アーバンファーミング(都市農)は、産業としての農業とは一線を画し、自宅や都市の遊休地、コミュニティファームなどで野菜を育て、食べるライフスタイルを指します。食料自給率の向上や食農教育の充実、環境負荷の低減など多角的な効果が期待されており、日本でも様々なビジネス分野と協業しながら着実に広がりを見せています。このアーバンファーミングが今後どのように発展し、どんな可能性を持っているのか、アーバンファーミングにIT技術を融合した独自の取り組みでこの分野を牽引しているプランティオ株式会社代表の芹澤氏にうかがいました。
芹澤 孝悦
アーバンファーミング(都市農)プロデューサ / プランティオ CEO
エンタメ系コンテンツプロデューサを経て、「プランター」を発明し世に広めた家業・セロン工業に参画。2015年、孫泰蔵氏らと共に農と食を民主化し、みんなが主役のインフラを構築すべくプランティオを共同創業。AIoTを活用したデジタルファーミングプラットフォーム「grow」を展開し、市民参加型の都市農の普及および農と食の民主化を推進。フラワーバレンタインや国際園芸博参画など、産業と文化を横断するプロジェクトを多数手がけ、都市の再生とウェルビーイング向上に取り組む。
アーバンファーミングは世界的な潮流
――「アーバンファーミング」という言葉をしばしば耳にするようになりました。この動きはいつごろから始まったのでしょうか。
確実な資料はないのですが、私が仕事を通して知る限りでは、ここ20年から30年の間に世界各地で急速に発展していったと認識しています。日本では少し遅れて、ここ5、6年で広がってきました。
――世界ではどのように展開しているのでしょう。
大きく分けると、アメリカ型とEU型、オーストラリア型という3系統があると分析しています。アメリカのアーバンファーミング文化の原点である「パーマカルチャー」は、食べ物に困った人がアスファルトをはがしてゲリラ的に野菜を作り始めたことからはじまりました。一方、EUやイギリスでは環境意識の高まりが根底にあります。もともと週末にガーデニングに親しむことがステータスではあったのですが、それが発展する形で普及していきました。今や、ロンドン市内には3000か所以上のコミュニティファームが点在し、120万食分以上の野菜が市民の手によって栽培されています。オーストラリア型は、そのハイブリッドです。日本と同じく島国で、他地域から食料を運ぶとコストと労力、環境負荷が大きくなる。もともと食糧自給に対する意識も高かったのだと思います。アーバンファーミングの手法にサブスクリプションを取り入れたり、イベントを開いてマルシェを併設したりと、ビジネスとしての持続可能性を模索してきたという部分でも、いま私たちが日本で行っている形と近いと考えています。
――日本ではこの5,6年で注目度が高まったということですが、何かきっかけがあったのでしょうか。
様々な側面があると思いますが、自然災害が多発し、気候変動が肌で感じられるようになり、結果として野菜の価格が高騰するといった状況のもとで、アーバンファーミングが持つ価値が注目されているのではないでしょうか。
アーバンファーミングの価値を分類すると、大きく6つあると考えています。「食糧自給」「食農教育」「環境貢献」「生物多様性の向上」「地域活性」「ウェルビーイング」です。食糧を自給することは安心安全につながりますし、海外との関係でいえば、食料安全保障の面でも重要です。また「育てて食べる」ことからは多くの学びがあり、子どもたちに対する食農教育の場としても関心が寄せられています。環境貢献、生物多様性の向上という面では、身近な場所でつくって消費することで輸送による環境負荷やフードロスを削減できますし、化学肥料を極力避け、生ごみをコンポスト肥料にして使うことには生物多様性を高める効果もあります。そして、コミュニティファームという活動スタイルは地域活性につながりますし、安心安全な農と食が身近にあることによって得られる精神的なウェルネスにも注目が集まっています。
図:アーバンファーミングの価値
「農」が遠くなってしまった農耕の国・日本
――芹澤さんが事業としてアーバンファーミングを始められたのにはどのような背景があったのでしょうか。
いちばん大きいのは、暮らしと農が切り離されていることへの危機感ですね。日本人は農耕民族だと言われてきましたが、実際には、農はすっかり遠くなってしまった。今や、野菜はお金を出して買うものになっていますよね。
プランティオでは食農教育のプログラムも展開していますが、子どもたちの口から出てくる野菜の名前が10種類を超えないというのが現実です。日本には野菜が約数千種類もあるのに、です。でも、本当のことをいうと、親世代のみなさんも知らないんですよ。シシトウが実っている様子を初めて見て親子で驚く、というようなことがたくさんあります。もう一度、暮らしと農を結びなおさなければいけない、という想いを日々強くしています。
日本の食料自給率は約38%。種の自給率にいたっては、一般的には約10%と言っていますが実際にはほぼゼロに近いです。さらに言えば、化学肥料も国内での自給率は0%に近い数字です。
