一緒につくろう、顧客価値のビジネス。

お役立ち資料 相談する
お役立ち資料 相談する

2026.05.28

「 n = 1 」のリアルな物語が共感を生み出す―インフラ企業の広報戦略

NEXCO中日本サービスエリアでの記念写真

広報キャンペーン「ささやかな幸せのそばに(with a little happiness)」を展開しているNEXCO中日本様。高速道路という交通インフラを長期間にわたって安全に運営するためには、道路を利用する顧客の協力が不可欠であり、広報はその重要なカギを握っています。「不特定多数の利用者」である顧客と、どのようにして共感を醸成したのか、また、その活動は社内にどのような影響をもたらしたのか――。2024年度に広報コミュニケーションの新たな方向を提案し、約2年半にわたって伴走してきた大広チームに話を聞きました。

奥田大樹奥田 大樹
株式会社大広  ビジネスデザイン本部 名古屋支社 第二部 

京都大学工学部電気電子工学科を卒業後、2017年に新卒で大広に入社。 
経理・財務、経営企画などのコーポレート部門での業務経験を経て、現在は営業(ビジネスデザイナー)職としてクライアント業務に従事。

 

 喜多真二 喜多 真二
株式会社大広WEDO 大阪クリエイティブ局 局長

1991年大広に入社。グラフィックデザイナーとしてキャリアをスタートしさまざまなクライアントのブランディングや、販売促進のコミュニケーションを経験し、現在はアート・ディレクター、クリエイティブ・ディレクターとしてマーケティング・コミュニケーションをサポート。佐治敬三賞(個人賞)」、読売広告大賞グランプリ、フジサンケイメディアミックス広告大賞グランプリ朝真二告賞部門賞、消費者のためになった広告金賞、日本雑誌広告賞金賞、ACC賞IBA賞金賞、ニューヨークフェスティバル金賞、タイムズアジア広告祭金賞、モントルー国際広告賞など、国内外の受賞多数。 

 
  清水弘樹 清水 弘樹
株式会社大広  GXU(グロースクロスユニット)ブランドエクスペリエンスグループ

 文学部哲学基礎文化学系を卒業後、2012年に新卒で大広に入社。
営業、ストラテジックプランニング、データドリブン、デジタルマーケティング、プロモーション、コーポレートなど幅広い業務を経験。経営・財務・統計・データ分析領域の資格のほか、高等学校教員免許(公民)を保有。
現在はマーケッターとしてのクライアントワークを中心に、自社の業務プロセス改善やナレッジマネジメントシステムの開発に従事。
日本マーケティング協会認定 マーケティングマスター 

行動変容につながるのは「好感度」――提案は、領域に合わせた目標の検証から

 ――大広チームは2023年10月からNEXCO中日本様の広報業務を担当、2024年度のテレビCM3作品はACCクリエイティブアワード・フィルム部門でブロンズ賞と地域賞を獲得するなど、高い評価を得ました。高速道路という交通インフラの広報をどのようにとらえて、どんな提案をされたのでしょうか 

 清水多くの人が経験したことがあると思いますが、高速道路では、しばしば、工事や事故にともなう渋滞や通行止めが起きたり迂回の必要が生じたりします。それらは安全確保のためであり、最終的には事故減少などの社会的な意義にもつながるのですが、道路の利用者=お客さまからすれば、渋滞や迂回はどうしても不満に感じやすい。それに対して、渋滞が起きる背景や迂回する必要性を理解していただき、できるだけ快く行動を変えていただくようにすることが、高速道路広報の大きな役割のひとつになるわけです。高速道路は他の交通インフラと異なり、お客さまが自分で運転して利用するので、お客さまの理解と行動変容はなおさら重要です。

――お客さまが「快く」動いてくださる、というところが重要なんですね。

  清水はい。そのために、大広チームは、まず広報戦略のKPIの再構成をご提案しました。NEXCO中日本様はこれまで、高速道路に対する「愛着度」の向上を掲げて広報を行っておられました。しかし、愛着というのは、「地元への愛着」「ずっと使っている万年筆への愛着」などのように、長く接するうちに自ずと生まれてくる感情で、対象を理解したり、情報に納得したりすることで高まる性質のものではないのではないかと考えたのです。一方、たとえば好感を抱いている人から頼まれれば、それが多少難しいことでも人は動きますよね。それと同じで、高速道路側の要請に快く従って行動を変えていただくために重要なのは、「好感度」ではないかと考えました 。

