日本の20代〜40代女性の9割が疲労を感じ、未就学児を持つ母親の約6割が慢性的な疲労にあるという事実は「企業生産性」「労働力維持」「新規市場創出」に直結する経営リスクとなっています。こうした状況を打開するヒントとして、「10月10日産後リカバリーの日」第3回シンポジウムで講演した、日本リカバリー協会代表理事であり、休養学の専門家でもある医学博士片野秀樹氏の講演内容から「攻めの休養法」をご紹介します。科学的な視点からの疲労対策、ただ休むだけではない主体的で積極的なリカバリー戦略です。
日本のビジネスを蝕む「疲労の経済損失」
日本で働く多くの人にとって「疲労」はもはや日常の一部になってしまっているかもしれません。驚くべきことに、働く世代の82%もの方々が、日常的に疲れを感じている※というデータがあります。この「なんだか体が重い」「集中力が続かない」という感覚は、決して「頑張りが足りない」という個人の問題で片付けられるものではありません。実はこれこそが、企業の生産性や活力を静かに奪い続ける、見過ごせないリスクになっているのです。
※日本リカバリー協会プレスリリース「日本の疲労状況2025」https://www.recovery.or.jp/recobar-method/12743/
20代~60代のつかれている人(低頻度+高頻度)データより。
「アブセンティズム」「プレゼンティズム」という言葉をご存じでしょうか。「アブセンティズム」というのは、従業員が体調不良で会社に出社することができない、欠勤になってしまうというような状態。でも企業にとって最も恐ろしいのは、「プレゼンティイズム」と呼ばれる状態です。これは、従業員が出社はしているものの、疲労や不調のために集中力やパフォーマンスが落ちてしまっている状況を指します。この「見えない非効率」こそが、企業にとって大きな健康関連コストとなっています。
健康関連コストは一人当たり、年間で約72万5000円というのが経産省の報告ででています。この中には怪我、疾病の手当て、医療費なども当然含まれてますが、一番大きく72%を占めてるのは「プレゼンティズム」です。会社として期待しているものがなかなか発揮できない、生産性が落ちている状況はコストなのです。日本リカバリー協会で試算したところ、このプレゼンティズムの中の40%強が、疲労関連でした。「疲労対策は、実は最も手軽で効果的な生産性向上策なんですよ」と片野氏が語るように、社員の「疲れ」を解消し、本来の力を発揮してもらうことは、何よりも先に打つべき経営戦略だと捉えることができます。

疲労は 「体から出る、病気になる前の危険信号」
疲労は「体から出る、病気になる前の危険信号」。片野氏は、「これを軽視することは、病気や重大事故のリスクに直結します」と警鐘を鳴らします。
病気になる前の危険信号は3つあります。
・一つ目は発熱です。発熱してる時、体の中では炎症が起こっていてそのまま活動を継続するとさらに炎症がひどくなるということは容易に想像できると思います。
社員が「39度の熱があります」と連絡してきたら、会社の方でも「しっかり休んで体の体調を整えてください」という返事になるはずです。
・危険信号の二つ目は痛み。腰が痛くて立ち上がれません。ぎっくり腰をやってしまいました。こんな時にも発熱と同様、休んでしっかり回復してから出社してくださいと言われるでしょう。
・問題は危険信号の三つ目、疲労です。社員が「疲れたので会社を休ませてください」と連絡してきたらどうでしょう。多くの会社では「どうぞ休んでください」とは言わないでしょう。「みんな疲れてるんだ!」と叱られるかもしれません。
三大警告信号でありながら、三つ目の疲労だけは社会的に理解が及んでいないのが現状です。でも、疲労も間違いなく病気の前のシグナルです。
高リスク層に見る「疲労感マスキング」の危険性
日本疲労学会による疲労の定義
「疲労とは過度の肉体的および精神的活動、または疾病によって生じた「独特の不快感」と「休養の願望」を伴う身体の活動能力の減退状態」というのが、日本疲労学会の疲労の定義。疾病によって生じた疲労(疲れたという感覚)は原因が明確で、その疾病が治れば疲労も取れます。問題は健康な人、病気ではない人の疲労。原因がよくわからないけど疲れている 人が世の中にはたくさんいるという現状です。
