10年先、20年先の未来を味わう日本酒――そんな斬新なアイデアを、実際の商品としてカタチにしたプロジェクトがあります。埼玉県・権田酒造様と大広がタッグを組んでつくりあげた「直実(なおざね)」の「ver.2035」と「ver.2045」です。未来の社会や事象から逆算の発想で現代の事業を考える大広のソリューション《ミラスト》が、どのように実を結んでいったのか、その過程を権田酒造様と大広チームに聞きました。
権田 拓弥 様
権田酒造株式会社 常務
2019年3月に東京農業大学大学院生物産業学専攻修士課程を修了。同年4月に問屋に入社し、酒類の営業を担当。権田酒造の売り上げがコロナの影響で激減したことを受けて、2021年11月に権田酒造に戻る。権田酒造では、兄と共に、酒造りはもちろん、営業や経理など幅広い業務を行っている。
荒巻 好宣
株式会社大広 GrowthXユニット ブランドエクスペリエンスグループ 部長
プロモーション/クリエイティブセクション、メデイア、プロデュース領域を歴任し、現在は統合コミュニケーション領域のチームを牽引。食品・飲料メーカー、金融業界、エンタメ、BtoB企業、行政案件における事業戦略支援、ブランディング業務に従事。中小企業、スタートアップの成長戦略を支援する「《ミラスト》」メンバーとしても活躍。クリエイター・オブ・ザ・イヤーノミネート/ACC,JPM等受賞。
星川 慧
株式会社大広 ソリューションデザイン本部 ストラテジックプランニング局 第4グループ
経理財務・経営企画からキャリアをスタート。事業開発やブランドコンサルを経て、マーケティング部門へ。ビジネスの根幹となる戦略の視点と、人の心と行動を動かすマーケテイングプランニングを多数経験。現在は「ミラスト」などで企業のビジョン構築を支援しつつ、戦略にとどまらずクリエイティブまで一気通貫で担うことを志向している。受賞歴:2020 Young Spikesフィルム代表、2020年コピー年鑑インブックなど。
未来から逆算する商品開発。老舗酒蔵×ミラストの共創スタート!
――今回の商品開発は、大広チームの呼びかけに権田酒造様が応えるカタチでスタートしました。決め手となったのはどんなことだったでしょうか。
権田様(以下、敬称略):まず、「未来を味わう日本酒をつくる」というテーマがすごく面白いと思いました。通常の酒づくりで考えるのは、「どんな味のお酒をつくるか」ということ。「淡麗辛口なものが人気だから、少しすっきりしたものを作ろう」とか、「最近はフルーティーでちょっと甘口のお酒も人気だから、そういうものも作ってみよう」といった商品開発をしてきましたので、まったく違う切り口であることに魅力を感じました。
より多くのお客様に日本酒を飲んでいただくこと、日本酒の楽しさを広げることは、権田酒造にとっても、また日本酒全体にとっても重要な課題です。ただ、うちの今の状態だと広めるきっかけ作りがなかなか難しいと感じていた中で、こういった新しいコンセプトのお話を持ってきていただいた。これなら新規のお客様にもアプローチできるし、これまで私たちのお酒を楽しんでくださっているお客様にも「何か新しいことをしているな」とより興味を持ってもらえるんじゃないか。そうした課題のところにもいい影響があるんじゃないかと思いました。
加えて、大広チームの皆さんのキャラクターというか、明るさというか、そういう部分にもひかれました。一緒にものづくりをしたらすごく楽しいことができそうだなと思ったことも、決め手のひとつでしたね。

星川:我々としても、権田酒造様の商品開発の姿勢に大きな魅力を感じていました。権田酒造様は江戸末期の創業で長い歴史と伝統をお持ちの会社ですが、一方で、漫画とのタイアップとかV-tuberとのコラボ商品とか、新しいことにも積極的に挑戦されている。伝統と新しい取り組みを掛け合わせるのがすごく上手な企業様だという印象です。私たちが関わらせていただくことで、権田酒造様の伝統に、また別の新しいアイデアを掛け合わせて、今までにない日本酒づくりができるのではないかと考えました。

荒巻:加えて、権田酒造様は、酒米にしても酵母にしても、地場の産品をとても大切にされていて、その姿勢もとても魅力的でした。私たちが参加することで、そうしたものづくりに新しい推進力をもたらすことができれば、必ず面白いものができると思いました。
未来のシーンから逆算。「注ぐ文化」を捉えたコンセプト設計
