多くの人びとに、モノやサービスを買ってもらう。広告クリエイティブの役割はそれだけではありません。いつもの駅で、会社で、自宅で、突然人が倒れたとき、そばにいるあなたがAEDを使えたら命を救える。ところがAEDを使える人はまだ少数。その事実を一人でも多くの人に広めていきたい。そんな熱い気持ちと言葉の力で、AEDの普及に取り組み続けるクリエイティブディレクター成田倫史さんの活動をご紹介します。
成田倫史(なりた ともふみ)
株式会社大広 /クリエイティブディレクター コピーライター
1966年生まれ。愛知県長久手市在住。2001年大広に入社。 ACジャパン支援キャンペーン 国境なき医師団、日本心臓財団をきっかけに 医療系コンテンツ制作の実績とともに、在名クライアントのBtoB BtoC分野を担当。ブランド(商品)認知~獲得までを範囲とする ブランデッドダイレクトクリエイティブ設計により今の時代にもとめられるコンテンツを制作。
<主な受賞歴>
2023 AAA(愛知アドアワード)グランプリ / 2023 ACCフィルム部門Bカテゴリーシルバー/ 2023 CCN(コピーライターズクラブ名古屋)最高賞 / 2012 TCC新人賞 OCC新人賞 FCC賞 他 広告電通賞 消費者のためになった広告コンクール
AEDとは?日本での普及率は?
AEDって何? いざという時、あなたは使えますか
街中で見かける「AED」。救命に使うものだと知っている方は以前に比べ増えてきているという肌感覚はありますが、具体的に何をどうすればいいのか?という正しい理解はまだまだこれからという段階にあります。正式には「自動体外式除細動器(Automated External Defibrillator)」。シンプルに言うならば、けいれんを起こして停止してしまった心臓に電気ショックをかけて再び動かすことで命をつなげるもの。という説明になります。もともとは医療従事者しか使えない医療器具でしたが、2002年冬に高円宮憲仁親王殿下がスカッシュのトレーニング中、突然の心停止により急逝されたことがきっかけで、2004年7月には一般人にもAEDの使用が解禁されることとなったといわれています。
そもそもなぜ、一般人がAEDを使う必要があるのか?という話になるのですが、その理由は、心停止が原因で倒れた場合、救急車の到着を待っている余裕がないからなのです。心臓は停止してから1分ごとに救命率が約10%ずつ減っていく。救急車が来るまでの平均10.3分※の間、何もしなかったら間に合わないということになります。※総務省消防庁:令和5年版救急・救助の現況
そのため、倒れた人のすぐそばにいる誰かがAEDを使って、5分以内に電気ショックを与えることができたら救命率は確実に上がることになります。こうして、AEDは一般人への使用が解禁され、駅や学校、ショッピング施設、映画館などあらゆる場所に設置されるようになりました。
とはいえ、街中で人が倒れる原因は、必ずしも心停止とは限らないのですが、どうすればいいかわからない場合こそ、AEDを使うことを日本AED財団は推奨しています。なぜなら、AEDは電源を入れると、救助者に何をするべきか音声ガイダンスが流れ、具体的な指示をしてくれるからです。ガイダンス通りに体にパッドを貼ると自動的に心電図を測定・分析し、電気ショックが必要かどうかを教えてくれるようにつくられています。一方、心停止でないことがわかったら、見守りながら救急隊員の到着を待つことになります。つまり、AEDは、医療の知識がまったくない一般人でも、安全に正しく使えるよう工夫され、開発された医療機器でもあります。
日本でのAED使用率はまだまだ少ない
日本では1日に約200人以上の方が突然の心停止で命を失っているという現実がありますが、AEDを使う選択ができる人が増えれば、多くの命が救われる可能性が高まります。そうして日本でAEDが一般に解禁されてから20年を迎えたいま、日本は世界でも有数のAED設置国となりましたが、2022年の報告では、心停止によって倒れた人のうち、誰かに目撃・通報された人は2万8834千人。そのうちAEDが使用されたのはわずか4.3%(1229人)にしか過ぎなかったそうです。
