百瀬 太陽
(株)大広デジタルソリューション本部 デジタルアカウント局
2019年大広入社。 大手食品メーカーの営業担当として、マーケティング戦略/クリエイティブ/メディア/プロモーションの統合コミュニケーションを推進。その後マーケティング職種を経て、2023年に現デジタルソリューション本部へ異動。オフライン購買/来店の可視化とその最大化を得意領域とし、戦略策定/施策実施/効果検証/KPI設計などトータルプロデュース業を行う。クライアント各社へリテールメディア勉強会多数実施。
リテールメディアの現在地と“いま始める”理由
リテールメディアが叶える、売れるまでの過程すべてを一体化した広告施策
リテールメディアとは、小売が保有する顧客・購買データを起点に、EC内の検索広告やディスプレイ、クーポンの配布、外部DSPによるオフサイト配信、店頭のデジタルサイネージやレシート、アプリ、決済連動までを含む広告運用媒体の総称です。その価値は単に店頭や在庫の販売推進にとどまりません。品揃え・価格・在庫・販促という「商流」と連動し、購買の直前直後において濃密な文脈でメッセージを届け、売上と体験を同時に高めるところにこそその価値があります。例えばEC内の検索面で新商品の情報を強化しつつ、店頭のアプリ通知やサイネージで体験をつなぐ。これらを同じKPIで束ねることで、従来の広告を越えるパワーが生まれます。
リテールメディア活用で、販促費と広告宣伝費の境界が溶けはじめている
海外ではWalmart Connect、Amazon Ads、Target Roundel、Krogerなどがオンサイト、オフサイト、店頭、測定までを垂直統合し、データクリーンルームを介した安全なデータ突合により顧客管理と商材管理の双方を当たり前にしたといわれています。国内でも総合ECや大型流通、ドラッグストア、コンビニ、決済事業者などが広告事業を拡張しており、メーカーの販促費と広告宣伝費の境界は溶けつつあります。いま始めるべき理由は三つ。第一に、会員基盤とデジタル広告の質が上がったことで情報のインフラが整ってきたこと。第二に、プライバシー・法令対応は後付けではなく設計段階から組み込むべきもので、早期にその枠組みを整えたシステムほど今後の拡張がスムーズになること。第三に、学習データの蓄積が競争力そのものになり、導入の遅れが現実の売上差として顕在化してくることです。自社の目的(売上、新規獲得、バスケット拡大、ロイヤルティ)を明確に定め、店頭とECを横断できる小売パートナーを見定めることを、いますぐ始める必要があります。
顧客データをもとに、情報接触を自由自在にコントロールするID戦略
データクリーンルームによる安全なデータ突合が可能にするID戦略
ID戦略を実装するうえでの最初の関門は、データの棚卸しと線引きです。まずは小売が持つ過去の購買履歴、ウェブサイトの閲覧履歴、検索履歴、ロイヤルティ指標(会員利用状況)、在庫・価格、店舗位置情報、店頭接触ログ。次に商品ブランドが持つ顧客管理システム(CRM)の情報、自社サイト内での行動履歴、キャンペーン参加履歴、RFM分析の結果、商品マスタ管理データ。さらに位置情報、TV/アウトドアメディアの広告配信ログ、商圏統計データ、天候やイベント情報など第三者データ。これらを「どのIDで結べるか」「顧客からの同意は適切に取得できているか」「目的外の利用ではないか」の三つの観点から仕分けします。この整理が済んだら、会員IDを基点に、ハッシュ化(第三者に知られないようにデータを加工)したメールアドレスや電話番号、決済ID、デバイスIDなどを接続します。プライバシーに配慮しつつ、安定したIDグラフを構築することで、クッキーに依存しないファーストパーティデータ中心の計測体制へとシフトさせることが可能になります。
そして、ファーストパーティデータの同意管理は、利用目的、保管期間、第三者提供の明示と撤回の仕組みを整えたうえで、データクリーンルームを活用する必要があります。データクリーンルームは、個人を特定できる情報を外部に一切持ち出さずに集計・突合・分析できる安全な環境です。このデータクリーンルーム内で、同意を得た顧客IDを突合し、重複除外後のオーディエンス抽出や施策実施の有無による広告効果検証、媒体での目標指標(KPIなど)の到達度や頻度頻度を可視化していくことができます。そしてこれらを更に別のマーケティングデータなどと連携させ、自社サイトや外部DSPへの広告出稿を標準化させることで、データ収集における安全性とスピードを両立させることができるようになります。このようにデータクリーンルームを活用して様々なIDを統合・分析させることで、マーケティング戦略の精度は各段に向上するでしょう。
データクリールームのしくみ
ID戦略によるマーケティングデータの把握の差が、売り上げの差に現れる