――《ミラスト》は、未来に起こり得る事象や社会のあり方などを分析し、そこから今を発想していくという大広のソリューションです。どのように考えるのか、少しご説明いただけますか。
星川:はい。企業などが事業戦略を立てたり課題解決を図ったりするとき、通常は「現在の状況」をベースに、それをどう変革するか、と考えます。それに対して《ミラスト》は、「望ましい未来」から逆算して「現在はどうあるべきか」を考える手法で、全く新しいアイデアが生まれたり、新しい市場を創造できたりするところに大きな特徴があります。その時、着想のヒントとしてご提示するのが、国や民間のシンクタンクが発表している様々なデータや未来予測、各業界のレポートなどから私たちが集積した多岐にわたる情報です。
《ミラスト》について、詳しくはこちらの記事をご参照ください
事業創造は目標とする未来を描くことから始まるーミラストという手法
星川:今回も様々な未来情報に基づいて議論しましたが、そこで生まれた考察を、「日本酒というプロダクト」に落とし込んでアウトプットできたという点で、とても有意義なものとなりました。
特に、未来社会に対する考察が、権田さんの酒づくりに対する思い、人生観とつながったことは重要でした。たとえば、「今後は地方で働く人が増えていく」とか「労働年齢がさらに上がる」といった未来予測について話しているときに、権田さんは、「それなら、暮らす場所は離れていても、自分の親と同じ仕事をしている人が増えるかもしれないですね」とおっしゃった。権田さんご自身も先代と一緒に仕事をしてこられたからこその意見だったのだと思いますが、そうしたパーソナルな思いが「親子で酌み交わす日本酒」というイメージとなり、今回の新商品のテーマにつながったのは非常に印象的でした。
権田:「AIが発展していく未来」についての議論もしましたね。それは、色々なことが便利になって、人と人とがあまり関わらなくても生きていける社会なのかもしれない。そのときに「日本酒の本質って何だろう」「色々な要素を削ぎ落としたとき、最後に何が残るだろう」と考えたら、やっぱり「注ぐ」ということだったんです。お酒を注ぐ、汲み交わすことって、ずっと昔から日本で行われてきたことですし、互いに打ち解けて心を開くためコミュニケーションだと思うんです。注ぐ瞬間ってすごく嬉しい気持ちになりますし、注ぐことこそが人と人とが関わる「始まり」の部分であって、一番残ってほしい大事な要素だなと感じました。その人と人とのつながりをさらに楽しいもの、特別なものにするために、日本酒に果たせる役割があるんじゃないか――そんな風に考えているうちに、新しい商品のイメージが徐々に固まっていきました。

――大広チームはそれをどのように受け止めたのでしょうか。
荒巻:議論を通して、「人とのつながりを生んでいく」ことが権田さんの中にあるブレないポイントであり、それを日本酒に託したいと思っておられることが強く伝わってきたので、まずそこを大切に商品開発を進めようと考えました。我々の仕事では、ターゲットのボリュームゾーンとか、一年後、二年後のトレンドに対して、「どうやったらそこに最短距離で流行を作れるのか」とか「ニーズがあるところに価値を作っていくのか」と考えることが多いのですが、今回の場合は、いい意味で「答えがない」。飲んだ人が味わう「感覚」とか、その時の「思い」が答え=その人にとっての味になっていく、というところを大切にし、全体を設計していきました。とてもユニークでやりがいがありましたね。
星川:人と人とのつながりが大事なテーマだと考えた時に、日本酒が何か行動を起こすきっかけになればいいとも思いました。「この日本酒が手元にあるから誰かを呼ぼう」とか「何か特別なことをしてみたい」と思えるようなものにできれば、と。
――そこから、全体のコンセプトやそれぞれのテーマが導き出されたわけですね。
荒巻:はい。人と人とのつながりを深め、飲むことで会話が増えるような、ポジティブな未来を演出してくれる日本酒ということで、全体のコンセプトを「美味しいミライ」としました。その上で、ふたつの商品それぞれに、どういうシーンで飲んでほしいお酒なのかを深掘りしていきました。
「直実ver.2045」は、開発から20年後にあたる2045年をイメージしたお酒です。開発時に生まれた赤ちゃんが20歳になり、人生で初めて飲むお酒が日本酒。そういう新しい選択肢がある未来、という位置づけです。そこから派生して、食事の一杯目のお酒、乾杯のお酒が日本酒になっている、という未来像も描いています。一方、「直実ver.35」は、10年後にあたる2035年、もう少し近い未来をイメージしたお酒です。先ほどのAIの話のような社会環境の変化が起こりつつも、人とつながる場面や、自分らしくいる時間の中心に存在する日本酒、時間をかけてゆっくり酌み交わすことで、人と人との関係や自分の時間を深めていくような日本酒というものを考えました。
