大広社員の根上小夏が、新しいインクルージョンのカタチ“FUNclusion”についてお届けする連載、根上小夏のFUNclusion研究所。 “FUNclusion”とは「FUNな入口からはじまるインクルージョン」、その可能性を様々な角度から、みなさんと一緒に見つめていきたいと考えています。
今回は、8月21日に開催された、ヘラルボニーさん主催の『インクルーシブデザイン』を考える体験型イベント『インクルーシブデザインの実装―――思いもよらない体験の作り方』について、レポートさせていただきます!
根上小夏
株式会社大広ソリューションデザイン本部
ストラテジックプランニング局第3グループ
北海道出身、2000年生まれ。2023年 株式会社大広に新卒入社し、以来マーケティングセクションに所属。調査を通した市場・顧客分析や事業・ブランド戦略や施策立案業務に携わる。高校生の時、広告を見て自身が励まされた経験から、“きもちのスイッチ”を発見できるマーケターを目指しています。忙しなくも、愛おしい日々に、心が前向きになる瞬間を創りだしていきたいです。日常の彩る瞬間を、増やせますように。そんな気持ちを胸に、日々の業務に向き合っています。
『インクルーシブデザインの実装』イベントの概要
デザイン・コレクティブ『MAGNET』さんをゲストに迎え、開催された本イベント。タイトルに掲げられた“インクルーシブデザイン”は近年、ビジネスの領域でも耳にする機会が増えた言葉ですが、実際の業務や自社の活動に取り入れようと思っても、何が良いのか、具体的に何から始めて良いのかわからない、というお悩みを抱える方もいらっしゃるのではないでしょうか。私自身、思い返してみると今回のイベントに参加するまで、“インクルーシブデザイン”に対してハードルを感じていたように思えます。見えない壁を取り払ってくれた本イベントの全貌を、ご共有いたします!【イベントサマリ】
〇インクルーシブデザインはワクワクできる社会を作るきっかけになり得る。
〇それぞれが“ちがっても”、ともにできることがあると面白く、人はついくっついてしまう。
〇インクルーシブデザインは多様な“つながり”を生み出す力を持ち、その中心には熱を持った“個”が存在している。
インクルーシブデザインの実装。困っている?うまくいっている?
セッションの冒頭、ファシリテーターの宮下さんから、会場の皆さんへ3つの質問が投げかけられました。「インクルーシブデザインに興味があった方?」この質問には、会場から一斉に手が挙がります。続いて、「インクルーシブデザインに困っている方?」という質問。すると、先ほどとは打って変わって、ほとんど手が挙がりません。そして最後の質問は、「インクルーシブデザインがうまくいっている、楽しんでいるという方は?」。こちらもほとんど手が挙がりませんでした。困っていないのであればうまくいっている、そんなに簡単なお話でもないようです。
皆さんはいかがでしょうか?特別困っているわけではないけれど、胸を張ってうまくいっている、楽しんでいるとも言えない。これがリアルなんだなぁ。そんな気持ちで私は、会場の雰囲気を味わっていました。
会場の温度感がわかったところで、登壇者の皆さんからイベントに対する気持ちをお話いただきました。ヘラルボニーの阿部さんからは、「正解がない、インクルーシブデザインへの意識を一歩アップデートできたら面白いのではないか」というお話が。MAGNETの高橋さんからは、「僕らの姿勢をみて、楽しくやっていいんだ、ということを持って帰っていただけたら。」とのお言葉が。そして最後に、同じくMAGNETのSkyさくら(アーティストネーム)/たばたはやと(本名)さん(以下さくらさん)からは、「皆さんと出会い、たくさん遊べたら。つながれたら。」そんな素敵な呼びかけがありました。難しいけれど、なんだか楽しいことが起きそうだ!そんな気持ちとともに、トークセッションは幕を開けました。 。
