2025年4月に大広の社内ユニット、大広GXU(グロースクロスユニット)が誕生しました。さまざまなプレイヤーとクロスし、新たな価値をグロースすることを目指す本ユニット。そのメンバーとつながりのある方々に、大広GXUとの仕事を通して見えた、強みや可能性をお聞きする本連載。第6回はフリーカメラマンの八木虎造さん。元イタリアのプロ野球選手という異色の経歴の裏にあるのは「まず動き、その後で柔軟に合わせる」というシンプルな行動原則。そのキャリア論から仕事への取り組み方まで、直球中心で時に変化球も交えてお聞きしました。
八木 虎造
カメラマン
大学時代にカメラマン渡部さとる氏に師事。24歳で独立し、29歳の時に休暇でイタリアへ。草野球チームに入るつもりが、勘違いでイタリア野球リーグ(セリエA)のチームに入団。ヨーロッパのチャンピオンズリーグにも出場。その後、キューバやリトアニアでも活動。著書に『イタリアでうっかりプロ野球選手になっちゃいました(小学館)』『キューバ 野球の国のエリオ(偕成社)』。右投げ右打ち/捕手。
塩脇 生成
株式会社大広GXU ブランドエクスペリエンスグループ クリエイティブディレクター/コピーライター/プランナー
編集プロダクション、転職メディア、出版社、広告会社などを経て、2023年に博報堂ケトルへ。2025年より現職。主な受賞歴はACC、JAA広告賞、毎日広告デザイン賞、CCNなど。
憧れのカメラマンに、まずは飛び込む。
塩脇:八木さんとは出会ってから10数年になります。初めてお会いした時は八木さんが海外リーグから帰国した直後。ポートフォリオの美しい写真にも驚きましたが、一緒に草野球をした時のキャッチングの上手さと送球の正確さにも衝撃を受けました(笑)。
八木:30代でバリバリやっていた頃だったので。なつかしいですね。
塩脇:八木さんは小さい頃からカメラマンになりたかったんですか?
八木:中学校までは野球しかやってこず、野球部を引退してから燃え尽き症候群のような状態になったんです。高校受験の勉強もやる気が起こらず、スポーツ雑誌『Number』ばかり見ていました。そんなある日、ふと思ったんです。『Number』のかっこいい写真を撮るカメラマンになりたいと。そこからカメラを買って、写真学科のある大学に入学。在学中に『Number』で活躍する最も好きなカメラマン、渡部さとるさんと仕事する機会にも恵まれました。
塩脇:夢が見つかってから、一直線に進んでいますね。
八木:ただ、最初に渡部さんのアシスタントについた仕事で写真を見せたら「こんなんじゃプロになれないよ」とバッサリ。怒ることはないけれど、求める基準が高い人でした。
塩脇:その後、渡部さんに弟子入りしたきっかけは?
八木:アシスタントを始めてから2年経ったある日、渡部さんが骨折したんです。そこで人手が必要になると思い、勝負をかけました。
塩脇:勝負!?
八木:それまで渡部さんのファンであることは隠していたのですが、事務所で「渡部さんのファンだったこと、撮った写真が大好きなこと、そんな写真を撮りたいこと」を熱く伝えて、弟子にしてもらいました。そのタイミングで大学も中退。カメラマン1本でいく決意を固めました。
塩脇:すごい行動力!その後はさらに写真に没頭ですか。
八木:師匠に言われたこともあって、時間さえあればシャッターを切り、暗室にこもる日々。師匠は「なんでこうして撮ったのか?」常に根拠を求めてくる人だったので、撮って考えて撮って考えての繰り返しでした。
塩脇:良い環境ですね。
八木:最高でした。今にして思えば、いつも暗室やフィルム、紙を使わせてくれて有難い環境でした。弟子1年目はほとんど運転手扱いで、2年目でアシスタントとして動き方がわかってきて、3年目で何も言われなくなりました。
塩脇:師匠の思った通りに動けるようになったんですね。そこから独立してすぐに、仕事は入ってきたんですか?
八木:師匠がらみの出版社に挨拶に行ったら、ご祝儀的に使ってくれまして。そこから新たな依頼をいただいたり、別の雑誌の仕事につながったり、どんどん仕事が増えていきました。本当に師匠に恵まれたなと思います。
塩脇:叩き込まれたスキルが高かった?
八木:プロのカメラマンとして生きていく全部を教えてくれたなと。名刺の渡し方から、打ち上げでの振る舞い、納品の仕方まで。独立した次の日から、プロとしての仕事ができた。「師匠に学んだ自分の写真が、下手なわけない」という自信も武器になっていたかもしれません。
行動と発信で生まれた独自の武器。

塩脇:そんな八木さんのキャリアを広げた転機に「イタリアでのプロ野球生活」があると思います。書籍『イタリアでうっかりプロ野球選手になっちゃいました(小学館)』のタイトルの通り、草野球チームだと思ってうっかり入ったチームが、実はセリエAのチームだったと。
八木:はい、球団から初めての給料を貰った時に気付きました。やけに上手い選手が多いなとは思っていましたが(笑)。
塩脇:書籍化は自分でどこかに提案したんですか?