なぜ、AEDは使われないのか?どうすれば使ってもらえるのか?その理由は1つではなく、たとえば「AEDを使うべきかどうか判断できなかった」、「AEDがどこにあるか、わからなかった」、「使うのが怖い」…など、さまざまな要因が複雑に絡み合っています。
きっかけはACジャパン
始まりは1枚のポスターから
私がAEDの広告に携わるようになったきっかけは、ACジャパンが実施する広告ポスターコンペでした。広告主は日本心臓財団。テーマはAEDの認知理解促進。採用されるのはたった1案だけ。とにかく他社とは違うクリエイティブを意識して作りました。
採用されたのが、「AEDは、話します。」というキャッチコピーのポスターでした。AEDのことを伝えるためにはたくさんのことを説明しなければいけないと感じつつ、AEDという医療機器は、音声で使い方を説明してくれる。だから医療の知識がない人でも扱えることにポイントを置き伝えようとしました。ビジュアルは、AEDをかわいいキャラクター化して表現したもの。心停止を思わせるシリアスなシーンや、電気ショックを想起させる怖い雰囲気などを感じさせないビジュアルでした。
(ACで採用されたポスター)
自主提案を機に、15年以上続く仕事が始まった
こうしてAEDとの接点ができた私は、ある行動に出ることになりました。AEDを普及させるためには、この1枚のポスターだけでは到底伝えられない、もっと他にも伝えるべきことはたくさんあるはずだとアドマンとして普通にそう思い、あらゆる角度から、伝えていくべきだと考え、AED普及のためのポスターを自主提案しました。自分が感じていたコピーを添えて、手作り感満載のポスターを6種類作り、日本心臓財団のご担当者に説明してみたのです。
(自主提案したポスター6案)
ご担当者からは、「ちょっとお医者さんの意見も聞いてほしい」と言われ、これらのポスターを持ってあちこちの医療者を回ることになりました。そしてポスターが出来上がった後しばらくして、このときにお会いした医療者の方に「そんなに熱心にAEDのことを考えてくれるなら普及のための実行委員会に参加してほしい」と誘っていただいたことが、実は現在にまでつながっているのですから、人との出会いってほんとうに不思議です。
医師や医療者をはじめ大学関係者、消防や官公庁の方まで、実に様々な人たちが全国から集まっていました。AED普及促進草創期です。この実行委員会に、広告代理店のコピーライターがメンバー加わる?委員会は年1回開かれ、AEDを広めるにはどうするか?を話し合うのですが、私に求められた役割は広告のプロとしての視点でいろいろな意見を言うことでした。
医療関係者の方々は、当然のことながら、医学の世界ならではの事細かな複雑なルールに基づいて広報を考えます。だからこそ、短い時間で人の心をどう動かすかを考えるコピーライターやプランナーならではの文脈の作り方にとても興味を示されていました。つまり、広告を作るうえでこだわるべきポイントを理解してくださる方々でもあったということです。
AEDの普及に活用できるコンテンツの制作
それからしばらくして、今度は、ご遺族のお話や救命に関わった方々の実話をもとにしたドキュメンタリームービーの相談を受けました。ドラマや映画ではないリアルな事例を見てもらうことで、AED講習会の参加者の心を動かすことが目的です。このドキュメンタリーを制作するにあたって、とまらない涙とともにご遺族の方々に直接お話をうかがったのは忘れられない経験となり、これまで自分が培ってきた広告コピーやプランニングの技術をすべてAEDに注ぎ込もうと思わせられるほど、大きなインパクトがありました。
(WEB動画:あなたにしか救えない大切な命~君の瞳とともに)
AED講習会やフォーラムでも、ドキュメンタリー動画は見た人にやはり強い印象を与えるようで、AEDの重要性をしっかりと伝える力がある動画になったと思います。
そしてその数年後、ドキュメンタリーだけでは限界があるのではという議論の中で、AEDに関心のない層を広く取り込むことをめざした、EラーニングWEBムービー「心止村湯けむり事件簿」を制作することになりました。ちょっとコミカルなドラマを楽しみながら、AEDの役割や使い方をクイズ式でライトに学べるようになっています。
