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2026.07.09

人材育成に利他の体験を。社会を動かす人を育てる、企業・教育現場が注目のゲーム「from Me」

成果や効率が優先される今、私たちは目の前の目標達成に追われ、他者への理解や対話の機会を失いつつあるのではないでしょうか。そうした状況では、組織の分断やワークエンゲージメントの低下、さらには働くこと・学ぶことの意味の希薄化にもつながりかねません。しかしいざ、共感を大切にしようとしても、頭で理解するだけでは行動や価値観の変容にはなかなかつながりにくいものです。そんな中、「利他」を体験から学ぶアプローチが広がりつつあります。その一つが、社会貢献教育ゲーム「from Me(フロムミー)」です。今回は、このゲームのファシリテーター資格を持ち、教育機関などの資金調達・支援を専門に活動する吉田富士江さんと、広告・マーケティング領域の第一線で活躍する大広の清水純さんに、利他を体験することの意義と、その先に生まれる変化について話を伺いました。

吉田 富士江さん吉田富士江 氏
株式会社福笑楽美 代表/日本ファンドレイジング協会認定講師/大阪大学先導的学際研究機構 月面都市開発研究センター招へい教授/九州工業大学戦略本部経営戦略室 特任教授
大手企業での30年間の勤務を経て、MBA取得、大学ファンドレイザーへと転身した異色のキャリアを持つ。2020年に独立し、教育機関へのファンドレイジング支援やキャリアカウンセリングを行う。また、社会貢献教育カードゲーム「from Me」の公認ファシリテーターとして、ワークショップ等に多数登壇。ビジネスとソーシャルセクターの両方を知る強みを活かし、対話とゲームを通じて、次世代の価値観形成や社会課題解決への気づきを後押ししている。

清水 純さん清水純 氏
株式会社大広 GrowthXユニット コミュニケーションディレクター/ストラテジスト
大広のストラテジックプランナーとして、定性・定量調査、生活者インサイトの発掘、マーケティング戦略立案、ブランド開発、新規事業構築、データドリブンマーケティングまで幅広い領域を手掛ける。また、企業のCI・パーパス構築・浸透にも独自メソッドを持ち、数多くの企業変革プロジェクトもリードしている。
多数の広告賞受賞歴を持ち、MBA取得後は阪南大学非常勤講師としても活動。また、2025年9月よりカードゲーム「from Me」の公認ファシリテーターとして、企業組織や教育領域における対話・共感形成プログラムにも取り組んでいる。

なぜ今の組織や社会で「共感」が育ちにくいのか?

——吉田さんはソーシャルセクター、清水さんは広告・マーケティングと、それぞれ異なる領域で活動されています。お二人の経験から、今の社会や組織にどんな課題を感じていますか。

吉田:私たちはつい、「自分にとって得か損か」という自分軸で物事を判断してしまいがちだと感じています。それ自体が悪いわけではないのですが、自分軸での判断が続くと、視野がどんどん狭くなっていき、他者がどんな状況にあるのか、何を感じているのかが見えにくくなっていきます。
私は長年、ファンドレイジングに携わってきました。ファンドレイジングとは、社会課題の解決に取り組む大学やNPOなどのソーシャルセクターのために、必要な資金を集め、届ける仕事です。
この仕事では、投資家や支援者の方々に最初から「寄付してください」「資金が必要なんです」と言ってもシャットダウンされてしまうんですよね。だからまず、支援してほしい組織や大学について知ってもらう。そこで「これは大事だ」「自分もそう思う」という共感の気持ちが生まれてはじめて、お金による支援なのか、労働力の提供なのか、言葉での応援なのか、その人なりの関わり方が決まっていきます。この仕事を通じて「人が動く起点には、相手への共感がある」と実感しています。

