとりに時間をかけてヒアリングすることがどうしても難しくなる。ドクターも苦しんでいるという実態が見えてきました。

――一方で、患者さんも、話しにくさを抱えていると。

宮下:はい。患者さんに聞き取りをしてみると、たとえば、ステロイド系の薬を使うと顔がむくんだり、体型がくずれたり、すごく眠くなったりして、深刻なパターンでは会社を辞められることになったり離婚にまで至る方もいました。ご本人にとってはとても深刻な問題なので、なぜお話されないのかなと思っていたのですが、「病院で、お医者さんに“病気以外”の話はしちゃいけないと思っていた」という患者さんの声を聞いてハッとしたんです。確かに病気以外の話はしにくいし、そうすると本当にひとりで悩みを抱え込んでいらしたんだなと。

高橋:あと、お金の話もなかなかしづらいようです。薬の中にはすごく薬価の高いものもあって、それを使うと効果的だけれど生活を圧迫するかもしれない。それでも使いたいのか、それなら別の薬にしたいのか、そういうことは実際に言葉にしないとわからないことなのに、患者さんは言い出せず、ドクターも推し量るしかない、という状況です。

――そういうディスコミュニケーションを解消するためのツール開発だったわけですね。

宮下:はい。この冊子は、「どんな症状があるか」「何に困っているか」「これからどうなりたいか」など、患者さんが自分自身のことを書き込んで、それを基にドクターに話ができるようになっています。また、伝え方のコツとか、他の患者さんがどんなことを感じていたか、など、コミュニケーションをサポートするための情報も載せています。

――冒頭のコピーが印象的です。

高橋:「主治医が知りたいことは、あなたの言いづらいことです」というコピーですね。「言いづらいこと」の中には、治療のための重要な情報が隠れているかもしれない。ドクターも、本当はそれを知りたい、ということです。また、正直な気持ちを書くことで、患者さん自身が自分の状況や気持ちを認識し、少し前向きになれるかもしれない。ディスコミュニケーションを解消することの効果は大きいと思います。

――イラストも楽し気で、素敵なデザインです。

高橋:仕事の資料として医療関係のツールをいろいろいただいたのですが、正直、心を惹かれるデザインだとは思えなかったんです。僕が患者だったら持って帰りたくないというか、あまりにも病院っぽいので、それを持っていたら病院を出た後も病気のことを思い出してしまうと思った。だから、「病院用」ではなく、他の広告の仕事と同じように、自分たちが手に取りたいと思えるものをつくろうと考えました。見て楽しい、明るいトーン&マナーをベースに考えよう、というところからスタートしたのです。

――病院での反応はどうだったのですか。

高橋:「すごくいい冊子ですね」「これなら患者さんが持って帰ってくれますね」という反応でした。これを見た他の病院からも、使いたいという話があったそうです。

――他にも、目を引くデザイン、楽しそうなツールがたくさんあります。

宮下:乳幼児の疾患を早期発見するためのプロジェクトでは、「病気かも!?」と呼びかけるのではなく、まずは親がもっとも嬉しい「赤ちゃんの成長」に注目しよう、と呼びかけました。親子一緒に体操や遊びを楽しむ中で、病気のサインを見落とさないようにしましょう、と、普段の疾患啓発とは異なる方法でアプローチしたんです。疾患啓発は、「誰ひとり取り残さない」ことをポリシーにしています。病気のことが心配な人だけでなく、病気のことなんて考えたくないという人たちの気持ちも理解して情報を発信することで、ひとりでも多くの人が救われることを、広告コミュニケーションという立場から願い、日々企画しています。

――医療現場のコミュニケーションの実態とか、患者さんやご家族のインサイトを知るために、どのようなことをされたのでしょうか。

宮下:クライアントである製薬会社や協力会社の方に紹介いただいて、ドクターをはじめ、医療現場の方々にはたくさんお話をうかがいました。患者さんのご家族とアイデアソンをしたりもしました。