▼「インクルーシブデザインに興味があった方?」という質問に会場から一斉に上がった手。(撮影:橋本美花)
“ちがい”を価値に変え、ワクワクできる新しい文化を創造したい。
「“普通”じゃない、ということ。それは同時に、可能性だと思う。」そう言えることが、ワクワクするんです。
「異彩を放て。」で始まるヘラルボニーさんのMissionを読み上げながら、ヘラルボニーでプランナーを務める阿部さんのお話がはじまりました。ヘラルボニーさんのインクルーシブデザインの核は『異彩』を届けていくこと。「異彩を放つ作家さんと一緒に、文化を作る。」ことを掲げ、“障害”のある方との出会い方をポジティブに変えることに取り組んでいらっしゃいます。
ヘラルボニーさんの視点からみるインクルーシブデザインとは、「社会の価値観を揺さぶる瞬間・体験をつくる」こと。インクルーシブデザインに向き合うと、「みんなにやさしいデザイン」を目指そうとしてしまいがちだが、まざって見えてくる“ちがい”が価値に変わっていく化学反応を起こし、価値観を揺さぶる瞬間が生まれるといい。と考えてらっしゃるそうです。そして、この価値を揺さぶる瞬間こそが、新しい文化を育む土壌をつくるのでは、と阿部さんは続けます。
▼ パーパスを前に、“ワクワクする”と語る、ヘラルボニー阿部さん。

(撮影:橋本美花)
お話いただいた事例からも、こうした意識、そして行動の変化が感じられました。ご紹介いただいたのは、札幌芸術の森と共同でインクルーシブな謎解きコンテンツを開発された事例でした。※参照:謎解きコンテンツ「招かれざる客~消えた彫刻の行方~」
https://www.heralbony.jp/inclusive/with-sapporo-cultural-arts-foundation
企画段階から、目が見えない方、耳が聞こえない方、車いすの方など様々な方と一緒に議論することで、その方々との“ちがい”と“おなじ”に目が向いていったそうです。企画に向き合う中で「触れる展示を作ろう」「オペレーションを見直そう」「凸凹道を舗装しよう」と、気づけば職員の方から自然と、企画に直結していない領域までアイデアが生まれ、実現。仕組み自体が変化していったそうです。
他にも阿部さんから、行政との地域共生社会への取り組みや、場づくりの事例についても、ご紹介がありました。今後は、空間や公園などの場づくりにも積極的に取り組んでいきたいと、考えてらっしゃるそうです。
▼札幌芸術の森との共同で開催されている謎解きコンテンツ「招かれざる客~消えた彫刻の行方~」のポスターを手にした阿部さん。(撮影:橋本美花)
「ヘラルボニーが関わっているのなら、私たちも参加できるかも、そう思って来ました。」
ヘラルボニーの社員皆さんが大切にされている言葉で、以前、百貨店に訪れた方が伝えてくださった言葉だそうです。インクルーシブな場をつくること、それは、「ここは、自分やあの人(想像できる特定の誰か)の居場所かもしれない」と思える人が増えることなのかもしれない。また、“ちがい”を可能性ととらえると、また新しい可能性が開けるかもしれない。企業の方が作っているものは、まさに文化であり社会の仕組み。この仕組みを作っている側が、“ちがい”を面白がることができ、可能性を見いだせたら。社会の思想、仕組みごと変わっていき、ワクワクする新しい文化が作られていくのではないか。そんな素敵なお言葉でヘラルボニーさんの紹介は締めくくられました。
“ちがい”がまざることで生まれる、思わず近づいてみたくなる“誘惑”
「阿部さんのお話に対して、MAGNETさんが感じられたことは?」という質問に対して、「“ちがい”という言葉については、MAGNETでもよく議論になります。」と回答された高橋さん。「それぞれが“ちがっても”、ともにできることがあると面白い。それが、ヘラルボニーさんとMAGNETの共通点だと思う。」と続けます。