ちなみに、AEDは人が倒れてから5分以内に電気ショックを与えるのが望ましいとされているため、このWEBドラマ内のクイズも5分以内に電気ショックのボタンが押せるようにこだわって作られています。
こうして、ここまでのドキュメンタリーもWEBドラマも、「勇気」をテーマにしているのがポイントでした。誰かが倒れている現場にいるあなたの「勇気」によって、AEDは活用され、命が救われるという文脈です。
人を動かすのは「勇気」ではなく「知識」というインサイトへ
2016年頃までは「AEDを動かすのは勇気」とメッセージしてきました。しかし、AED使用率が思うように上がらないという状況の中で、一つの仮説が語られるようになりました。いきなり「勇気を出して!」と言われても電気ショックのボタンを押すのは怖いし、不安に思う方も多いはず。私自身はもちろん、日本AED財団のみなさんも、「勇気」というメッセージはリアリティがないのかも…と思うようになっていました。
また、実際にAEDを使っての救命に関わった方の話を集めると、そのほとんどが医療従事者で、一般の方であってもAED講習会を受けた経験がある人が目立っていました。つまり、AED使用率4.3%のほとんどが、講習会などでAEDについて知識を深め、操作の練習をした経験がある人ではないだろうかという仮説です。
実は私も、社内で同僚が突然倒れたときにAEDを使おうとしたことがありました。AEDについて何度も医療者の説明を聞き、AED講習会を受けた経験ももちろんありますが、急に倒れた人を前にすると、頭は真っ白になり慌てていたところに救急隊が到着。幸いその同僚は心停止ではなくすぐに仕事復帰できましたが、AEDを知っている私のような人間でも現場に立つといろいろなことがわからなくなる可能性がある。そのことを身をもって痛感した出来事でした。
「AEDを動かすのは、勇気じゃない。知識だ。」
このコピーは、現場で救命に携わった方のリアルな声や、医療者のみなさんのご意見、自分の経験などから生まれた新しいメッセージです。
また、ポスターの「頭が真っ白になることを前提にAEDはつくられている。」というキャッチコピーは、チーム内のコピーライターが考えたものですが、私の実体験をよく表している言葉で、これは良いコピーになるのではと感じた覚えがあります。そのほかにも、AEDの必要性を心に訴えかけるようなポスターを複数制作しました。
AEDを動かすのは知識だ。でも、その知識はどこで得たらいいのかと広告を見た方は思うはずです。必要な知識を得られる場所として、日本AED財団は2022年にアプリ「救命サポーターアプリ」をローンチ。これまで別々の場所にあったAED関連の情報がアプリに集約されました。たとえば、AEDの設置場所や、AEDの使い方を学べるeラーニング、クイズ、メッセージ動画などのコンテンツが見られます。
(アプリダウンロード促進のための縦長動画)
縦長動画やポスターで一貫して「AEDは知識だ。」というメッセージを発信し、アプリや講習会へと誘導する。この流れで、AEDに興味を持ち、知識を深めてもらうことをめざしました。
救える命が増えるように、今後の課題は拡散がテーマ。
私たちのいまの目標は、AEDの使用率を4.3%を1%でも多く上げること。それを達成するための課題は拡散です。ポスターやドキュメンタリー動画、縦長動画、アプリなど、さまざまなコンテンツを、どう世の中に広めていくかを常に考え続けています。AED関連の広告は露出がそれほど多くはありませんが、アプリのダウンロード数は増加傾向に。ひと昔前に比べると、AEDをなんとなくでも知っている人がかなり増えてきたように感じています。
2024年は、AEDが一般解禁されてから20年目の節目の年。これを機に、方向性が異なる3種類の広告をチームで制作しました。
1つ目は、「AEDが使われない理由」にアプローチしたポスター案です。
たとえば、倒れた方が女性だったら着ているものはどうするのか?という不安は、AED関連のミーティングでもいつも議題に上がる問題です。