――驚きました。特に、種の自給率がそんなに低いとは知りませんでした。
日本は種のライセンスは持っているのですが、量産はウクライナやイスラエル、アメリカなどの海外に委託しています。商用の種は次の代をつくりにくいよう設計されているため農家は毎年種を買う必要があるのですが、もし輸入の道が断たれたらどうなるかは明らかですよね。日本の農が、実は薄氷を踏むような危機的な状況にあるということを、ぜひ多くの人に知っていただきたいと思っています。
――その状況を改善していくにはどのような方法があるのでしょうか。
私たちが運営する農園では固定種(在来種)の野菜を育てているので自家採種が可能で、翌年その種を蒔けば同じ品種の野菜を作り続けることができます。たい肥も生ごみコンポストでつくっています。農の本来のカタチは、こうした持続可能なものであるはずです。だから、販売を目的にした「農業」に頼り切るのではなく、自分たちで農にアクセスできる状態を担保すること――私はこれを「農の民主化」と呼んでいるのですが――それが大事だと思います。その意味で、アーバンファーミングは一種の社会運動でもあると思っています。
IT技術が「農」の楽しさを高め、「価値」を見える化する
――プランティオ様が推進するアーバンファーミングは、栽培を支えるIT技術の融合が画期的です。少しご説明いただけますか。
はい。私たちが目指したのは、農に参加するハードルを下げることでした。家庭菜園をやってみたけれど、思うように育たなかったり、収穫できなかったりした経験がある人は多いと思います。そういう失敗のせいで農から遠ざかってしまうことがないようにしたい、と開発したのが「grow」というプラットフォーム。IoTセンサー「grow CONNECT」と、スマホアプリ「grow」を組み合わせて、誰もが楽しく、学びながら栽培できる仕組みです。
「grow CONNECT」は、畑の土に端末を差し込むことで日照量や土壌水分量、土壌温度など栽培のカギとなるデータを収集できるセンサーです。それをもとに必要な作業のタイミングを分析し、「grow」を通じて「今日は水やりをしましょう」「追肥をしましょう」などと参加者に知らせます。スマホをタップすれば作業の手順やポイントが表示されるので、育てる人の経験値を問いません。たとえば北海道と沖縄では環境が全く違いますが、「grow」は使う場所ごとにデータを集めるので、データが増えれば増えるほどその場所に適したガイドの精度が上がるという仕組みも画期的です。
「grow」は、一緒に農園を運営するコミュニティ内で情報を共有するので、「今日は私が水をやっておくので、次の間引きをお願いします!」というように、無理なく共同作業ができます。また、 SNS・コミュニティ機能もあって、「収穫した野菜でこんな料理をつくりました!」と写真付きで投稿して盛り上がっています。IT技術を取り入れることで、参加者が自走するコミュニティづくりが可能になっています。
図:「grow]の情報共有とSNS/コミュニティ機能の画面
――すごく活気があって楽しそうです。スマホが基点だと誰もが参加しやすいし、コミュニケーションのハードルも下がりますね。アプリにはポイントシステムもあるそうですが…
水をやったり間引きしたり、必要な作業してそれを報告するとポイントが貯まります。さらに、作業の様子を写真付きで共有して仲間からの「いいね」がつくと、それもポイントになります。このポイントを地域通貨と連携できるよう取り組みを進めているのですが、参加する人は楽しみながら新鮮な野菜を食べられて、地域通貨が貯まる実利もある。地域が活性化して地域経済も循環する。環境にもいい。そんな「三方よし」の仕組みが可能になるということです。世界のアーバンファーミングはまだまだアナログなので、このシステムを海外にも展開し、後押ししていきたいと考えています。
――デジタルの技術を融合することで、アーバンファーミングも進化していくのですね。
そうですね。様々なものを可視化できることが大きいと思います。たとえば、地産地消をしたことによるCO2の削減量、コンポストによる生ごみの削減量、緑化率などを数値化できますし、エアコン室外機のIoTセンサーと連携することでヒートアイランド現象緩和への貢献度も計測できるようになっています。そうした環境貢献度が可視化できると、参加者には達成感が生まれますし、企業や自治体にとっては活動のエビデンスにつながります。このことも、とても重要な変革だと考えています。
「農があること」の価値を広げていく
――アーバンファーミングは、様々な事業領域とのコラボレーションの事例が多いと伺っています。具体的にはどのようなことがあるのでしょうか。
私たちの事例でご説明すると、たとえば、オフィスビルの中でのアーバンファーミングの実証実験を進めています。オフィスの中にコミュニティファームをつくり、社員が協力して育てて収穫し、オフィス内のキッチンで調理して食べる。そういう活動を通して、社内のコミュニケーションの活性化や社員のウェルビーイング増進を目指そうというものです。