試飲を重ねて辿り着いた「美味しいミライ」の味
――商品づくりはどのように進められたのでしょうか。
権田:今回の商品は、どちらも権田酒造の既存のお酒をブレンドしてつくるという方法をとりました。それぞれのコンセプトに合わせてイメージする味をつくっていくという作業を、大広チームの皆さんにも入っていただいて、行いました。
――実際に飲んでみる、ということでしょうか。
権田:はい。権田酒造でつくっている、銘柄や年代の違うお酒を12、3種類用意しまして、色々な割合でブレンドしては試飲することを繰り返しました。
星川:ブレストしながら、かなり飲みましたね(笑)。
権田:そうでしたね。「ver.2045」の方は、初めて飲む日本酒、乾杯のお酒というテーマですから、誰もが飲みやすくて、軽やかに話が進んでいくような味わいがいいんじゃないか、ということで、割とスムーズに目指す味わいが決まっていきました。一方で、「ver.2035」の方は難しかった。「時間をかけてゆっくり楽しむ」ことを味でどう表現するか。「冷や」で試飲しているうちに、ちょっと温めてみたくなって…
星川:ブレストしていた場所に燗酒にする設備がなくて、お湯を入れた紙コップにコップを重ねて温めましたね。そうすると、ブレンドした複数の味が不思議に溶けあって、また違う、まろやかな味わいになりました。
荒巻:燗酒から常温、あるいは冷酒から常温…というように、時間とともに温度が変化し、味も変化する。それを楽しむことで、時間をかけてお酒や会話を楽しむという「ver.2035」のテーマが表現できそうだ、という結論になりましたね。ブレンドの妙でそういうお酒をつくってくださる権田さんの手腕があってこそ、実現しました。
権田:最終的に、「ver.2045」の方は、熱処理をしない生酒をブレンドして、少し華やかで軽やか、フレッシュな飲み口に、「ver.2035」の方は、熟成した古酒をブレンドすることで複雑さを感じられる味わいになるよう調整しました。

テキストラベルと売り方の変革。新しい顧客体験(CX)の創出
――それぞれの味わいが決定し、権田酒造様のECサイトや催事などで販売を始められました。なんといっても、文字が並んだラベルが斬新で印象的ですが…
荒巻:「美味しいミライ」というコンセプトですから、それにふさわしい新しいデザインを、と考えました。その中のひとつが、たくさん議論を重ねてつくってきたコンセプトをしっかり書く、という方向でした。
権田:何種類も提案していただきましたが、文字があんなに書いてあるラベルは今まで見たことがない。新しい、と思いました。催事などで売り場に並べていても、「何が書いてあるんだろう」と、お客様がすごく興味を持ってくださる。日本酒をそんなに飲まない人も手に取ってくださる。コンセプトについて「これは未来のことを考えて作ったお酒なんですよ」とご説明をすると、「週末友人たちと会うから」とか「ちょうど実家に帰るから」と買っていってくださる。今までにない売れ方でしたし、私たちも売りやすいと感じました。
荒巻:味についてたくさん説明して買っていただくというより、興味持って手に取ってくれた人に「未来の体験」としてコンセプトを伝えて「ぜひ試してみてください」と提案できるという点で、売場でのセールストークや体験そのもの、売り方も今までと少し変わりますよね。
権田:そうですね。味そのものとか、我々の酒づくりの特徴―例えば「手作りでやっている」とか「埼玉の原材料を使っている」といった説明は、日本酒が好きなお客様には刺さるけれど、日本酒になじみのないお客様はピンとこない。この商品には、集まる場での話題や体験として、今までとはまた違う層のお客様が興味持ってくださったという実感があります。
――実際、初期ロットがすぐに完売し、継続販売になったことでも、購買層の広がりがわかりますね。
権田:やっぱりデザインとコンセプトは大切なんだと改めて思いました。加えて、最初の売り出しが年始のお寺での催事で、ちょうど家族や友人と集まる機会が多い時期。実家に帰って皆が集まっている中で「これを持っていけば未来の話ができる」と手に取っていただけて、未来を考えながら乾杯するのにもいいタイミングだったのだと思います。