私たちはよく「疲労がたまった」という言葉を使います。でも先ほどの定義からいくと疲労=活動能力が低下している状態、なので、疲労がたまる、というのは変な話です。実は、「独特の不快感」が強い状態を、私たちは「疲労がたまった」と表現しているのです。「独特の不快感」、それを「疲労感」といいますが、ここで大事なのは「疲労」と「疲労感(独特の不快感)」は違うということ。
危険な、疲労感のマスキング
犬は散歩中に、時々グッと踏ん張って動かなくなる時があります。これは犬が疲労感を感じているときの行動。犬をはじめとして動物は疲労感を感じたら、動かないという行動をとります。なぜなら疲労感を感じている時は、活動能力が低下して本来持っている能力は発揮できないということが分かっているからです。危険を避けるための防衛本能として、安全な場所に留まって活動能力が元に戻るまで待機するという行動をとります。ところが、動物の一種である人間は、脳が発達したおかげで、疲労感のマスキングができてしまうようになりました。活動能力が下がっている時に出てくる警告信号がマスクされているため 、「まだまだ働ける」「まだまだ頑張れる」「全然疲れてない」という錯覚のもとに活動が継続できるのです。
特に産後の女性は使命感、責任感、あるいは「母になったのだからやって当然」という社会的なプレッシャーで疲労感をマスキングして、自覚しないようにしてしまうことが少なくありません。産後の女性だけでなく子育て中の女性も同様に、慢性的にその状態に入り込んでいることは以下のデータも示すとおりです。

多忙なママたちに疲労感をマスキングせずに生活してくださいと言っても不可能です。ただ、疲労と疲労感の違いを知って、この状態を長期的に続けるのはまずいと理解したうえで、疲労を回復するタイミングを自分自身で作るセルフマネジメントが、重大な疾病や突然の離職に至らないために重要なことなのです。
活力を生み出す「攻めの休養」
私たちは、寝ることによって、朝起きた時に活力が十分充電されているというような錯覚のもとに毎日生活しています。でも8割の人は活力が十分充電されずに「疲労感」をマスキングしながら活動しているサステナブルではない生活パターンを続けています。片野氏の提唱する、「攻めの休養」は減退した活動能力を増幅させることを意識した休養の方法。自分から主体的、積極的に休養を取りに行って、活力をきちんと復活させるリカバリー戦略です。

「攻めの休養」は、「生理的休養」「心理的休養」「社会的休養」の3つに分類される7つのタイプで構成されます。
生理的休養
・多くの人が、寝る・休む=休養といっているのは、この表の一番上の「休息タイプ」を指します。限りなくエネルギーを使わないようにしましょうねということです。
・2つ目に「運動タイプ」というのがありますが、これは体内に血液を回してくださいということです。老廃物が細胞に滞ってしまうと、疲労回復が遅れますが、この老廃物をクリーンアップする役割は血液が担っています。また細胞がエネルギーを作るときに必要な酸素も血液が運んできます。だから血液が回っている 状態は疲労回復にはつながるということです。体を動かさない「休息タイプ」では血液の流れは遅くなります。一方でこの運動タイプだとその流れは速くなります。体をきれいにクリーンアップして早期に疲労を解消するのであれば、「運動タイプ」の休息を・・ということになります。
・3つ目の栄養タイプは胃腸系を休ませましょうということ。疲れたらおいしいものをたくさん食べたいとか、こってりしたもの食べて精をつけなきゃ、とやりがちですが、それは消化器系の負担になります。お正月の七草がゆと同じ、時には腹8分目、7分目、ファスティングみたいなものをしながら、消化器をしっかり休ませましょうというのが「栄養タイプ」の休養です。
心理的休養
・「親交タイプ」は、例えばお子さんとハグをする、パートナーと手をつなぐ、ご近所の人やオフィスの同僚と会話する、動物と触れ合う・・・などです。あるいは自然が好きであれば公園に行く、山に行くというのも親交タイプ。心の安らぎを求められる休息方法です。
・娯楽タイプというのは、好きなことをやるということ。音楽を聴く、映画を観る、ドラマを観る、いろいろな娯楽がありますが、ひとつ注意が必要なのは、娯楽に溺れ過ぎてしまわないようにという点。休養のための娯楽ですから、この娯楽に対してはセルフマネジメントが必要。
・造形/想像タイプ。「造形」は何かを作るということで、お料理をする、絵を描く、日曜大工で何かテーブルや椅子を作るなんていうのはこの造形にあたります。