他者への共感が生まれて初めて、その人なりの関わり方が決まっていくと語る吉田さん他者への共感が生まれて初めて、その人なりの関わり方が決まっていくと語る吉田さん

清水:吉田さんの「自分の都合(損得)で判断してしまう」というお話は、耳の痛い話ですね。
私はこれまで「目の前の成果に向き合うこと」こそが何より大切だと思ってやってきました。ここでの成果とは、クライアントが求めるものを、期待を超えて達成できたかどうかです。もちろん、クライアントの先にいるターゲット理解は重要です。 ただ、それはあくまでも成果を上げるためで、その域を出られなかったように思います。
ましてや社会のことまで考えが及ばず、損得の先にある幸福感や共感の必要性を心の底から感じていなかったことは事実です。もちろん大切だとは頭ではわかっているんですが……。日々の仕事の中で実践できていないことの方が多かったように思います。

吉田:成果や効率が重視される場だと、そこに生身の人間がいるということが抜け落ちてしまうのかもしれないですね。共感の大切さに気づく機会も、それを育む場も少ないということなのですね。

——共感が根付きにくい状況の中で、それを育てていくには何が必要なのでしょうか。

吉田:「知識」ではなく「体験」することだと思っています。多くの人は、何かに出会ったとき、まず頭で考えます。「いいことか悪いことか」「得か損か」と、無意識のうちにジャッジしてしまう。でも、その思考の手前で、体験できる機会があると、変わる気がしています。やはり動いて何かを感じることで、深く腹落ちするものがあると思うんです。そんな体験の入り口になればと思って開発されたのが、カードゲーム「from Me」です。

1万人が体験した社会貢献教育カードゲーム「from Me」

1万人が体験した社会貢献教育カードゲーム「from Me」

共感は「知識」ではなく「体験」と「対話」から生まれる

——どのようなゲームなのか教えていただけますか。

吉田:「from Me」は、お金の使い方と自分のウェルビーイングのつながりを、ゲームを通して体感できるカードゲームです。消費・貯蓄・寄付・投資など、さまざまな選択肢を試しながら、自分にも周りにもよりよいお金の使い方を見つけていける内容になっています。
プレイ人数は6〜36人。プレイヤーにはそれぞれ異なるキャラクターが割り当てられ、それぞれが大切にする「価値観」と「目標」を持ってゲームに臨みます。ターンごとに「アクションカード」の中から、自分のキャラクターの価値観に合わせて優先順位をつけ、行動を実行していきます。
例えば「難病治療薬開発を行う医療ベンチャーに投資しよう」や「サステナブルな無農薬野菜を買おう」「ごみ拾いボランティアに参加しよう」「子ども食堂を支援しよう」などです。実行するにはマネーが必要なアクションカードもありますが、結果によっては「ウェルビーイングポイントカード」や「マネーカード」を獲得できることもあります。
それだけでなく、一人ひとりの選択が「経済・社会・環境」といった社会全体の状況をも動かしていきます。互いに影響を与え合いながら、参加者全員がそれぞれの目標を達成した状態を目指すのがこのゲームの醍醐味です。

——ルールだけを聞くと、一見、個人戦のようにも思えますが、具体的にどういったところにこのゲームの面白さがあるのでしょうか。

吉田:このゲームが面白いのは、自分一人の力では勝てない設計になっている点です。最初はみなさん、個人で動きます。ですが、なかなかポイントが伸びない。そこで、チーム内や他チームのプレイヤーと手札を交換したり、交渉したり、つまり「対話」が生まれるんです。しかも、相手のためになる動きをしたほうが、結果的に自分のポイントも増えていく。「どうしたら相手に喜んでもらえるか」を想像しながらプレイするうちに、利他を知識ではなく体で理解し、それが自分のウェルビーイングにもつながっていく。その実感を持ち帰っていただけるゲームになっています。
このゲームは、企業の研修や学校の授業として取り入れていただいていて、これまで多くの企業や認可法人、私立の中学、高校などで実施してきました。また、個人で参加できるイベントも定期的に開催しており、これまでに、1万人近くの方に体験いただきました。

——年齢や立場を問わず、夢中になれるゲームなんですね。清水さんは、大広に勤めながら、「from Me」の公認ファシリテーターになられたそうですね。その理由を教えてください。