――皆で集まるところに持っていくと話題になりますよね。
権田:そうですね。試飲していただいた感想も、「美味しいね」も、もちろんですが、「面白いね」という反応のお客様が多くて。商品を通した話題の広がりという、今まで日本酒を売っている時にはなかなかないリアクションでした。
新しい美味しさと楽しさへ。共創で広がる日本酒のミライ
――ふたつの新商品は、たくさんのお客様の支持を集めました。プロジェクトを振り返っていかがですか。
権田:「未来×日本酒」という、今まで想像もしていなかった切り口での商品開発でしたが、日本酒を飲む環境とか場面とか…そういったことから考え始める商品開発はすごく刺激的でした。既存の商品も、どういうシーンで飲んでほしいのか…と改めて考えてみると、新しい飲み方や売り方が見えてくるかもしれないなと思いました。技術的な部分では、ブレンドの面白さを再認識しました。ブレンドしている時間も楽しかったので、もしかすると、それも日本酒の新しい楽しみ方になるかもしれない。日本酒の可能性はまだまだ広がる、と思えるプロジェクトでした。
――大広チームとのお仕事はどうでしたか。
権田:やっぱり面白いものができるんだな、というのが実感です。そもそもコンセプトの部分が、我々だけでは絶対に出ないものだったということ。そして、大広チームの皆さんが、私の中にある言語化できていなかった思いを、とても丁寧にくみ取ってくださったこと。その結果、日本酒の可能性を広げる商品開発ができたことは、とても貴重な体験でした。ふたつの新商品は、既存のファンのお客様にも新しいお客様にも好評でしたし、他の酒蔵の人たちからも、面白いことをやっているね、という声をいただいています。楽しく仕事ができたことに、とても感謝しています。
――大広チームの皆さんは、どのように分析していますか。
星川:《ミラスト》は、普段は、いろんな企業様の未来基軸の戦略立案をサポートする、といったことが多いのですが、今回は、実際の商品のアウトプットにまでつなげられたことで、私自身も新しい体験ができました。加えて、「未来にこんなことがしたい」というポジティブなとらえ方で、未来を考える方向性や仕組みづくり、さらには商品づくりができたこともすばらしかったと思います。
荒巻:権田さんと色々お話ししていて、日本酒というのは守りと挑戦のバランスがすごく大事だし難しい領域なんだな、と改めて思いました。今回のふたつの商品は、伝統を大切にしながら新しいことをやっていく意思の表明でもあると思いますが、その意志に、権田酒造様のファンは共感してくだったのだと思いますし、この商品をきっかけに日本酒が好きになった人たちが生まれたとしたら、すごく素敵だなと思います。今後は、未来のもう少し違う視点でまた新しい日本酒を作るとか、このふたつの商品と楽しめる何かを一緒に開発したりできれば面白いですね。たとえば、グラスとか、徳利とお猪口とか…
権田:おつまみとか…未来のおつまみってなんでしょうね(笑)でも、楽しそう。これからも、楽しくやっていこうと思える人たちを巻き込んで、また大広さんも一緒に、新しいコラボができればいいですね。
荒巻:おつまみ、いいですね。権田酒造様と別の企業がタッグを組んで、また別の「新しくて美味しいミライ」の形をつくっていく、そんなパートナーが広がっていくと素晴らしいと思いますし、我々もご一緒できればと思っています。
――ありがとうございました。

まとめ
伝統的な日本酒づくりを行う老舗酒造会社と大広チームが協業し、未来から発想するという大広のソリューション《ミラスト》による商品開発を実施した事例。クライアントの酒づくりへの深い思いをくみ取りながら、10年後、20年後の「日本酒を飲むシーン」を深掘りすることで、つくり方も売り方もまったく新しいアプローチが可能となりました。開発された商品は好調な売れ行きを続けており、さらなる商品開発や他分野とのコラボレーションなど、新たな可能性を広げるプロジェクトとなりました。
最後まで、お読みいただきありがとうございました。大広COCAMPでは、これからも新たな視点からのコミュニケーション開発やマーケティング戦略に関するコラムを掲載してまいります。まだメルマガ未登録の方は、これを機会にぜひ、下記よりご登録ください。
またCOCAMP編集部では、みなさんからの「このコラムのここが良かった」というご感想や「こんなコンテンツがあれば役立つ」などのご意見をお待ちしています。こちら相談フォームから、ぜひご連絡ください。