――患者会の方々にも会われたとか。

高橋:それは、ヒアリング目的というよりは、何か患者さんをサポートでできないかと模索した中のひとつですね。そのかかわりの中で患者会のワークショップに参加したりして、患者さんやご家族ともお話しする機会ができた、という感じです。たとえば、子どもの患者さんが多い患者会で、子どもたちやご家族といっしょにレゴで遊んだことがあったのですが、ちょうど僕の子どもも小学生になったくらいのタイミングで、患者さんのお父さんと「小1の壁って大変ですかね」みたいな話になったんです。ごく普通の、小さい子供を持つ親どうしの会話です。病気の話ではなく。病気を抱えているからって、「患者さん」という一面だけで捉えてはいけないな、と強く思いました。

七五三掛:コンテンツをつくるにあたり、患者さんにヒアリングして原稿にまとめたりする機会が何度もあったのですが、ものすごくパワフルな方が多いと驚きました。患者会を盛り上げるために自分で会報をつくっておられたり、同じ病気の子どものために「おやじの会」を結成して活動している人がいたり。そういう、「患者さん」としての姿ではなく、いち生活者としての一面に接することが、ツールを制作するときにも影響していると思います。

――このチームのポリシーとも重なりますね。

宮下:そうですね。私たちのチームが仕事をする上で決めていることが3つありますが、患者さんやご家族とのリアルな交流で、その思いがいっそう強くなった部分があると思います。

医療3pptx

課題発見のプロ、コミュニケーションのプロだからこその提案力

――チーム結成は、大広の社内プロジェクトだったそうですが…。

宮下:はい。「成長活動ファンド」といって、起案者が取り組みたいテーマを掲げ、集まった有志のチームメンバーと半年間活動するというものなんですが、その活動が2017年以来ずっと継続しているという感じです。

――医療分野に取り組むには、何かきっかけがあったのでしょうか。

宮下:「成長活動ファンド」に応募する2年くらい前の、腎臓病の疾患啓発の仕事です。その時に社外の医療専門エージェンシーの方に協力いただいたのですが、相手の方からは医療の専門的な知識や考え方に関して、私たちはクリエイティブやメディアの部分で、お互いに知見を提供しあって、すごく円滑に仕事ができた。もしかしたら、広告会社としての考え方や視点を活かして、医療分野で貢献できるんじゃないか、と思ったのがきっかけです。

――その方とは、いまも連携が続いているそうですが…

宮下:はい、ずっと情報交換を続けていて、私たちだけではカバーできない医療分野の動向や法整備などの情報を教えていただいています。また、私たちがつくる企画やツールに関して、医療分野の法律やルールに照らして意見をいただくなど、我々もとても頼りにしています。

――医療分野の仕事に取り組むにあたって、クリエイティブを研究されたのですね。

宮下:はい。医療系の展示会などを十数か所回って、たくさんのツールを見ました。そこで気づいたのが、とにかくクリエイティブが足りない、ということ。人の感情に訴えかけるような部分に、まだまだ工夫の余地がある、チャンスがある、と感じました。

――特に、どういうところに工夫の余地を見出したのでしょうか。

宮下:ひとつは、医療分野に詳しい人だけでつくっているので、詳しい人だけが理解できるようなツールができあがってしまっているというところです。患者さんが我々と同じ知識量だとすると、簡単には理解できません。

高橋:医療分野でものづくりをしてきた人たちは、医療業界のルールや、ドクターからどういう反応を受けるか、ということについてとても詳しい。だからこそ、そこに意識がいってしまうのだと思いますが、患者さんに向けたツールは、患者さんのためのものであるべきですから。

七五三掛:それと、医療分野の方たちには、“まじめな話だからこそ、まじめに伝える”という文化があるように感じます。もちろん、センシティブな分野なのでまじめに伝えることは大切だと思います。ただ、私たちがつくるものは、まじめな話を少しだけかみ砕いたりエンターテイメントを加えることで、わかりやすく、より多くの方に届きやすいものをつくることを目指しました。