【参考資料】プランティオ株式会社のプレスリリースはコチラ
学校での取り組みはどんどん増えていて、渋谷区では、これから数十年かけて小中学校に農園をつくろうとしています。「grow」のガイドシステムがあるので、先生方が野菜の栽培をご存じなくても子どもたちが取り組むことができるんです。様々なデータが可視化されるため、「ここは少し日照量が足りなかったのでは」「水の量は適切だったか」など分析しながらの探求学習にもつなげられます。近隣の飲食店の方々にアイデアをもらいながら子どもたちがメニューを考案し、収穫した野菜で料理をつくって保護者が食べるイベントなど、地域と連携しながら活動を広げています。
園芸療法は古くからある分野ですが、私たちのアーバンファーミングで、そのエビデンスを得るための取り組みも進めています。複数の企業、大学の研究室のご協力を得ながら、アーバンファーミングをする前と後でのウェルビーイングスコアの変化を測定しています。室内にこもっていた高齢者が野菜を育てに外に出るようになり、立ったり座ったりすることで筋肉量が増える、という結果も出ています。基礎研究は大変ですが、ぜひ立証したいですね。
――アーバンファーミングが、様々な場面で人の暮らし方を変えていくのですね。今後、どのように広がっていきそうですか。
たとえば、先見性を持った不動産デベロッパーの方々は、すでに、アーバンファーミングができるマンションを企画しておられます。商業施設・オフィス・住居を複合した開発も盛んですが、敷地内に農園があると人々が有機的に結びついてコミュニティが生まれる。それが「価値」である、と認識しておられるからです。また、工場や物流倉庫などの施設に農園を設けて地域に開放することで、近隣の人々との接点を生み出すというアプローチもあるでしょう。その他、様々な業態の企業、高齢者施設や病院、学校など、可能性はあらゆる分野に広がっていると考えています。
農と食の文化をアップデートする
――アーバンファーミングの事業を通じて芹澤さんが目指すのは、どのような世界でしょうか。
たとえば江戸時代なら、ひとつ山を越えれば農も食も違っていました。今でも、鎌倉野菜や京野菜と言われるものがありますが、気候風土に合わせた農があり、食がある、それが文化なのだと思います。でも、農を産業化したことで日本人は農とのかかわりを手放してしまった。農も食も進化が止まってしまいました。その止まってしまった歯車をもう一度回したい、農と食の文化をアップデートしたい、と考えています。
――アーバンファーミングから、新しいアイデア、新しい文化が生まれてくるということですね。
東京の都会の真ん中の小学校でも、ビルの屋上でも、地域の小さな農園でも、人々は楽しみながら野菜を育てています。種まきから収穫まで、やりがいも大変さも経験して手に入れた野菜は、誰しも大切に食べようと思いますよね。曲がった大根をどう料理しよう、熟れすぎたキュウリをどうやって食べよう…そうやって自分たちで試行錯誤するところに再び文化は生まれてくるのだと思います。カルチャーの語源はアグリカルチャー、農ですから。
私は、祖父が興したプランターメーカーの三代目です。祖父は戦後上京し、マンションが次々と建設される東京の街を見て、「せめてベランダで土に触れられるように」とプランターを開発しました。私がアーバンファーミングに取り組むのも、同じ想いからです。アーバンファーミングを多くの人々に広げ、幅広い事業分野と協業しながら、もう一度、身近な場所に豊かな農と食のある日本をつくっていきたいと思っています。
まとめ
食糧自給や環境貢献など多面的な効果が期待され、世界的な潮流となっているアーバンファーミング(都市農)。現在その取り組みは、地域の生活者はもとより、多くの企業や、学校、病院、自治体などへと拡大し、幅広い分野で、新しいアイデア、新しい協業が生まれています。持続可能な社会へのシフトが求められる中で、経済発展とともに離れてしまった人と農と食の関係を結びなおし、社会の新しいインフラになる――アーバンファーミングの可能性は大きく広がっています。
【参考資料】
プランティオ株式会社のホームページはコチラ
海外のアーバンファーミングについてはコチラをご覧ください
・アメリカ https://www.brooklyngrangefarm.com/
・パリ https://hillslife.jp/innovation/2021/09/06/rooftop-farm-in-paris/
・デンマーク https://www.grospiseri.dk/
・ロンドン https://www.capitalgrowth.org/spaces/
最後まで、お読みいただきありがとうございました。大広COCAMPでは、これからも社会課題やソーシャルグッドに関するコラムを掲載してまいります。まだメルマガ未登録の方は、これを機会にぜひ、下記よりご登録ください。
またCOCAMP編集室では、みなさんからの「このコラムのここが良かった」というご感想や「こんなコンテンツがあれば役立つ」などのご意見をお待ちしています。こちら相談フォームから、ぜひご連絡ください。