――それを裏付けるデータもあるとうかがいました。

  清水はい。NEXCO中日本様では長年にわたって自社のイメージ調査をされているのですが、その中には「愛着度」や「好感度」に関する調査とともに、「工事渋滞に対する許容度」という項目もあります。高速道路側の事情(原因)で渋滞が起きているときに、それを「仕方ない」と許容できるかどうか、ということなのですが、それらをクロス集計してみると、「好感度」のスコアが高い人の方が、「愛着度」のスコアが高い人より渋滞の許容度が高い、という結果が出ました。「お客さまに快く行動変容していただく」という目的を達成するためには、好感度を向上させるほうが効果的だという方向性が見えたのです。 

――既存の調査データを異なる視点で読み解くことで、顧客の心理が見えてきたということですね。

   清水そうですね。そうした考察を経て、「愛着度の向上」については、NEXCO中日本様の企業活動全体を通じて何年もの時間を積み重ねながら行う上位目標とし、CMなどの広報コミュニケーションでは「好感度の向上」を目指す、というように、領域を分けて目標設定することをご提案しました。

「企業視点の機能的価値の発信」から、「顧客視点での共感の醸成」へ

 ――実際のCM制作の方向性などについては、どのように提案されたのでしょうか。 

  喜多 :大広チームが担当するまでの広報では、工事や渋滞などの情報発信に加えて、「サービスエリアが便利になりました」「トイレがきれいになりました」「未来に向けてこんな事業をがんばっています」というような、企業の機能的価値を伝える手法が主でした。でも、お客さまに好感を抱いていただくためには、お客さまの心に届いて共感していただけるような、顧客視点での情報発信が大切ではないかとお話ししました。

   清水 :その検証にあたっては、「高速道路事業」とは何なのか、大元の部分に立ち戻ることが必要でした。高速道路は、一般的な商品やサービスとは異なり、巨大な構造物を長期にわたって様々な人が使い続けるという特殊性があります。仕事を抱えて走る人、家路を急ぐ人、仲間と旅行に出かける人…そこには、お客さまの数だけ異なる体験、異なる感情があるはず。そこで、「高速道路は感情の宝庫」と捉え、その感情に寄り添う表現をすることが共感を得るための最善の方法ではないかと考えました。 

   喜多 :さらには、お客さまの高速道路での体験の記憶、そこで生まれる感情を支えているのがNEXCO中日本様だ、という関係性に気づいていただきたい。そのためには高速道路の本質的な価値、情緒的価値をお客さまに伝える必要があり、それこそが好感度の形成につながるファクトだ――とお話をさせていただき、高速道路にまつわるお客さまの物語を核として表現する、という方向性が決定しました。

   清水 :実際の制作に先立って、大広が提唱している「ブランド人格」――企業をひとつの人格としてとらえて分析していく手法ですが――それをNEXCO中日本様の方々と一緒に創り上げていくという段階を踏めたことも重要でした。その過程を通して、「NEXCO中日本様のCMを通じたコミュニケーションは、よりエモーショナルな、人の肌感のあるものであるべきだ」という共通認識を形成することができたと思います。 

――そこでスタートしたのが「ささやかな幸せのそばに(with a little happiness)」というキャンペーンですね。従来とは表現が大きく変わりました。

   喜多 :初年度の2024年度は、大広チームが「お客さまの思い出」のシナリオをつくってCM制作を行いました。この段階ではフィクションでしたが、そのCMに対して、SNSなどで共感の声がたくさん発信されました。このCMに共感いただけるということは、その背景に、お客さまのリアルなエピソードがたくさんあるのではないか――そんな感触を得て、2025年度はお客さまから実際のエピソードを募集し、それをもとに制作することをご提案したのです。 