また、AEDを使ったけど救えなかったらと思うと怖い。そんな気持ちも、AEDを使う壁になっています。
AEDは自分とは関係ない。そう思っているからAEDについて知ろうとしないし、使わない。そんなことに気付かせるポスターも作りました。
あなたがAEDの知識をもって行動すれば、誰かの運命を変えられるという意味で、「動かせ、運命。」というコピーが添えられています。
また、同じ「動かせ、運命。」というコピーで、100秒と30秒のムービーも制作しました。
(動かせ運命 ムービー)
心停止とは無縁そうな結婚式というシチュエーションで興味を引き、AEDを使った救命の手順や、いざというときに何をすべきかを表現する内容です。このムービーをポスターとしても掲出しました。
2つ目は、心停止が起きやすいスポーツの現場にフューチャーした動画とポスターです。
(スポーツ時の救命サポータ―促進の動画)
スポーツ中は日常生活に比べて17倍もの心停止リスクがあるという事実に基づいたアプローチで、サッカーの中村剛憲さんやマラソンの有森裕子さんなど、著名なスポーツ選手にも登場してもらい、メッセージを伝えています。
ここで統一使用している「まず呼ぼう、AED。」というコピーは、実は、高円宮妃久子様のお言葉からヒントを得ています。「AEDは診断して教えてくれて治療までしてくれるのだから医者みたいなもの。であるならば、医者を呼ぶことと同じテンションで、 AED、いませんか?AED、呼んでください。という言い方をすればAEDに対するハードルが下がるのではないか?」
AED普及の広告は、ソーシャルグッドというフレームの中でも「命」をテーマにする仕事なので、ほかの仕事とは全く異なる感覚で取り組んでいます。非常にデリケートなテーマでもあるため、コピー表現においても細やかな配慮が必要ですし、ひとこと間違えると医学的にNGになるということも少なくありません。表現の開発や予算のやりくりが大変なこともありますが、AEDの普及に尽力されている医師や医療関係者の方々の気持ちに応えるべく取り組むことが、私の人生に与えられた使命なのではと感じています。
3つ目は2025年1月に制作した動画です。AEDを「命を救うヒーロー・Mr.AED」として表現することで、AEDの役割をわかりやすく表現しています。「まず呼ぼう、AED。」というフレーズを、ピンチのときにヒーローを呼ぶ行動にリンクさせました。無関心層を浮揚させる目的で作った、エンタメ性の強いムービーです。
前の2つのムービーとはトーンが全く異なりますが、ことAEDの普及においては、あの手この手を使って、できるだけ多くの人にアピールすること、それを続けることが大切だと考えています。
【大広 TEAM AED】
成田倫史 染野智 奥村佳代 野村真吾 市川雅一 赤崎 まな海
まとめ
心に訴えかけるドキュメンタリー、ドキッとさせて気付かせるコピー、無関心層を引きつけるコミカルなムービー、使い方が疑似体験できるゲーム――。いろいろ試してきた15年。
小さな積み重ねではありますが、この継続するチームの力が少しでも助かる命につながることを信じて、これからも【大広 TEAM AED】の挑戦は続きます。
◆ご紹介した動画やポスターや動画は
日本AED財団のホームページ https://aed-zaidan.jp/index.html
AED20周年記念サイト https://aed20th.com/
からもご覧いただけます。
〇命の記録MOVIE https://aed-zaidan.jp/project/index.html#MOVIE
最後まで、お読みいただきありがとうございました。大広COCAMPでは、これからも社会課題やソーシャルグッドに関するコラムを掲載してまいります。まだメルマガ未登録の方は、これを機会にぜひ、下記よりご登録ください。
またCOCAMP編集室では、みなさんからの「このコラムのここが良かった」というご感想や「こんなコンテンツがあれば役立つ」などのご意見をお待ちしています。こちら相談フォームから、ぜひご連絡ください。
この記事の著者
成田倫史(なりた ともふみ)
(株)大広 クリエイティブディレクター コピーライター