「包括的」や「すべてを含んだ」という意味を持つ「インクルーシブ」という言葉。障がいの有無、国籍、年齢、性別などに関わらず、誰もが排除されることなく、それぞれの違いを受け入れ、お互いを認め合って共生できる社会や、そのような考え方や行動を指します。
「誰もが心置きなく働ける会社・社会」を目指して活動している大広のCOCOプロジェクトでは、これまで「子育て社員」や「介護社員」の問題に取り組んできました。一方で、国籍や障がい者、LGBTQ+など、いろんな生きにくさを抱えた人たちの持つ課題への取り組みにはなかなか手をつけられないままでした。COCOプロジェクトが開催する「子ども会社参観日」の機会に、社員とその子供たちが一緒に「食」からインクルーシブを学べないだろうか、と考えて企画したのが「食から学ぶインクルーシブ」のイベントです。その時の様子をご紹介します。
アジアの国々を知るおひるごはん
2025年8月19日、大阪市内の大広オフィスの会議室には4歳~11歳の子供たちとそのパパ・ママが集まりました。お昼ごはんの準備が始まった会場には、エスニックなスパイスのいい香りが立ち込めています。このイベントに協力してくれたのは、神戸・元町にある神戸アジアン食堂バル「SALA」。COCOプロジェクトのサブ・マネージャー岸本尚実さんが、「SALA」のオーナー奥尚子氏と知り合いで声をかけたところ快諾してくれたとのこと。
テーブルには、五香とガーリック香る鳥の唐揚げ(台湾)、干し大根卵やき(台湾)、つるむらさきと豚肉のナンプラー炒め(タイ)、カオマンガイ(タイ)、ガパオライス(タイ)が並びました。ほとんどの子どもたちがエスニック料理は初体験。スパイシーな唐揚げに「辛い!」という声や、パクチーに顔をしかめる子供たちがいる一方で「ちょっと辛くて癖になる味」「パクチーおいしい!食べまくった」「こっちのご飯の方がうちのご飯よりおいしい」という感想も。
食後には先ほど食べたお昼ごはんのメニューを紹介しながら、それはどこの国の料理かを答えるクイズをして、「ガパオライス」「カオマンガイ」など新しい料理の味と名前、それらを食べるアジアの国々の名前を知ることに。SALAのオーナー、奥尚子氏は「小さい時からいろんな国の料理をたべることは心の広さにつながると思います。おいしいと感じなくてもいい。けれど、こういう食べ物があって、それを食べている人たちがいるということを知っていることが大事。」と話しました。
シェフのナターシャさんの国「モルドバ」について学ぶ
料理を作ってくれたSALAのシェフ、ナターシャさん、本名BOTANALI NATALIAさんはモルドバ出身の人です。日本人と結婚して日本に来て、SALAを立ち上げたときから奥尚子氏と一緒にお店をやってきました。「私はどこの国の出身でしょう」というナターシャさんの質問に、子どもたちは「アメリカ!」と。やはり子どもにとってアメリカは一番なじみの深い国のようです。モルドバという国の名前を初めて聞く人も少なくなく(子供だけでなくパパ・ママも)、まずは地図で場所を確かめて、モルドバについてのクイズタイムが始まりました。
モルドバはルーマニアとウクライナに挟まれた国。普段はルーマニア語を話しますが、ロシア語と英語を加えた3か国語は普通に学校でも学ぶのでみんなが話せるそうです。子供たちはモルドバのお菓子、国旗、民族衣装などについてのクイズに答えながら学びます。お昼ごはんの中にもエスニック料理に交じって、一つだけモルドバの料理が入っていました。ロシア語で「キヴェチェ」、ルーマニア語で「トカナデメグレ」という名前で、イタリアのラタトゥイユに似た味です。モルドバのクイズでは、「ママリーガ」というトウモロコシの粉で作るスイーツや、モルドバの民族衣装「イエ」、モルドバの国旗などを写真を見ながら学びました。
「ナターシャさんに何か質問ありますか?」と子どもたちに声をかけると、「おはようってなんていうの?」「モルドバの気温は?」「モルドバではどういう文字を使っているの?」「なんで日本にきたの?」・・・次々と質問が飛び出します。
「モルドバで食べるお肉は?」という質問に、ナターシャさんが「日本と同じ。豚肉、鶏肉、ヤギ、うさぎ・・・」と答えると、「え?うさぎ!?」と一瞬戸惑う子どもたち。「どんな魚を食べますか?」という質問には「魚の名前はあんまりおぼえていない。子どもの時には2回ぐらいしか魚をたべなかった。モルドバは海に面していないのでほとんどが川魚で、川魚にトウモロコシの粉を付けて焼いて皮をカリっとさせて食べる」という答え。
「子どものころ、どこに行きましたか?」という質問では「一番記憶に残っているのは、夏休みに毎日、ぴよちゃん100匹を川までつれて行ったこと。」と。ちなみにぴよちゃんはペットではなく、家で育てている鶏とそのひよこたち。川から帰ってきてぴよちゃんの数が減っていたらご飯半分だったとか。小さいころから家の仕事のお手伝いをしている様子が伝わってきました。
全ての人々がエンパワーメントされる世界。奥尚子氏の想い
