メディアの変化とともに消費者の視聴行動も多様化し、広告効果の検証は難しくなっています。その状況を変える救世主となり得るのが、購買データを基点にしたリテールメディア。分散していた購買データの突合とデータ精度の高度化が進むことで、仮説を立てる前に「いきなり顧客が見つかる」0次分析が現実になっています。マーケティングの手法を大きく転換するリテールメディア、その最新実践を、具体事例で解説します。
百瀬 太郎
2019年大広入社。大手食品メーカーの営業担当として、マーケティング戦略/クリエイティブ/メディア/プロモーションの統合コミュニケーションを推進。その後マーケティング職種を経て、2023年に現デジタルソリューション本部へ異動。オフライン購買/来店の可視化とその最大化を得意領域とし、戦略策定/施策実施/効果検証/KPI設計などトータルプロデュース業を行う。クライアント各社へリテールメディア勉強会多数実施。
リテールメディアはここまで進化している!
買い物に行ってアプリを立ち上げるとクーポンが配信されている。店頭には新商品のデジタルサイネージ。そういえば昨日、YouTubeの広告でも見た気がする…。みなさんも、そんな体験をしたことがあるのではないでしょうか。こうした情報発信をしているのが「リテールメディア」です。
リテールメディアとは、リテール(小売り業)が持つ「顧客接点」と「データ」を活用した広告媒体のこと。もともと日本では、店頭POPやチラシなど各店舗が行う販促施策として始まりましたが、このリテールメディアがいま、急速に進化し、市場を広げています。
背景にあるのは、社会状況の変化とリテールのDXです。人口減少社会を見据えて多くのリテールが自社アプリを導入し、会員化による顧客の囲い込みを進めてきましたが、コロナ禍を機に、その動きは一気に加速しました。並行してリテールのDXが進んだことで、リテールが持つ購買データの精度が格段にアップしたのです。以前は、レジのデータで「何が売れたか」はわかっても、「誰が買ったか」はわからなかった。現在は、「誰が、どこで、何を買ったか」まで明確に把握できるようになり、その購買データを顧客の1st party dataとして活用できるようになりました。
リテールメディアには、大きく3つの強みがあります。
第一に、精度の高い購買ターゲティングができること。
たとえば、これまでYouTubeに広告配信するにはYouTubeが持っているデータを使うしかなく、「30代男性でお酒のコンテンツをよく視聴している」といったターゲティングしかできませんでした。しかし、リテールメディアを活用すれば「特定の商品を購入した人」を正確にターゲティングし、ピンポイントで広告を届けることができます。実際の比較調査でも、一般的な広告配信と購買ターゲティング配信では、購入率が7~8倍も違ったという事例が出ています。
第二に、広告に接触した人がそのリテールで商品を買ったかどうかの購買検証ができること。
これまでは広告を打っても売り上げとの関連が明確ではなく、広告の効果なのか他の要因があったのかをつかみきれなかった。ところがリテールメディアなら、「100万人に対して広告を配信し、そのうち1万人が購買に至った」というように購買効果の可視化ができ、それを基にPDCAを回して効果が最大化する「黄金パターン」を導き出すことができます。また、データに基づく必要予算の算出も可能になります。
第三に、精度の高い「0次分析」が可能になること。
0次分析とは、リテールが持つ大量の購買データを顧客理解につなげる手法です。事前の仮説や目的から演繹するのではなく、購買データという「結果」から帰納する点が大きく異なります。購買データと顧客データが結びついたことで、「何が売れているか」だけでなく、「誰が」「いつ」「どこで」「何と一緒に」買っているかが明確になり、0次分析の効用はさらに向上しています。また、分析の結果をダイレクトに広告配信などに結び付けられる点も画期的です。これについては後で詳しくご説明します。
リテールメディアの有効性は市場規模の拡大にも表れており、2028年には2024年比約2.3倍の1兆845億円規模に拡大すると予測されています。リテールメディア先進国であるアメリカでは、2025年中にリテールメディアの広告費用がテレビの広告費用を上回るとも言われています。リテールメディアによって、マーケティング手法が大きく変わろうとしているのです。
CARTA HOLDINGS/デジタルインファクト調べ(2025年1月発表)
https://cartaholdings.co.jp/news/20250123_2/
リテールメディアは大きく3分類。特性に応じて使い分ける