――フィクションからリアルなエピソードへの転換ですね。どのくらいの応募があったのでしょうか。

   奥田 :301本の応募がありました。大々的に募集広告を打ったわけではなく、NEXCO中日本様の「ささやかな幸せのそばに」キャンペーン特設サイトや公式アカウントのXで告知したり、懸賞サイトなどで地道に募集をかけたのですが、これだけの数が集まったことにNEXCO中日本様も驚いておられました。  

   喜多 :内容的にも、我々の想像を超えるようなエピソードがたくさん集まって、高速道路という場所に色々な人の思いが重なっているんだということを改めて実感しましたね 。

――CMをつくる作品はどのように選考されたのでしょうか。

   奥田 :1本1本、すべてのエピソードをNEXCO中日本様と我々でじっくり読ませていただき検討しました。NEXCO中日本の広報課のご担当者様だけではなく、他の社員の皆さんにも有志で参加していただき、入選作品20篇とCMにする1篇を決定しました。 

   清水内容的には、自動車という閉じた空間で親しい人と長時間一緒に過ごすという、高速道路ならではの体験であること、NEXCO中日本様が設立20周年ということもあり、時間の流れや積み重ねを感じられるエピソードであることを重要視しました。

――実在のお客さまのエピソードを扱うということで、CM化するにあたって気を遣った点も多かったのではないかと思いますが…。

   喜多 :文章でいただいたエピソードを映像化するためには演出も必要ですし、30秒に収まるように編集もします。その時に、エピソードの核となっている作者の方の思いを少しでも損なうことのないように、制作陣全員が慎重に取り組んでいたと思います。また、リアルなエピソードには「浜名湖サービスエリアで」のような「現場」が実在するので、利用されている他のお客さまに配慮しつつ、事実をできるだけありのままに撮影することにも気を遣いました。

姉弟の子ども

企業CMギャラリー | 高速道路・高速情報はNEXCO 中日本は、こちらから。


――さらに、エピソードの作者の方に実際に会いに行かれました。

喜多:はい。CMが完成した後のことですが、作者の方へのご報告も兼ねて、NEXCO中日本の広報課の方々と我々でうかがいました。エピソードとして募集したときには「300文字」という制約を設けていたので、実際にお会いしたことで、そこに入りきらなかった思いをより深くお聞きすることができました。なにより、NEXCO中日本様とお客さまとが直接つながる機会を設けられたことはとてもよかった。向き合っているお客さま像が、より一層リアルになったのではないかと思います。

エピソード作者の感想エピソードをお寄せいただいたさまの声

――そうした経緯があり、2025年度のキャンペーンは当初予定より広がったそうですが…

 喜多:とてもいいエピソードが集まったので、これをなんとかもっと広く共有したいというのは、我々もNEXCO中日本様も同じ思いでした。入選20篇のエピソードはキャンペーンサイトで紹介していたのですが、新たに冊子の形にまとめて社員の方々にお配りすることになりました。当初はインナー向けの予定でしたが、イベントの際にはお客さまに配ったり、リクルートの場でも活用いただいているようです。さらに、高速道路の特性に合わせて、走行中に聴いていただけるラジオCMの制作も実現しました 。

 顧客の共感を得ることは、インナーモチベーションの向上にも効果が 

――一連のキャンペーンについて、NEXCO中日本様の社員の方々はどのように受け止めていらっしゃったのでしょうか。

 奥田:高速道路事業の業務では、鉄道や航空など他のインフラ企業と比べて、社員の方々とお客さまの直接的な接点はあまり多くありません。その中で、今回のキャンペーンで集まったリアルなエピソードは、高速道路を非常にポジティブに捉えていて、感動的なものがたくさんありました。社員の方々にとっても前向きな力になったのではないかと思います。

 清水:今回のようなリアルなエピソードがインナーモチベーションの向上につながる理由は、大きく2つあると考えています。ひとつは貢献実感。顧客接点が少ない中で、自分の仕事が「誰かのためになっている」と思えることは重要です。もうひとつは、自分の志望動機の再確認につながった可能性。自分がこの会社を志望したとき、こういう体験を提供したいと思っていた――そんな「最初の思い」に立ち返る機会にもなったのではないでしょうか。