ID戦略を導入することで広告の効果検証は、商品のリアルな売上データによって行うことが可能にな、推定値といった旧来の曖昧さはなくなります。またA/Bテストやエリアマーケティング運用も簡単に組み込むことができます。さらにID戦略によって、新規購入者比率からカテゴリ拡大率、初回から二回目への移行率、併買率や単価・数量の変化、関連商品のクロスセル効果、さらにLTV(ライフタイムバリュー)まで、店頭とECを跨ぐ統合的なKPIで捉えることが必要になります。加えて“棚連動”も外せない要素のひとつです。推奨したい商品の在庫保管管理、価格、粗利、競合価格、レビューの状態をメディア計画に連動させることができます。たとえば、欠品時は自動停止、在庫過多時は販促強化、レビューが閾値を下回ればクリエイティブを最適化するなどの、いわゆる流通対策とメディア出稿を一体設計することが可能となります。これは、従来の投資とは比べ物にならない、より正確な実態把握につながるでしょう。現場では「同意取得とID」「データクリーンルーム」「売上増分測定」「棚連動」の四本柱が滞りなく流れているかを定例で点検し、データと運用の誤差を最小化していくことが求められます。
リテールメディア活用によるファネルの隅々にまで及ぶ戦略立案
ファネル全体で効く施策を、接触ストーリーで考える
戦略の核心は、顧客データを軸に目的別の「効く施策」を選び、認知から育成までを一つのストーリーに編むことです。リテールメディア活用で特に強調したいのは、顧客データがあるということは、その時点ですでにどのような顧客がターゲットとなりうるかということが、あらかじめ「想定できる」ということです。認知拡大期においても、野放図に広告を投下する必要はありません。購買・閲覧データからカテゴリ関心層を抽出し、外部配信でそのターゲットに着実に配信されるように設定を図ればよいこととなります。そして動画やアウトドアメディアと連携して広告接触後の検索行為や商品ページ閲覧の促進を行っていくのです。おそらく顧客のタイプによって行動様式も異なるでしょう。どのような広告動線を引くのがよいのかも過去のデータから推測できるでしょう。それに従ってメディアは、自社サイトやアプリ、外部DSP、店頭サイネージをポートフォリオとして組んで最適化します。
比較検討では、オンサイト検索広告や商品ディスプレイを使い、検討期の顧客に的確な情報を届けます。レビューの件数と平均評価、Q&Aの充実は、クリック率以上にコンバージョンを左右するため、商品ページのUSP、バリエーション、競合比較表、使用シーンの写真や動画まで丁寧に整えることも重要です。閲覧後のリターゲティングは過剰配信を避け、頻度上限を決めるとともに、購入済み顧客や在庫枯渇時には配信を中止させる運用を行います。購買促進では、検索される商品を基軸に、ブランド名・汎用カテゴリ・用途ごとで入札を分けて考え、購買意向の高さに応じて広告面の占有面積を変化させます。クーポンは新規獲得、併買拡大、在庫調整の目的別に、過去購買や価格弾力性、来店頻度に基づいて配布します。店頭ではアプリ通知、棚前サイネージ、レジ連動施策をシームレスに設計し、“今日買う理由”をわかりやすく提示するようにします。顧客の育成期ではRFMと行動セグメントを掛け合わせ、高頻度・低単価層には大容量やまとめ買いを勧め、低頻度・高単価層にはトライアルセットや限定品を提案します。
将来的には、会員連動CRMとオンサイト広告の接触順序を制御して、無駄な重複を減らしながらリピートを設計するといった究極のリテール・マーケティングが可能になっていくのかも知れません。
商品ページとクリエイティブを磨き続けるしくみ
ファネル設計の成果を最後に押し上げるのが、商品ページとクリエイティブです。例えば、顧客を新規客/既存客/離反客などに区分して、彼らに対して最も適切な訴求やクリエイティブフォーマットは何かを分析します。彼らに伝えるべきことは初回限定、まとめ買い割引など今買うべき理由を作る「価格訴求」かもしれませんし、「機能的価値」や「情緒的価値」などの今の生活にどう効くかを伝える「USP訴求」かもしれません。
はたまた、レビューの引用など比較検討の背中を押す「UGC訴求」かもしれません。つまり、伝えるべきことはターゲットやタッチポイントごとに正解が異なるということです。
細部の調整は地味に見えて、比較検討から購入へと背中を押す大きな力になります。このレベルまで、表現物のPDCAができる体制が整っているのであれば、目的ごとに必要なフォーマットとデータが御社社内の共通言語になり、新しい施策の追加や修正も、同じ判断軸で素早く回るようになっていくでしょう。
理想的なリテールメディア活用プランの未来予想図
人・プロセス・ツールを一連のものとして運用する