高橋:チームで最初に取り組んだのは、ある病気の啓発プロモーションのコンペでした。クリエイティブは高く評価されて予選では1位通過だったけれど最終的に採用はされなかった。でも、恐怖訴求はやめようとか、病院っぽいものをつくらないとか、そこでみんなで考えたことが、我々の活動のベースになり、先ほどのポリシーにつながっています。

「伝える」技術で、さらなる社会貢献を

――今後は、製薬会社のCRMの部分についても取り組んでいかれるとのことですが…

宮下:大広は、医療業界向けのCRMシステムを提供しているVeevaJapan社とコンテンツパートナー契約を結んでいます。それを活かして、製薬会社の皆さんがデジタルツールを医療現場で活用するための支援や、製薬会社の本部の方とMRの方のコミュニケーションのお手伝いをしたいと思っています。患者さんやご家族、医療関係者に加えて、製薬会社の方たちとのコミュニケーションを円滑にすることでも、医療に貢献していきたいですね。

――チーム発足から7年あまりが経過しました。今後に向けて、どのような活動をしていきたいと考えていますか。

高橋:こういう風にすればもっとスムーズにコミュニケーションができるのに、と思う部分はまだまだあって、提案したいことも増えています。ただ、ひとつひとつのプロジェクトはどうしても短期的なものが多いので、もっと継続的にかかわって、根本的な課題解決につなげていきたい、という思いがあります。

五三掛:患者さんとつながって、正しい情報を伝えるために、どういうコミュニケーションがいいのか、ということも、さらに考えていきたいですね。有効なメディアやツールは疾患によっても違うと思うので…。情報発信の継続性という意味では、行政や様々な団体とのつながりによる活動も有効かもしれません。患者さんのために、可能性を広げられたら、と考えています。

高橋:先日、ある患者会のお話を聞いたのですが、いまは会員が300人くらいだけれど、その病気の患者数は4千数百人から6千人くらいいると考えられている。すると、情報にアクセスできていなかったり、患者さんどうしの情報交換ができていない可能性のある人が少なくとも4000人もいることになる。必ずしも患者会でなくてもいいけれど、一人で抱えて苦しむことのないように、正しい情報にアクセスできるようにすることが必要ではないか、ということでした。僕たちの仕事も、声なき声があるということを認識して取り組んでいかなければ、と、コミュニケーションを仕事にする会社の一員として思いを新たにしたところです。

宮下:医療の世界は、医師や患者さん本人だけでなく、その家族、周囲の人々など、様々な立場の人たちがかかわっていて、それぞれの立場で感じ方も異なる。コミュニケーションの課題を解決するには、そういう事情を深く理解することが必要ですから、当事者の声をしっかり聞くことを大切に取り組んでいきたいですね。私たちがつくる企画やツールは、決して病気を治すわけではありません。でも、患者さんとドクター、患者さんと家族や友人たちの間のコミュニケーションがうまくいくと、心の負担が少し減ったり、少し前向きになれたりする。病気を抱えていても、その人がその人らしく暮らせることがとても大事だということ――その思いを基本に仕事をしていきたいと思っています。ディスコミュニケーションの課題は、医療以外の分野にもたくさんあると思うので、広い視野で社会貢献につながる取り組みを続けていきたいですね。

――ありがとうございました。

まとめ

「医療現場でのディスコミュニケーション」は、生活者の誰もが経験する可能性のある重要な社会課題。このチームは、広告会社ならではの発想とクリエイティブによってその解決をサポートしました。そこに、医療関係者や患者さん、ご家族のインサイトへの深い理解と、そのインサイトを引き出す努力があったことも見逃せません。コミュニケーションに関する課題は、医療以外の分野でもまだまだ存在するはず。チームの活動はこれからも続きます。

この記事の著者

COCAMP編集室

「ビジネスは、顧客価値でおもしろくなる」をコンセプトに、ビジネスにおける旬のキーワードや課題をテーマに情報発信しています。企業の大切な資産である「顧客」にとっての価値を起点に、社会への視点もとり入れた、事業やブランド活動の研究とコンテンツの開発に努めています。