 奥田:先ほども話に出ましたが、2025年はちょうどNEXCO中日本様の設立20周年だったこともあって、もともと、広報活動をインナーモチベーションの向上にもつなげたいというお考えをお聞きしていました。顧客視点に立つことを徹底し、お客さまのリアルな声と向き合う広報を行ったことで、「お客さまの好感度向上」と「インナーモチベーションの向上」を同時に達成することができたのではないかと考えています。

n = 1の顧客と向き合い、顧客価値を追求することで、あるべきコミュニケーションが見えてくる

――2年間のキャンペーンを経て、その効果をどのように分析されていますか。 

 清水:先ほども紹介したNEXCO中日本様が継続されている調査では、2025年度は好感度に関して大きく伸長する形となりました。フリーアンサーでも、「思い出に価値を感じられるのは道路がずっと変わらないでいてくれるから」「高速道路は使う人の思い出の架け橋だと初めて気づいた」「家族の幸せや楽しさを作ってくれている企業だと思った」など、CMを通して我々が伝えたかった高速道路の本質的価値に気づいてくださっている回答もありました。高速道路の向こうにNEXCO中日本様という人格を持った企業があるのだ、と理解いただけたようで、とても嬉しいし、ほっとしています。

NEXCO中日本様も、雑誌の取材に「お客さまのリアルを自分たちの方から積極的に捕まえにいくことの価値を知ることができた」とおっしゃってくださっていて、お客さまに対しても、NEXCO中日本様の社員の方々に対しても、一定の効果をもたらす取り組みだったと考えています。

 喜多:企業視点の発信だけではなかなかお客さまにメッセージを受け取っていただけないし、企業や事業に共感していただくことも難しい。お客さま全員を細部まで見ることはできませんが、今回のように、その中の一人と深くコミットして、お客さまにとっての企業の存在意義=顧客価値を見出すこと、「 n = 1 」を大切にしてそこから広げていくことで、コミュニケーションの方向性が見えてくることがある。これは、企業の広報活動を考えていく上で重要な示唆になったと思っています。お客さまと向き合うことから、普遍的で重要なメッセージを見出すことができる――それは、どんな企業においても言えることなのではないでしょうか。

――最後に、今後の取り組みについて教えていただけますか。

 奥田: NEXCO中日本様のように規模の大きな企業だからこそ、広報活動でお客さまをしっかり見てつながることが重要になると考えていますので、お客さまとのコミュニケーションをより一層深めながら、今後も継続していければと考えています。


まとめ

高速道路の広報は、道路の利用者=顧客に行動変容を促すことが重要な役割のひとつ。その役割を円滑に行うために、大広チームは高速道路事業の特性を根本から見つめなおし、共感の醸成による好感度の向上という新たな方向性を提案しました。高速道路を「体験や感情を生み出す場」として捉えなおすことで顧客との接点を見出し、リアルなエピソードの募集とそれに基づく広報で、好感度向上とインナーモチベーション向上という2つの目標指標に貢献しました。隠れていた顧客価値を発見し、適切なコミュニケーションでその価値を高めていく手法が、交通インフラの広報に新たな戦略をもたらしました。


最後まで、お読みいただきありがとうございました。大広COCAMPでは、これからも新たな視点からのコミュニケーション開発やマーケティング戦略 に関するコラムを掲載してまいります。まだメルマガ未登録の方は、これを機会にぜひ、下記よりご登録ください。

またCOCAMP編集部では、みなさんからの「このコラムのここが良かった」というご感想や「こんなコンテンツがあれば役立つ」などのご意見をお待ちしています。こちら相談フォームから、ぜひご連絡ください。

この記事の著者

COCAMP編集部

「ビジネスは、顧客価値でおもしろくなる」をコンセプトに、ビジネスにおける旬のキーワードや課題をテーマに情報発信しています。企業の大切な資産である「顧客」にとっての価値を起点に、社会への視点もとり入れた、事業やブランド活動の研究とコンテンツの開発に努めています。