高橋さんに重ねる形で、ファシリテーターの宮下さんからの問いも深いものになっていきました。「“同じ”と“ちがい”の間に、思わずからだが持っていかれるような、人を引き付けるものがあるように感じた。混ざっていくことで生まれるパワーとは?」宮下さんからの問いかけに、まずは高橋さんから、「一歩そこに近づいてみたくなるという誘惑。自然といざなわれてしまうような。モチベーションが喚起されて、壁が解けるような瞬間なのでは。」とのお言葉がありました。さらに阿部さんからも、「“思わず知りたくなる”“一度知ってしまったらもとに戻れない感覚”がある。それが、今までの当たり前を揺さぶる瞬間なのだと思う。」とお話いただきました。
ここまでのお話を伺う中で私は、「みんながアクセスしやすくする、障壁を取り除くもの」と、どこかインクルーシブデザインへ“守り”のイメージを持っていた自分がいたことに気がつきました。本来、インクルーシブデザインは、人の興味を掻き立て、思わず手を伸ばしてしまい、知ってしまうともう戻れない、そんな強い衝動にも似た熱量を生み出す装置なのかもしれない。FUNclusionに私が抱いていたものと非常に近しい感覚を覚えました。
人が“ついくっついてしまう”コミュニケーション
遊びやゲームを制作しているMAGNET さん。“MAGNET ”には、“人と人がついくっついてしまうコミュニケーションの種を見つける”という意味が込められていると、発明家である高橋さんは語ります。ちなみに高橋さんの肩書“発明家”は、「新しいアイデアを形にする人」という意味が込められているそうです。
「MAGNETは、異なる視点を持つ人と一緒に作っていくことで、ユニバーサルな“遊び”を考えています。」そこまでご説明してくださったところで高橋さんから、「皆さんに体験いただいたほうが早いと思いますので、目の前の箱をご覧ください!」と会場の皆さんへの呼びかけがありました。
▼テーブルの上にあった不思議な箱に手を伸ばす皆さん。中には木の棒と色とりどりのカードが(撮影:橋本美花)
そう、実はイベント開始のタイミングから会場には1テーブルに1つ、不思議な箱が置いてありました。箱の中には、色の違うカードと、たくさんの細い木の棒が。「まずは1人一枚カードを引き、自分の担当の色を決めてください!」前に立つ高橋さんから、少々困惑ぎみだった皆さんに指示が飛びます。カードを引いて自分の役割を確認すると、本格的にゲームがスタートしました。「青の親指と、オレンジの小指で木の棒を挟んでください!」「次は緑の薬指と、赤の人差し指で棒を挟んでください!」・・・高橋さんからの指示が止まりません。全員の指が全て木の棒で繋がるとクリアなのだそうですが、お察しの通り、こちらのゲーム、ものすごく難しいのです!
「次はなんだ!?」「落ち着いて!」「指が攣る…」「ガラガラガッシャン!」
それぞれのテーブルから様々な声、悲鳴、そして悲しい音が鳴り響きます。かく言う私も、終始腕はプルプルと震え、笑いが止まらず、三本目の指をつなげようとしたところで、木の棒がすべて崩れ落ちていきました。10組以上あったテーブルのほとんどで、反省会が始まりかけていたその時、MAGNET和田さんから「こちらのチーム、成功です!」との宣言が。その瞬間、成功チームのテーブルは瞬く間に人だかりに。会場がひとつになったように感じました。
▼成功チームの前に集まる皆さん。この日一番の笑顔が飛び交う。(撮影:橋本美花)
皆さんの心をつかんで離さなかったこのゲーム、『YUBIBO』をはじめ、MAGNETさんの“遊び”はどのように開発されているのでしょうか。MAGNETさんの遊び開発に欠かせない存在の一人が、触覚デザイナー&アーティストであるさくらさんです。さくらさんは、先天性の盲ろう者で、雨や海、風や葉っぱ、雪やボタン…いろいろなものに“触れる”ことを通じて、言語を獲得していったそうです。MAGNETさんの数々の“遊び”は、2019年にさくらさんが和田さん、高橋さんと出会ってから、皆さんで触覚の世界に触れ、遊びながら作っているのだとか。
