先の読みにくい不透明な時代のなか、これまでの事業の延長線上に未来を描くことが難しくなっている。だからこそ事業の多角化を進めているが、多角化するにつれ企業の価値がぼやけてしまっている…。とりわけB to B領域ではそんなブランディングの課題を抱える企業が多いのではないでしょうか?
企業ブランディングの作業を、従業員へのアンケート調査や経営層へのインタビューを通して企業のこれまでの財産を棚卸しし、企業価値を解釈していくことから再構築する。今日は、そんなユニークなブランディングを進めている(株)ニチレイロジグループ本社の佐野様、(株)大広のストラテジックプランナーの伊藤さん、クリエイティブディレクターの奥村さんをお迎えし、「企業価値の言語化戦略」というテーマでお話を伺います。
※本インタビューは2025年9月16日に実施しました。
(株)ニチレイロジグループ本社
佐野 蓉子
(株)大広 ストラテジックプランニング局 ストラテジックプランナー
伊藤 夢
(株)大広 クリエイティブ局 クリエイティブディレクター
奥村 佳代
ニチレイロジグループの課題と転機
――佐野様に伺います。取り組んでおられるブランディングプロジェクトですが、始めるまではどのような課題感を抱いておられましたか?
佐野
ニチレイロジグループは、ニチレイグループの一員として、低温物流事業を展開しています。私が所属している㈱ニチレイロジグループ本社は中間持ち株会社になっていて、その傘下に、国内外の低温物流事業会社41社が連なっている組織体制になっています。㈱ニチレイロジグループ本社が㈱ニチレイから分社化され、設立されたのは2005年になります。
それまでのニチレイから分社化されたことによって、ニチレイロジグループとしてのブランディング、われわれの存在意義をいかに発揮していくかという課題が、分社化したときからあったと思います。
現在、国内では約5000社のお取引先とお付き合いをさせていただいているのですが、当時はそういったお客様に対して、ニチレイロジグループの強みとして何をアピールしたらいいかというところからのスタートだった、と聞いています。
これまでは、ニチレイロジグループとして企業キャラクターの開発やノベルティ、広告デザインの制作などに取り組んできました。どちらかというと、単発の施策や「ちょっとこういうことをしてみようか」というアイデアを検討し、 実行に移していたことが多かったように思います。そのようななかで、2023年ごろから、「2025年」という年がニチレイロジグループ設立20周年、かつ新中期経営計画がスタートするという節目のタイミングであることに気づきまして。加えて、TVCMを初めて作るなど ニチレイロジグループの価値をさらに引き上げていくような活動に着手したタイミングでもあったので、これまでの活動をより体系的に整え ステージアップさせるタイミングなのかな、ということを感じるようになっていました。それがブランディングプロジェクトのきっかけになります。
なぜ今、企業価値の言語化が必要なのか
――プロジェクトのゴールは、企業広告などアウトプット制作のための企業価値の言語化ということになりますか?
佐野
そうですね。グループ会社のニチレイフーズがBtoC企業として生活者の方にもすごくなじみが深く、「ニチレイ」がすでに高いブランド価値を持っていることは、我々にとって非常にメリットがあると思います。BtoB企業としてどのように企業価値を上げていけるか、という点に、よりフォーカスしていきたいと考えています。
また、ニチレイロジグループの企業価値を上げていくことによって、ステークホルダーからのニチレイグループ全体への期待値がどんどん高まっていくという視点も、大事だなと思っています。
その価値を上げていくための1つの手段として、いろいろなクリエイティブを出していくことによってニチレイロジグループってこういう会社、という認知を獲得したいと考えています。
一方で、今のお話にも通じますが、昨今の労働力不足で人財 確保が課題となるなかで、当社は一般の方や学生の認知がまだまだ低いと考えていますので、もう少し学生に興味を持ってもらえるようなコンテンツを配信するとか、いろいろアピールしていかなきゃいけないよね、っていう課題もありました。

(奥村 佳代 氏 佐野 蓉子 氏 伊藤 夢 氏)
ファクトと想いを編む「ナラティブアプローチ」の実践
――今回のブランディング策定作業のプロセスに、従業員アンケートや経営層へのヒアリングがあったそうですね。なぜそのようなプロセスを取ろうと考えたのでしょうか?