エンパワーメントとは「自分の価値を認め、個人の力をつけて、夢に向かって自分自身の生活や環境をより良い方向へコントロールする力のこと」と、奥氏は定義します。大学一年生の時に、日本人と結婚して日本にやってきたアジア人のお母さんに出会いました。知り合いは夫しかいない、友達もいない、言葉が通じないから電車にも乗れない、というアジア人のお母さんの困りごとのを聞いて、屋台を始めたそうです。当時大学で社会課題をビジネスの力で解決するという勉強をしていた奥氏、アジア人のお母さんが料理が得意というのを聞いて、屋台なら学生でも一緒にやれると考えて始めたそうです。大学を卒業後、力をつけるためにレストランの情報誌を出している会社で、飲食店がどうやったら流行るかなどの勉強をして9年前にお店をオープンしました。ナターシャさんはお店オープン当初からのメンバーです。
SALAでは飲食事業を中心に、就労が困難な滞日アジア人女性が 自分の強みで働ける雇用の場を、より多く創出することを目指しています。就労をきっかけにエンパワーメントされ自立した女性たちが 、自分と同じ境遇にある女性たちを SALAというビジネスを通して更にエンパワーメントする側へ。このサイクルを拡大させ、堂々と胸を張って日本社会で生活できる滞日アジア人女性を増やしたいとのこと。「国籍も関係なく、男性も女性も、子供も妊婦さんも、それぞれがお互いの価値を認め合い、自分の価値も認められる社会に。そんな思いをずっと持っていたので、食べ物を通して、子どもたちにいろんな国のことを知ってもらうこのイベントを一緒にできてよかった」とはなしてくれました。
インクルーシブ、大切なのは相手に対する興味
インクルーシブということが、人々の間でなかなか体内化されづらいのはなぜでしょう? という質問を奥氏とナターシャさんにすると、「興味・・・人に対する興味の問題ではないでしょうか。」と奥氏。「相手に興味があったら、自分と違うことに対して「なぜ?」と質問を投げかけて理解していこうとします。相手に対して「おかしい」とか「変だ」という差別的な気持ちがなければ、「なぜ?」と質問されても、嫌な気持ちにはならないと思います。今は何でもネットで検索できるけれど、かわりに自分の言葉で聞いて、自分の言葉で話すということが減っている気がします。 今日の子どもたちみたいに、小さいころは素直にいろいろ質問できるけれど、大人になるとなぜかそれができなくなってしまう。 間違いを怖がって、人に対する興味を持ちづらくなって、興味が減って、言葉を発しなくなってしまうのでしょうか。」
ナターシャさんも、「今日もそうだったけれど、私はアメリカ人とよく言われます。子供たちにもしょっちゅう『ハロー!』って話しかけられる。それはアメリカしか知らないからだろうし、それでもいい。それで怒ったりしない。『ハロー!』って話しかけられて『アメリカ人?』て聞かれたらモルドバだよって、そこで会話をしてモルドバという国や私のことを知ってもらうんです。でもなぜか大人の場合は、そういう風にならないんですよね」と。
最後にインクルーシブを広めるために、企業はどういうかかわりができるかをたずねてみました。
「今日のような場、子供たちと接していろんな国の料理を体験するようなイベントを提案してくれたことはその一つだと思います。今までこういうことをやる機会がありませんでしたが、今日はこのイベントで自分が大事だなと思ったことを体現できた。こんな社会課題を解決したい、そのために起業しているという人たちのコンセプトを聞いて、共感してくれて、そのコンセプトを体現できる機会を与えてくれることは、企業が社会課題の解決を支援してくれる一つの形だと思います。そうすることで、(今やっている食堂とは)また違う場所で違う人たちに広げることができるからです。 」
まとめ
インクルーシブという言葉が広まる一方で、相手のことを知りたいという素直な気持ちで質問して理解していく、そういう場面が減ってきているのかもしれません。今回のイベントで子供たちは新しい味と出会い、新しい国を知り、素直に興味関心をぶつけていました。子供のころからいろんな国の人たちやその食べ物、暮らしをまずは知ることからインクルーシブの一歩がはじまるのではないでしょうか。参加者へのアンケートでは「これまで、多分食べないだろうと多国籍料理は、はなから避けていたのですが、まずは食べさせてみることが大事だなと思いました」「食事を通じて世界を学ぶことは五感を使うことになり学びが深まる」「今日の体験は、家庭で子どもと一緒に多文化について話すきっかけになる」などの感想に加えて「多様な価値観を尊重する意識を高め、チームづくりにも活かせる。」と自身の職場でのコミュニケーションのヒントにしている人もいて「誰もが心置きなく働ける会社・社会」を目指すCOCOプロジェクトのメンバーも手ごたえを感じていました。
参考
〇今年東京・大阪2か所の事業所で実施した子ども会社参観日の様子はコチラからどうぞ↓
東京オフィスの「子ども会社参観日」
大阪オフィスの「子ども会社参観日」
〇昨年大阪で開催した子ども会社参観日の記事はコチラ
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