清水:きっかけは、大学院で吉田先生の講義を受け、「from Me」を体験したことでした。ゲームが終わったあと、自分自身の価値観が静かに変わっていくような感覚があったんです。
それまでの私は、成果を上げることに向き合ってきました。本音を言えば「誰かのために動くなんて偽善ではないか」とすら思っていたくらいです。ところがこのゲームでは、チームメンバーや他のチームと協力するほど、自分のウェルビーイングも、周りの人たちのウェルビーイングも一緒に高まっていく。「自分さえよければいい」「成果さえ上がればいい」と思っていましたが、自分も周りも一緒に幸せになれる形があるんだ、とゲームを通して腑に落ちたんです。
一歩踏み出せば、自分も社会や世界を変える小さな一滴になれるかもしれない。大袈裟ですが、そう思えて、この活動を広めていきたいとファシリテーターの資格を取りました。

企業研修から教育現場まで。人材を育成する「from Me」の可能性

——清水さんが所属されているチームでも、「from Me」を実施されたそうですね。メンバーに何か変化はありましたか。

清水:印象的だったのは、かつての私と同じく成果重視で走ってきたメンバーが、ゲームのあとに「成果だけを追いかけるのって、意外とむなしいのかもしれないね」とつぶやいたことでした。変化の兆しが見えた気がしましたね。他のメンバーも「よかった」と口を揃えてくれて、手応えを感じられました。

大広「GrowthXユニット」でのワークショップ風景1
大広「GrowthXユニット」でのワークショップ風景2

吉田さんと清水さんがファシリテーターを務めた、大広「GrowthXユニット」でのワークショップ風景

——ある私立女子高校では、授業の一環として「from Me」を取り入れて、3年ほどになるそうですね。

吉田:そうなんです。「投資や寄付を身近に感じてもらいたい」「チームビルディングにもなるのでは」というお声から導入が決まりました。生徒さんたちは、自分の選択がどんな結果につながるのかを、楽しみながら発見されていて、こちらもやりがいを感じています。
別の高校で実施したときは、クラス替え直後でまだよそよそしかった生徒さんたちが、6分ほどのカード交換ですっかり打ち解けてしまったことがありました。たった数分でここまで距離が縮まるのは、座学では生まれにくい変化だなと感じます。

——学生とビジネスパーソンとで、反応の共通点や違いはあるのでしょうか。

吉田:違いが出るのは、お金との向き合い方ですね。例えば、アクションカードの中に「高級車を買う」というカードがあるのですが、社会人の方は他に使うべき場面があるだろうと堅実に考える。一方、学生さんは、高いものを買った経験があまりないので、楽しみながら思い切って買ってみるんですよね。社会人のほうが、お金の判断はリアルですね(笑)。
共通しているのは、自分の選択や行動が周りや社会にどう影響するかを、その場で実感していただけている点です。「from Me」では与えられたロールになりきってもらうので、ゲームの中で自然と他者の立場に立つことになる。すると、自分の一つひとつの行動が、相手や周りにどう響くかがリアルに見えてくるんです。頭で考えるのではなく、その状況を疑似体験するからこそ、自ずと相手の視点が見えてくるんですよね。

「from Me」での利他体験は、「物事の見え方」そのものを変えるきっかけとなった語る清水さん

「from Me」での利他体験は、「物事の見え方」そのものを変えるきっかけとなった語る清水さん

一人ひとりの小さな利他が社会をよい方向に変えていく

——他者の視点に立ったり、利他を体験したりすることは、お二人の生き方や働き方にどんな変化をもたらしましたか。

清水:まず、視野が広がりました。以前は「人のために動く」となると、何か大それたことをしなければいけないと思っていたんです。でも吉田先生に、「無理のない範囲で、できることをやればいい」と教えてもらってから、自分なりにできることを考えるようになりました。その結果、「from Me」の公認ファシリテーターの資格取得やクラウドファンディングでの支援、児童虐待防止に取り組むNPOに継続的に関わるなど、少しずつできることを積み重ねています。
こうした活動をしていると「偽善だよね」「自分に何が残るの」と言われることもあるんです。それでも動いてみると、働く意味や社会に与える影響、どうしたら幸せになれるのかを、自然と考えるようになりました。もちろん、一歩踏み出すことを周りの方に強制しようとは思いません。ただ、私にとっては、こうした関わりを少しずつ持つことが、働く上でも生きる上でも、いい循環を生んでいるように感じます。