リテールメディアは大まかに、DSP/アプリ/サイネージの3つに分類されます。
DSP(Demand-Side Platform)とは、YouTubeやInstagramなどに広告を打つためのプラットフォーム(およびその広告)を指します。これまでにも、こうした広告配信は認知アップや興味関心の醸成のために使われてきましたが、購買データをもとに情報発信をすることで精度が圧倒的に高まった上に、認知施策、興味関心施策の費用対効果も把握できるようになりました。
アプリはデジタル広告の一種のようにとらえられがちですが、実は、約75%の人は店内で起動しているというデータがあります。つまり、購買直前の貴重なタッチポイントになっているのです。先ほどご説明した購買ターゲティングによって、一人ひとりの興味関心に即した情報発信をすることができるので、事前の情報発信だけでなく店内での購買意欲喚起にも有効です。
サイネージは、店舗の入り口や商品棚の近くなどに設置されることが多い媒体です。YouTubeやInstagramの広告、テレビCMなどで発信してきた情報を再度発信することで、「そういえば気になっていた商品だ」と手に取る、というように、購買に向けて背中を押す役割があります。AIカメラを設置することで、視聴者や視聴率を補足することも可能になっています。
リテールメディアをより効果的に活用するには、購買ターゲティングや購買検証を使ったDSP配信でブランド認知や興味関心を作り、サイネージやアプリで購入直前の最後の一押しを図る、というように、それぞれの特性に即した使い分けをすることが重要です。
いきなり顧客が見つかり、広告配信まで。「0次分析」×リテールメディア
さきほど、リテールメディアのメリットの3番目として触れた「0次分析」について、もう少し詳しくお話ししておきましょう。
商品の販売戦略を立てる際、ターゲットを設定したり消費者のインサイトを探したりするためにアンケート調査やインタビューなどを行うことが多いと思います。有効な手段ではありますが、回答者の心理にバイアスがかかっている場合もありますし、回答者自身も気づいていないインサイトはなかなか表れにくいという側面もあります。
その点、購買データをそのまま読み解く0次分析は、いわばマーケティングの「最終結果」「結論」を丸ごと分析するので、マーケティング上の仮説なしで、顧客の行動を「素のまま」に見られることが利点です。それまでには予測すらしなかったような「事実」を発見することもしばしばで、「思い込みを排除した気づき」、さらには「思いもよらない気づき」につながります。具体的な顧客像がいきなり現れる、というのが0次分析の強みだと言えるでしょう。
また、これまでと大きく異なるのは、分析結果をそのまま広告配信設定に転用できるということです。競合商品Aの購入者がターゲットだと分かれば、そのまま競合商品Aの購入者へ広告配信をすればいいのです。上流のマーケティング戦略で策定したことを、下流のメディアプランへダイレクトに反映させることができ、さらに購買検証までできるので、単なるメディアPDCA(広告の当て方があっているか?)だけでなく、顧客PDCA(広告を当てる顧客はあっているか?)を回すことが可能になるのです。
新たなターゲットを発見!0次分析×リテールメディア活用事例
では、実際に「0次分析」×リテールメディアの強みを活かした活用事例をご紹介しましょう。
(1)拭き取り系掃除用品
このブランドは顧客の若返りが課題で、20代に向けてどんな訴求をすればいいか頭を悩ませていました。そこで、ブランド購入者を「20代」と「30代以上」に分けて併売傾向分析をしてみると、「30代以上」はガラスクリーナーやカビ防止剤などのお掃除グッズが上位にランクインしたのに対して、「20代」ではお掃除グッズに加えてキャットフードやドッグフードなどがランクインしました。「ペットを飼っている人」という人物像が浮かび上がってきたのです。おそらくペットの毛を拭き取るために使っているのでしょう。「ペットのお掃除グッズとしての訴求を行えば、20代が動くかもしれない」という新しい仮説が生まれました。これはマーケターがどれだけ頭を使って考えても見つけられない0次分析ならではの発見だったと思います。
(2)味噌ダレ調味料
このブランドは名古屋を中心に中部エリアでは人気の商品でしたが、全国へのエリア拡大に課題を持っていました。中部エリアと全国で商品の使用実態が異なるのでは、ということで併売傾向分析をしてみました。すると、全国にはない高併売商品として、中部エリアにだけ「鶏卵」がランクインしていました。中部エリアの食卓には鶏卵と味噌の組み合わせが存在している可能性が高く、その理由を引き続き研究しています。実際に、オムライスなどの卵料理との組み合わせを訴求する、といった実証実験も始まっています。