八木:イタリアでプロ野球選手になったことを知った先輩カメラマンが面白がって、出版社に宣伝してくれたんです。「シーズンや生活の様子をブログに書いたほうがいい」ともアドバイスをくれて、その通りにしていたら小学館から声がかかりました。その本が名刺代わりになって、テレビやラジオ、新聞など40社くらいのメディアから依頼が来たんです。そこから仕事の質がガラッと変わりました。
塩脇:当時MLBやアメリカ独立リーグでプレイする日本人はいましたが、イタリアは珍しいですもんね。
八木:まさに。アメリカや日本とは違う、よく分からないもう1つの野球がイタリアにあるということがウケたんだと思います。そこは意識して「海外で活躍するプロ野球選手」という文脈では見られないように、イタリア野球がどういうものかを語る人として、各メディアに出演していました。
塩脇:それが2冊目のキューバ野球の本にもつながったんですか?
八木:イタリアで3シーズン野球して、キューバの野球も知りたいなと思って現地に行きました。知り合いのツテで練習に参加できて、それをブログに書いたら「キューバで生活する野球少年の本を作りたい」という依頼が来ました。この2冊は大きな転機になりましたね。これをフックに仕事が来ることも増えました。
塩脇:その2か国以外でも、野球選手として活動していますよね。
八木:リトアニアにも行って、ヨーロッパのチャンピオンズリーグにも出ました。おかげで対戦チームのオランダ、チェコ、ロシア、ベラルーシ、クロアチアといった様々な野球文化に触れることもできました。
塩脇:自分の好きなものを追求していったら、唯一無二の個性になっていたと。それも、ただ追求するのではなく外に発信していたことがポイントですね。
次は道具の普及ビジネスと、アフリカ野球。
塩脇:現在はどんな仕事が多いですか。
八木:香港や台湾など、海外企業の仕事が増えています。驚いたのはスピード感の違い。例えば、夜21時に仕事が終わって「今日中に納品して」と言われたことがありました。
塩脇:普通はレタッチも含めて1~2日かかりますよね…。
八木:最低限のクオリティで良いと言うので、1~2時間で80枚を仕上げて納品したんです。すると「これをしてくれたのは八木だけ」とすごく評価されて、続けて仕事が来るようになりました。自分の基準ではなく「まず合わせてやってみる」という、海外の野球と暮らしで培った現場対応力が生きました。
塩脇:そこはスピードが最優先な文化だったんですね。
八木:ただ、海外でも真逆なケースもあって。例えばイタリアではシエスタという昼休みがあるので、その休み時間に働くとすごく嫌がられる。最初は理解できなかったものの、彼らの言う通りやってみると感覚が分かるようになるんです。
塩脇:八木さんの話に一貫するのは「まずやってみる」という行動力と柔軟さですね。師匠への弟子入りも、イタリアの球団入りも、出版の件も。
八木:その場で臨機応変に対応するのは得意かもしれないですね。広告案件でもADやデザイナーさんの意図を汲み取って、伝えられていないことでも「こういうことかな?」と意図を持って撮ろうとは心がけています。
塩脇:八木さんとはこれまで学生応援プロジェクトや大学での記事づくりの講師など、ご一緒してきましたが、これから広告会社と取り組みたい野望などありますか?
八木:キューバや諸外国に行って思うのは、野球道具が揃っていなかったりボロボロだったりして、野球を楽しむ子が減っています。野球大国キューバでも、サッカーが流行り始めているほどです。海外へ野球道具を届けるという慈善活動はあると思うのですが、それがきちんと届いていないように感じます。だから、ビジネスとして彼らに野球道具を届ける仕組みを一緒に作ってみたいです。
塩脇:現地を知る人にしか分からないことですね。何年か前に「エジプト野球リーグ初の外国人選手になりたい」という夢を聞きましたが、野球選手としての野望もありますか?
八木:もちろん!今はアフリカに興味があります。アフリカの野球事情ってよく分かっていないので、行ってプレイしたい。暮らしやその中にある野球の写真を撮って、アフリカの情報を伝える発信もしたいです。
まとめ
ビジネスでは「走りながら考えよう」という言葉をよく目にします。ただ、走る前に結果を予測できるようになった現代において、まず走ってみるのは意外と難しいもの。そんな時代だからこそ、「うっかり」とは言えイタリアでプロ野球選手になり、自分で本を執筆し、キューバやリトアニアへ飛び込む八木さんの行動力が輝いて見えました。「まず動いてから柔軟に調整していく」。それこそが、AI全盛時代に突き抜けるための、最強の動き方かもしれないと感じました。
【参考】
八木虎造
https://yagitorazo.com/
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「大広とクロスな人たち」シリーズ一覧
第1回「良い人みんなでつくる時代」 みんな/皆川壮一郎さん
第2回「文脈を編み出し、接点を増やす。広告チームにこそPRパーソンを」マドベ/片山悠さん
第3回「日常の延長で広告体験を味わってもらう“銭湯”の魅力」 ピクセル/大塚輝さん
第4回「オノマトペは、“人の心を鷲掴み”にする言葉」 明治大学/小野正弘さん
第5回「ネコが広げる、つながりとアイデア」 SUNDAY ISSUE/太田メグさん
第6回「“うっかりプロ野球選手”から始まった、世界の野球を知るキャリア」 カメラマン/八木虎造さん
この記事の著者
塩脇 生成
株式会社大広GXU ブランドエクスペリエンスグループ