佐野
当社には、例えば、ニチレイからの分社化前から働いている世代、分社化後に入社した世代、といったように様々な世代の方々が働いていらっしゃいます。私は業務上、社内の声を割と客観的にいろいろ見聞きする機会があるのですが、世代などによって物事の捉え方が違ったりすることはあるということは感じていました。
また、当社は事業領域が幅広く、どの領域に属しているかによって、「ニチレイロジグループ」という会社の捉え方が違うかもしれないと考えていました。実際、ふだん業務で関わりのない部署に所属している人がどういう考えを持っているか、なかなか知る機会はそう多くはないと思います。
例えば、最近の傾向として、国内では地域採用も増えていますので、転勤による人材交流の機会も以前より少なくなっているように思います。私個人としては、現在の業務に携わるなかで、従業員がニチレイロジグループについてぼんやり思っていたことをちゃんと言語化して、今後の成長に向かってみんなで同じ方向を向いていけるような仕掛けをしていきたい、という想いがありました。ですので、従業員の意識調査アンケートや経営層へのインタビューを通して、多様なことを聴くことが大切ではないか、と考えていました。結果として、従業員と経営層の意見を幅広く収集することは、ブランディングを進めるにあたってすごく大事なプロセスだったと思っています。
――伊藤さんに伺います。企業価値を言語化していくプロセスで、独自の「ナラティブアプローチ」というフレームワークを活用されていると伺いました。どのような作業をされたんでしょうか?
伊藤
経緯から少しお話すると、私はちょうど1年前ぐらいからニチレイロジグループ様のお取り組みにご一緒させていただいています。当時はインナーのモチベーション創発だったり、リクルートだったりという課題のご相談がありました。ご相談を伺いながら、その課題の手前に、もしかすると自分たちの企業価値の言語化ができてない、という課題があるのでは?と感じていました。
そこで、過去から現在、そして未来につながるまでの企業のストーリーを皆さんが語れるような形で、言語化できたらいいのではないか、それにはこの「ナラティブアプローチ」というフレームワークが使えるんじゃないかと、ご提案させていただいたという経緯になります。
作業の概要をお伝えすると、まずはニチレイロジグループ様が創業から現在に至るまでやってこられたことを整理します。その際、なぜそういうことをやったのかと、その時どう思っていたのかというファクトと想いを抽出します。また、そのことがあったからこそ、現在できていることがあり、未来に向けてどう動いていきたいかを時系列でつなげられるような(企業活動と価値観の)棚卸しの作業も可能になるように、フレームワークを活用させていただきました。
それらをもとにステートメントの形にしていきました。過去の沿革のスタディーとヒアリング、従業員アンケートからファクトと想いを紐解いて、それぞれの要素をタスクごとに落とし込んでいくフレームワークになります。

(図)企業の自己紹介を導くフレームワーク
――時系列に、会社の重要な転換点など出来事やそのとき携わった方々の想いを整理していくことがユニークなフレームワークですね。
佐野
時系列の中でも、過去の事象を棚卸しして、その事象が今、どんなことにつながっているのか、ニチレイロジグループがどういった価値観を大切にしてきたのかを理解する作業が、とてもやりがいを感じたことでした。過去にニチレイロジグループがこういう歴史を歩んできたから、こんな精神が今に続いているとか。過去にこういうチャレンジをした方々の想いを受け継いで今はこういうようなことをされているとか。つながりを丁寧に理解して言語化していくプロセスになりますが、過去と今のつながりを理解して、未来をどう描いていくのか。そのつながりを理解するという意味で、時系列という軸が大事なポイントの1つだったかなと思います。
――1942年に国策事業会社としてスタートし1945年に株式会社ニチレイになり、1985年に社名変更され、2005年にニチレイロジグループとして分社化されています。これまで、歴史をたどって棚卸されたご経験はありますか?
佐野
いいえ、ニチレイグループとしての社史は存在しますが、ニチレイロジグループとしては、これまでに今回のような作業は経験がないと思います。
――ナラティブアプローチによって、これまで見えなかったことが言語化されてきたのかと思うのですが、ブランディングの方向性も見えやすくなったでしょうか?
佐野
社史を紐解けば、例えば低温物流を担うニチレイロジグループがニチレイグループの祖業の1つであったということなどはわかるものです。
でも、時系列で整理したことによって、例えば、苦しい時代のときに出した様々なアイデアが、当時はなかなか芽を出さなかったけれど、20年たって、その1つが当社のコアとなる事業に成長しているとか。私自身、当社の過去と現在のつながりについて知らなかったファクトが多く、それは面白くもあり、勉強にもなりました。そういう意味では、言語化することで、会社の成り立ちや価値観を自分の頭の中でイメージできるようになりました。
先達が当時考えていたことなどは、80年代後半の事情を知る世代の方々が現役世代で残っていますので、彼らの生の声を聞いて棚卸しするには、本当にギリギリのタイミングであったと思います。新しいものを生み出すときの苦しさを生の声で聞けたりもしました。先達たちのマインドと、今の人たちのマインドに共通するニチレイロジグループのコアとなる共通するものも、ちょっと見えたと思います。そのことは、この言語化のプロセスに、すごく助けていただいたことですね。

インナー共創で育てるブランド:浸透と共感の仕組み
――今回の取り組みはインナー共創型の取り組みだったのではと思います。印象に残る作業などはありましたか?