成果を左右するのは、個々の打ち手の巧拙よりも、商流(品揃え・価格・在庫・販促)とメディア(配信・クリエイティブ・測定)を貫く意思決定の“流れ”がどれだけ滞りなく回るかです。商品戦略、メディア運用、CRM、データアナリティクス、ファイナンスが一体で動くクロスファンクショナルなチームが連動するようになった場合を想定してみましょう。日次・週次・月次のリズムで考えてみると次のような現場の変化が起きるのではないでしょうか。日次は在庫や価格の変化を48時間以内にクリエイティブと入札へ反映する短期サイクル運用とし、週次は「棚×サインボード」でカテゴリの伸長や併買、レビュー状況を見ながら翌週の配信と販促の優先順位を決める合意形成、月次は小売とブランド担当者が、共同事業計画のもとで、四半期ごとのテーマと共通KPIを握りあって、在庫計画とキャンペーン計画を同期させる場になっていくように思われます。スピードを損なわないための権限設計も同時に行い、クリエイティブ差し替えや入札調整、クーポン配分の見直しなど売上に直結する判断は、定められた範囲で現場に委譲するのがよいと思われます。ブランド担当者と小売事業者が、カテゴリー成長率、新規購入比率、在庫回転など“同じKPI”で成果を分配する仕組みを築けたならば、日々の判断が商流の利益と自然に整合するようになっていくように思われます。意思決定の「記録」を資産化することも起こるでしょう。施策の背景、期待値、実行内容、結果、次の仮説までを簡潔な記録フォーマットで残し、後任者へとそのノウハウを継承していくのです。最短の承認経路、明快な役割分担、共有される判断履歴――この三点が、スピードと品質を劇的に引き上げてくれることは想像に難くありません。
さいごのピースは、店頭メディアを巻き込んだリテールメディア・ネットワーク
リテールメディアの活用は、ECだけでなく店頭や外部メディアまでをつなぎ、効果を一気通貫で測れる設計が可能になったとき、いよいよ成果を最大限に発揮してくれるでしょう。選ぶツールは、小売のサイトやアプリ、店頭サイネージ・店内放送、デジタルチラシやアプリ内クーポン、そしてSNSや動画などの外部メディアまで、どれも同じものさしで成果を追うことが可能になるでしょう。しかし、残念ながら、現実的には未だすべてのピースがはまっている状況ではありません。さまざまな事業者が、それぞれの専門的な技術や実績を持っており、得意領域も異なります。リテールメディアの完成形をつくるためには、流通小売業とメディア事業・マーケティング事業者が三位一体となった共同事業体を起ち上げる必要があるでしょう。
導入は必要最小限から着手し、進め方はあらかじめ整えた計画書を軸に、広告配信データからの気づきを、棚割り・価格設定・販促・チラシ・店頭演出へ反映し、逆に売場の実情(在庫、競合の動き、天候や季節要因)を配信設計とクリエイティブへ戻す行動が交わされるようになることから始めます。その活動の中で、小さなPDCAが回るようになったならば、少しずつ使用メディアを拡張していくのです。
まずは基礎を固めるために、小売の主要面(検索・一覧・カテゴリ)や店頭サイネージ/店内放送、デジタルチラシ・クーポンを活用し、商品ページとレビューを整えて短いサイクルで検証し、有効な打ち手を掴むことから始めてはどうでしょうか。そして次の段階では、小売のデータを使ってSNS・動画・ディスプレイなど外部メディアでも配信し、ロイヤル顧客とも連携しながら新規購入者の把握を強化します。個人情報を守る分析環境(クリーンルーム)で広告による増分効果を確認し、店舗別のクリエイティブやエリアマーケティング施策も試します。いよいよ最終段階は、店舗のPOSや来店・滞在データとデジタル接点をつないで、広告接触から売上までを一本の線で追える測定体制を整え、店頭ツールのアドレス化(サイネージ、電子棚札などのネットワーク化)を実現させるのです。また当然のことながらAIを使った今後のありようも視野に入れておかなければなりません。いずれにしても、信頼に基づくデータ、小売との相互理解の進む仕組み、そして共創の積み上げによる地道な努力を重ねれば、近い将来に、リテールメディアを使ったマーケティングが、私たちを異次元の高みに連れて行ってくれることに期待したいと思います。
まとめ
リテールメディアは、購買直前の意思決定点に存在し、効果を売上で証明できるきわめて稀有なメディアです。特に、購買データを活かして、他のデータとからめて数々の施策を打ち出せるところは、まさにデータドリブン・マーケティングの最先端にいます。わたしたち大広では、それらをダイレクトドリブン・マーケティングと総称していますが、それは顧客の声を一番に考えることの大切さを知っているからでもあります。そのようにフルファネルで戦略策定することは論を待ちませんが、上述したこれからの未来においては、営業部が管掌する流通小売りでの販促費と、広告宣伝部が管掌するブランド広告費については、もっと柔軟な運営に変えていく必要がありそうです。リテールメディアという顧客に近いところでの可能性を追求し、新時代のコミュニケーションをつくってまいりましょう。
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