「想像」はマインドフルネス、瞑想ですがこれにはテクニックが必要なので、もっと簡単な方法があります。目をつぶって、自分の行きたい場所をイメージしたり、すごく楽しい思い出を思い出す。あるいは、最近見たおなかを抱えて笑ったお笑いの番組を思い出すのも「想像」です。
造形/想像の効果は、ストレスから切り離された時間を作るということ。ストレスを持っているときに休もうと思っても、ストレスが気になってしまって、しっかり休めないという経験があると思います。その時に大切なのは、ストレスを切り離して忘れるということ。集中して何かを造っているときや、イメージしているときは、自然とストレスを忘れています。ストレスから切り離された時間をもつことが心理的な休養につながるのです。
社会的な休養
転換タイプというのは、外部環境と内部環境の境目には皮膚があり、皮膚の外の環境を変えてくださいということです。わかりやすいのは、海外旅行や温泉旅行など。でも、身近なところで皮膚の外の環境を変えることはできます。自分のデスクを整理整頓する、お部屋を掃除する。あるいは着ている 洋服を楽なものに着替える・・・・など。これも、転換タイプの休養です。
これら7つの行動の中には、みなさんが休養として意識せずにやっている事柄もあったのではないでしょうか。大事なのは、それらが休養行動だと知ることで、自分に合ってる休養行動をちょっとしたすきま時間に挟み込めるようになることです。そうすることで、時間のない中でも、主体的に能動的に休養をとって、活力を復活させ、疲労からリカバリーできるようになるのです。
オフファーストで時間割をつくる
私たちは子供の頃から時間割というものを学校で学んできました。大人になっても時間割、タイムマネージメントというのを非常に意識します。でもこれらはオンの時間割。一方で、反対側にある大切なオフの時間割については、誰も教えてくれませんでした。1日にやらなければいけないタスクがどんどんどんどん積み重なっていくと、最終的にオフの時間を削減してこなしていかざるを得なくなります。余暇の時間や、食事の時間、最終的には睡眠時間を削ってなんとか帳尻を合わせます。それが1日だけでは終わらなくて、次の日へつながっていきます。疲労を抱えたまま生活をして、パフォーマンスがだせず長時間労働になり、タスクがこなせず結果的にどんどんどんどん自分のオフの時間が削られて、翌日に影響する・・・・という悪循環に。
そんな時には、オフのスケジューリングから考えるといい、と片野氏は提案します。「こういうオフを取らないと、育児や仕事がしっかりできなくなる」という視点で時間割をつくるのです。たとえば、一人の時間が必要ならここで30分取ろう、あるいはお風呂の時間はここで取ろう、子供との時間をここで取ろう・・・。イレギュラーなこともあるかもしれないから、余白をちょっと多めに残しておこう。そんなオフの時間割を意識することが結果的に効率よくタスクをこなせることにつながっていきます。
オフのスケジューリングをしていくと、自分だけの時間割では限界があることがわかる時も。もし、自分の24時間ではタスクが終われないとわかったら、別の方法を頼るというのも必要です。子育てならパートナーやおじいちゃんおばあちゃんに頼る、あるいは自治体のサービスやベビーシッターに頼るとか・・・。仕事なら同僚に頼る、上司に相談するなどいろいろな方法を模索して、ヘルプを出すことも慢性的な疲労から脱出するために大切なことのひとつです。
これからの企業競争力を左右する「休養リテラシー」
産後リカバリーの日ということで、産後の女性の疲労回復を中心に話をしてきましたが、これは産後の女性に限った話ではありません。疲労を訴えること=弱さ、と捉える文化から脱却し、疲労が深くなる前に声を上げ、休養を求めるための心理的な安全性を確保することは、企業が産後の女性たちに対してだけでなくすべての社員に対して取り組むべきテーマでもあります。休養の重要性、多様な休養の取り方、そして疲労感に目隠しをして頑張りすぎてしまうという「疲労マスキング」の危険性を伝えることで、組織全体の生産性を底上げするだけでなく、労災や突然の離職、傷病休職という大きなリスクを防ぐことができるからです。