佐野
ニチレイロジグループ設立20周年の社内向けの記念イベントを今年5月の中旬に開催しました。これはすでに今回のプロジェクトがスタートしたあと、昨年の12月ぐらいに話が持ち上がったんです。その頃ちょうどステートメントや施策開発の時期でしたし、まずは社内にどうお披露目するか考えていた時期でもありました。そこで、プロジェクトで開発を進めていた動画を20周年記念イベントで発表することにしたんです。
周年イベントを成功させようという機運が社内で盛り上がっていたことに乗じて、イベントの中でニチレイロジグループの節目を迎えるタイミングとして、イベント冒頭での上映を経営の方々に提案したところ快諾していただき、実現させることができました。
ふだん、ニチレイロジグループの従業員は、物流センターや勤務しているオフィスで決められた時間内で作業をミスなく進行させる仕事に携わっている方々も多い。そうなると、作業に追われてしまって、ふだん会社の動向や自分の仕事の意義などをゆっくり振り返ることが少ないと思うんです。今回、20周年というグループ全体のイベントでステートメントの要素を盛り込んだ動画を通して当社の価値観について改めてきちんと発信し、みんなで共有できたことの大事さをすごく実感できました。そのことがとても印象に残っています。20周年記念ノベルティとして作ったキャラクターの手拭いも、一体感を作ることに一役買ってくれました。
――インナーブランディングには、ステートメントを策定したあとに浸透させていく作業もありますよね。従業員の方からアンケートについての感想などはありましたか?
佐野
浸透させていくフェーズの重要性はとても感じていますし、難しいものだということも感じています。アンケートに対するフィードバックはまだまだできてないのですが、動画をご覧になった方々が、自分たちの声が動画に反映されていると感じていただけたようであれば嬉しいです。いずれにせよ、吸い上げただけで終わりにしたくはないですね。収集したアンケートの結果をこういうところに活かせたよとか、改めて社内で発信できればコミュニケーションのサイクルがいい感じに回るのかなと感じます。例えばアンケートの中でキャッチフレーズを考えるとか、おもしろい試みもありましたので、結果こんなアイデアがあったよとか、そういうコミュニケーションを頻繁にできたらもっといいなと。まだやれていないことがたくさんありますが、今後、様々な企画を通じて意見を形にしていきたいと考えています。
――従業員アンケートや経営層へのインタビューから気づいたことはございましたか?
佐野
いちばん大きかったのは、意識の中にギャップがあることがわかったことに対する反応になりますね。一例として、今回開発したステートメントには「挑戦することが大事」という趣旨があります。例えば、経営の方々からすると自分たちが若い頃、当時の経営からもっと挑戦して良い、と言われて色々なことをやらせてもらった、だから今があるんだと。なので、みんなもっと挑戦してほしい、もっとやってほしい、という意思をお持ちだったんですね。
それが、別のレイヤーでは 「挑戦って言われるけど、挑戦するほどそんな大きなことなんてやれてない…」みたいに受け取られることもある。
だけど日々行なっている、ちょっとした改善であってもそれは、その人にとっての「挑戦」だと思うんです。言葉の捉え方なんですけど、それを「挑戦」と認識できていないことが、一番もったいない。私も事務局としてそう思いました。今回のアンケートやインタビューを通して経営の視点と現場レイヤー、あるいは世代間など、様々なレイヤーの間に横たわる認識のギャップを可視化できたことは良かったことだと思います。そういう認識が生まれたからこそ、もっと強化して発信していかないといけないことも見つけられました。
――CDの奥村さんにお伺いします。ナラティブアプローチによるフレームワークを活用して、そこから抽出された気づきを元に仕事をされてきたと思います。ステートメントを開発された今、今回のアプローチにどんな感想を持たれていますか?