(3) 和風菓子
和テイストのお菓子で、真のターゲットはだれなのか?を0次分析した事例です。 比較したのは、「自社商品購買者」と「競合の和テイストの菓子購買者」、そして、チョコやバニラなどをフレーバーとして使っているいわゆる「王道菓子の購買者」。 この両者の併売傾向を分析してみました。 すると、王道菓子にはチョコやパンなど洋風の商品がランクインしているのに対して、 自社商品と競合和風菓子にはおかき・海苔・出汁などが併売されていたのでした。 つまり、王道菓子を買うような人と和風菓子を買うような人は、普段の食生活から異なっていることが見えてきたのです。この分析から、この和風菓子のターゲットはバニラなど王道菓子を好む「一般的なお菓子ユーザー」ではなく、 “和の食生活を持つ人”だと判明。和の食生活を持つ人の和スイーツとしてポジションを取りに行くべきだという結論に至りました。
▼併売分析結果
リテールメディアで、すべての顧客にフルファネルのリーチを
精度の高い購買データを起点にしたリテールメディアの活用が、マーケティング戦略に新しい可能性を拓くことがおわかりいただけたと思います。その手法は、新規顧客獲得から既存顧客のロイヤル化まで、フルファネルでのコミュニケーションにも効果を発揮します。時系列で見てみましょう。
来店前
・DSPによる外部メディア配信で、YouTubeやX、Instagramなどの広告配信面に対して購買ターゲティングが可能に。
・ブランド認知や興味関心向上施策でも、購買ターゲティングによって無駄打ちが少なく、精度が高いアプローチが叶う。
来店中
・サイネージやアプリなどの店頭メディアは、購入直前の最後の顧客接点。
・DSP配信によってつくったブランド認知などの態度変容を、行動変容に変換。
施策後
・広告に接触した人が実購買に至ったかどうかを追跡できるので、どの広告には購買効果があって、どの広告には購買効果がないのかを把握できる。
・これらをABテストとして繰り返すことで、顧客インサイトの洞察が磨かれたり、効率の良いメディア配信が見つかったりするなど、あらゆるマーケティング活動が購買最大化に向かうPDCAが可能に。
このように様々な効果が期待できるリテールメディアですが、課題もあります。まだ新しいメディアだということもあって、DSPにせよアプリにせよ、それぞれが違う規格で制作・運用されていて比較が難しいこと。また、多くの情報があふれる中では店頭でのタッチポイントの重要性が高まることが予想されますが、この部分でのコミュニケーションにはまだまだ改善の余地があると考えています。
リテールメディアについてご提案する際、私たちはしばしば「オフライン購買のダイレクト化」とご説明します。顧客と1対1でつながり、購買データを起点にコミュニケーションを図る手法はまさにダイレクトマーケティング的だからです。この分野に精通した大広がメディアとクリエイティブをフルファネルで設計・運用することで、メーカー、リテール、消費者のそれぞれに新たな価値を提供し、それを最大化していく――顧客価値を向上するお手伝いができると考えています。メーカーのマーケティング戦略にとって大きな力になることはもちろんですが、リテールにとっては広告という新たな収益分野を獲得するチャンスでもある。また、消費者それぞれにマッチした情報を発信することは、消費者に心地いい広告体験と買い物体験を、リテールには競争力をもたらすでしょう。
リテールメディアはまだ発展途上であり、今後ますます進化していく分野です。私たち大広は、いまある課題を解決しながら、メーカーやリテールと一体となって新たな可能性を追求していきたいと考えています。
まとめ
- 購買データを活用するリテールメディアは、マーケティング戦略の新たな手法
- 顧客の購買実態に合わせたピンポイントな情報発信と、データに基づいた効果検証が可能に
- 購買データから帰納する0次分析との組み合わせで、さらなる効果が期待できる
- 新規顧客獲得から既存顧客のロイヤル化まで、フルファネルでのリーチに貢献
最後まで、お読みいただきありがとうございました。大広COCAMPでは、これからも新たな視点からのコミュニケーション開発やマーケティング戦略に関するコラムを掲載してまいります。まだメルマガ未登録の方は、これを機会にぜひ、下記よりご登録ください。
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この記事の著者
百瀬 太陽
(株)大広 デジタルソリューション本部 デジタルアカウント局