吉田:私の場合は、以前よりも豊かさを感じられるようになりました。この活動を続ける中で、「ありがとう」と言われる機会も、自分から言う機会も、何倍も増えたんです。感謝のやりとり一つひとつが自分自身のウェルビーイングを高めてくれていると感じます。
それに、自分自身の幸せの形を知るきっかけにもなったように思います。これまでの私にとって、「ウェルビーイング」はどこか曖昧な概念でした。ですが、「from Me」での体験を通して、ちょっとしたことでも「よかったな」「幸せだわ」「喜んでくれてうれしいな」といった“心の中がじんわり温かくなる”ように感じられる瞬間を積み重ねることこそが私のウェルビーイングなんだと気づくことができました。

——今後「from Me」を通じて実現したいことを教えてください。

吉田:より多くの人が「from Me」を体験できる場を作っていきたいと思っています。その経験は、参加した一人ひとりに新たな気づきや実りをもたらすはずです。
例えば、企業に勤めている方々が「from Me」を体験する。ゲームの中で、自分の選択が周囲に影響を与えたり、誰かのために動くことで状況が変わったりする手応えを得る。すると、経営層だけが組織の未来を考えるのではなく、社員一人ひとりが「こんな会社でありたい」「こんな職場にしていきたい」と主体的に考えられるようになる。自分の働く環境に目を向けることは、ひいては自分の人生を大切にすることにもつながっていくはずです。学生さんなら、利他を大切にする価値観を持って社会に出ていく。その価値観は仕事や日々の振る舞いに自然と表れ、一人ひとりの小さな実践が周囲に広がっていき、やがてそれが社会全体を、少しずつ豊かにしていく。そんな未来を、「from Me」を通じて描いていきたいと考えています。

——最後に、読者の皆さんへメッセージをお願いします。

清水:ソーシャルデザインに関して一回取り組んでみると、大なり小なり、変わるものがあります。たとえ最初は相手に共感できなくても、まず一回動いてみる。そこから共感につながっていったりすることもあるんじゃないかなと思うんです。立派な大義がなくても、自分が納得できる小さなことから始めればいい。ソーシャルデザインに関する取り組みを実際にして跳ね返ってくるものは、思った以上に大きい気がしています。

吉田:肩書きや職業に関係なく、誰もが、誰かのために動けるんじゃないかなと思っています。利他というと難しく聞こえますが、周りに目を向けてできることをする。それくらいの気軽さで十分なんです。利他は、理想ではなく、今日の自分から始められるもの。その最初のきっかけの一つとして、「from Me」を使ってもらえたら嬉しいです。

取材後の穏やかな笑顔の吉田先生と清水さん終始、温かい共感に包まれた取材。お二人の穏やかな笑顔の奥には、社会を少しずつ豊かに変えていく確かな熱量が溢れていました。

「from Me」やお二人の取り組みに関心を持たれた方は、ぜひ大広までお問い合わせください。

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【参考】
日本ファンドレイジング協会 https://jfra.jp/fromme/
YouTube動画:カードゲーム「from Me」 https://www.youtube.com/watch?v=Gy516sxcXC8
株式会社福笑楽美のサイト https://fukuwarabi.co.jp/company/

(取材と執筆:井上薫・佐々木まゆ)


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この記事の著者

COCAMP編集部

「ビジネスは、顧客価値でおもしろくなる」をコンセプトに、ビジネスにおける旬のキーワードや課題をテーマに情報発信しています。企業の大切な資産である「顧客」にとっての価値を起点に、社会への視点もとり入れた、事業やブランド活動の研究とコンテンツの開発に努めています。