また、企業が積極的に休養支援を行うことは、社員のロイヤルティ(忠誠心)を高め、「定着」も促進します。特に、これからライフイベントを経験する優秀な若手人材が「この会社なら安心して働き続けられる」と感じることは、企業にとって最も価値のある投資となります。社員のウェルビーイングをサポートする企業文化は、仕事に集中できる環境を生み出し、新しいアイデアや挑戦に対する意欲、すなわち「イノベーション」の土壌となるでしょう。疲労がない状態は、創造性の源泉。休養を支援することは、単なる福利厚生ではなく、社員のパフォーマンスを最大化し、企業の競争力を高めるための「経営戦略」ではないでしょうか。
※本記事は、2025年10月10日に開催された「産後リカバリーの日 第3回シンポジウム」の片野秀樹氏の講演に基づき構成しました。
片野氏の講演を受けて、シンポジウムでは産後リカバリープロジェクトから「産前産後10の重要課題2025」と今後の活動についての発表が行われました。
■「産前産後10の重要課題2025」
「産前産後10の重要課題2025」の報告では、産後のママは睡眠不足などの体の疲れに加えて、痛みとの闘いがあること。また、孤独や社会から取り残された気持ちになって、自己評価が低下する。母だから頑張らなきゃという無意識のプレッシャーによって意図的な休養が難しく、また休むことへの罪悪感などの感情もわいて7つの休養の中でも特に娯楽・休息・転換タイプが足りないこと。さらには気を張り詰めた状態で不安をスマホで調べ続けて、脳や心を休ませる時間がないことなどの課題が浮き彫りになりました。
また、AI搭載の家電の使用、低周波治療器、リカバリーウェアなどテクノロジーへの期待が高いことも特徴として挙がっており、ベビーテック市場も前年比1.2 %増加、約4兆円規模に拡大しています。「ワンオペ育児がつらいANDROIDでもいたら助けに来てほしい」というようなテクノロジーへの期待の高さと、同時に毎日の生活の大変さがうかがわれる生の声も発表されました。※詳しくは下記のリンクから資料をごらんください。
【参考資料】産前産後10の重要課題2025 https://sungo1010.jp/2025/
■産後リカバリ―プロジェクト第4期(2025年11月~)の活動
3つの活動計画が発表されました。
①産後リカバリー白書2026の発刊
②産後休養学の開発及び、会員企業を通じた啓発活動③産後リカバリーGIFT AWARDの制定
産後女性の心と体のリカバリーに焦点を当てた新しいギフトの開発を通して、出産GIFTの新たなカテゴリーを作り、産後女性へのいたわりの文化を形成することを目的にしたものです。休養学に基づくアプローチで開発された産後ママのための次世代のギフトに対して賞を贈るというもので、産後リカバリーGIFTのカテゴリーとして、以下7方向を検討しています。
・心地よい休養ギフト
・スマートライフテック
・時間創造サービス
・感情解放ケア
・知的好奇心の時間
・夫婦の特別な時間
・自分らしさの表現
また、AWARDの選考委員会は育児ライフスタイルメディアの主婦の友社の編集長をはじめ、医療、育児の専門家、子育て経験者、学識経験者、などで構成します。
まとめ
私たちは疲労によって身体の活動能力が減退した状態でも、疲労感(疲労によって生じた「独特の不快感」)をマスキングして活動を継続することができます。特に産後の女性は「母だから頑張らなくては」という責任感やプレッシャーから疲労感に目隠しをして、頑張ってしまう傾向にあります。しかし疲労をそのままにして活動を続けることは個人にとっては重大な疾病につながり、企業にとっては健康関連コストの増大を招くことに。減退した活動能力を増幅させることを意識した「攻めの休養」をとりいれ、自分から主体的、積極的に休養を取りに行くことは、産後の女性だけでなくすべての働く人に必要なリテラシー。企業は、疲労を感じた社員がそれを訴えることができる心理的安全性を高め、休養支援をしっかり行うことで社員のパフォーマンスを最大化できます。いまや、休養リテラシーは企業にとっても重要なキーワードのひとつといえるのではないでしょうか。
【参考】
産後リカバリープロジェクト https://sungo1010.jp/project/
産前産後10の重要課題2025 https://sungo1010.jp/2025/
大広フェムテック・フェムケアラボ https://femtech.daiko.co.jp/
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