奥村
今回の取り組みでよかったことが2つあったと思っているんです。
ひとつは、過去から現在、未来に続く流れを理解して取り組めたことでしょうか。企業様のステートメントを開発しようとすると、ストプラのチームと一緒に現状把握からスタートするのですが、逆に現状しか分からないことが多くて。それこそ過去の歴史やその背景を知っている人に話を聞くことってなかなかできません。その場合、企業の現状を理解して、現在と未来のことを主軸に開発することになります。社史を紐解けば、いつ何があったことは把握できますが、その折々の企業マインドまでは理解できません。今回、ニチレイロジグループ様の過去の出来事や経緯もご存知の会長にお話を伺う機会をいただいたのですが、歴史上の出来事の背景、そのときこう思ったとか、何が問題だったとか、こんな対応をしたことがよかったというその時々のインサイトを伺うことができました。
例えば先ほどお話に出た「挑戦」が、なぜ大切にされているのかが理解できたと思っています。ナラティブアプローチは時間がかかりますし大変なんですけど、その時々のお気持ちまで伺えたことにはとても発見があったと思います。
もうひとつは、さっき佐野さんがお話されたことですが、経営と現場の意識のギャップを知れたことも大きな収穫でした。ステートメントは作って終わりではありません。
従業員の皆さんに理解していただき、うちはこうだから頑張ろうと思ってもらわないといけない。また、さまざまなステークホルダーの目に止まる機会もあります。企業ステートメントを開発する際に、従業員の方々含めて幅広い人々に納得いただけるものであるべきでは、というご提案を差し上げても「私が思う通りにしてほしい」というお戻しをいただくことはありがちなことです。今回のプロジェクトでは、現場の方々のインサイトを抽出したソースをもとに、みなさんが納得のいくステートメントを書くことが出来たことがもうひとつのやりがいだったと感じています。
過去から現在、未来に続く流れを理解して取り組めたこと。すべてのレイヤーの人が受け入れやすいものを作りやすかったことは、クリエイティブとしては新しい視座を持てるユニークなフレームワークかなと思いました。

このフレームワークが適する場面と期待できる成果
――企業価値の言語化という取り組みについてお話を伺ってきました。振り返って、ブランディングやコーポレートコミュニケーションについて感じていらっしゃることがあれば教えていただけますか?
佐野
社内の声にきちんと耳を傾けることがとても大事なことだということが、作業を通じて感じたことですね。収集する声が偏ったものであってはならない、ということも大事なことだったと感じています。過去を振り返るにあたっては、現在の経営の方々が当時、最前線で働かれていて、どういう思いでやられたかということも必要ですし、これから会社を成長させていく若手世代や、女性を含めて、多様な考えをちゃんと聞かないといけないと思うんですね。それを率直に経営にきちんと伝える必要もあるとも感じています。
――最後に。今回のプロジェクトを通してお感じになられる、企業価値を言語化するメリットってどんなことでしょう?
佐野
目に見える形に残しておくと、将来、軌道修正する際に振り返ることができると思いますね。たとえ人が入れ替わっても、年数がたっても、それが可視化されて残っていれば見直すことができる。時系列で、いつの時代にどんな環境の変化に向き合い、どんな考えに基づいたことをやっていたということが理解できるようになります。ブランディングはある一定の期間だけ取り組むものではなく、継続して取り組むべきものです。私たちの取り組みも、これまでの歴史や先達の判断の先に繋がっているもの。次の世代がブラッシュアップするフェーズに入ったとき、立ち戻るべき場所を受け渡していけるようになると思います。
奥村
言語化された価値は、この先何かをつくる時に振り返り照らし合わせるものとして使えると思います。
佐野
今回制作していただいた20周年の動画はインナー向けの企画ではあったのですが、社外にニチレイロジグループの価値観を意思表示する素材としても良い素材だと、多方面から反響がありました。前半に年表が出てくるのですが、ナラティブアプローチによる言語化作業によって組織の変遷が紐解かれていて、若い人から見ると、こんな時代に会社はこうなってたんだ、みたいなことも理解しやすく整理されています。
社史は歴史の教科書だと思うのですが、普段はなかなか目にすることはありません。従業員に現在の事業はどんな背景から生まれたのかとか、ターニングポイントはここなんだということを、ニチレイロジグループの視点でちゃんと可視化できたことは大きな財産になると感じています。
――今回開発されたフレームワークと作業プロセスですが、どのような課題を抱える企業に向いているとお考えでしょうか?
伊藤
特に、社員間で企業のブランド価値の認識がバラバラだったり、そもそもブランド価値や自己紹介の言語化に取り組めていない企業だと思っています。それが影響し、インナーモチベーションがあがらなかったり、社員が伝えることもないので、顧客企業への営業活動やリクルートにも影響してしまうような。BtoB企業はその言語化が特に難しいのでこの取り組みがあっていると捉えています。この取り組みによって、社員が自然と「語りたくなる」ブランドストーリーをつくりたいと考えています。

最後まで、お読みいただきありがとうございました。大広COCAMPでは、これからも事業支援・事業開発に関するコラムを掲載してまいります。まだメルマガ未登録の方は、これを機会にぜひ、下記よりご登録ください。
またCOCAMP編集部では、みなさんからの「このコラムのここが良かった」というご感想や「こんなコンテンツがあれば役立つ」などのご意見をお待ちしています。こちら相談フォームから、ぜひご連絡ください。