『YUBIBO』も、さくらさんと和田さんが、普段からコミュニケーション手段として使用している“触手話”がもとになっています。さくらさんが『YUBIBO』を発想したきっかけは、高橋さんの存在なのだそう。ご両親がろう者で、第一言語が手話のご家庭で育った和田さんとは異なり、さくらさんと出会った当初、高橋さんは全く手話ができなかったそうです。でも手話がわからなくても、お互いのことがわかりたい。そんな高橋さんとさくらさんの間の「つながりたい」という切実な思いから生まれたのが 『YUBIBO』でした。
▼“触手話”でコミュニケーションを取っているMAGNETさくらさん(左)と和田さん(右)。 (撮影:橋本美花)
「木の棒を通して 1つの目的を目指して取り組む。その際に生じる、「つながった!」という感覚がこのゲームの一番の魅力です。」とお話してくださったさくらさん。「つながり方が、ふつうのコミュニケーションと少し違う。皆さんも体感されたと思いますが、『YUBIBO』が終わっても、話はとまらない!(笑)」という高橋さんの言葉には、私も自然とうなずいていました。
「さくらさんの触覚の話は、おもしろい。私たちが普段感じている“触覚”。その忘れてしまっていた面白さを思い出させてくれる。その魅力的な世界に、みんなを巻き込んでいくことこそが、私たちのインクルーシブデザインなのかもしれない。」最後にそう語った高橋さん。さくらさん、和田さん、高橋さん、それぞれの世界の“ちがい”から”つい人がくっついてしまう遊びを探索されている過程は、ヘラルボニーさんのインクルーシブデザインの考え方に共通していたように感じます。YUBIBOを通じて会場の皆さんとご一緒した時間は、FUNclusionを肌で実感した時間でした。
▼笑顔でお話されているMAGNETの皆さん。(撮影:橋本美花)
多様な“つながり”と、インクルーシブデザインの土台にあった“熱”
MAGNETさんそれぞれのお話が終わったあと、阿部さんから“つながる”という言葉がキーになるのではないか、という投げかけがありました。さくらさんがご自身の大学での研究内容の一部『握手の手すり』について語ってくださるなかで出てきた言葉でした。『握手の手すり』は、手すりの手でつかむ部分に紙粘土が巻きついており、たくさんの“手”で握った跡がある、という手すりです。私も体験させていただき、「誰かと握手をしている感覚」になりとても驚きました。さくらさんは「気持ちがつながるためになにができるのか。」と、日々考えていらっしゃり、その中で生まれたのだそうです。
このお話を受け、阿部さんは、「インクルーシブだからと言って、絶対に仲良くしなければならない、というわけでもない。」と続けます。「“つながる”という感覚は、仲の良い関係もそうでない関係も含んでいる。例えば図書館。多様な人が、色々なことをしていて、交流しなければならないというわけでもない。しかし、空間、場を、共有しているというとは必ず自分にも何か影響がある。うっかりしていると、インクルーシブデザインは、つい「みんなが同じように」と考えてしまうけれど、多様なレイヤーでのつながり方を考えることで、アイデアが膨らむのではないか。」“インクルーシブ”という言葉に新たな見方をもたらしてくれる、素敵な視点をいただきました。
こちらの視点について高橋さんからも、「コミュニケーションには色々な階層があるが、「ともにいる」ということだけで充分なのかもしれない。アートや遊びが、良い“いざない”になり、一緒にいてみようかな、という気持ちを作れたらいい。」とのお言葉を頂戴しました。
最後に、和田さんから、「ヘラルボニーとMAGNET、最大の共通点は「煌々と輝く個」なのではないか」という投げかけがありました。「さくらさんの感じている世界への熱を体験していただけたと思う。皆さんにもすごく楽しんでもらえた。どちらが良い悪いではなくて、ちがいの中に煌々と輝く何かがある。それこそがヘラルボニーさんの発する強さの根源であり、つながりのヒントであり、自分自身の熱量に気づくきっかけになるのでは。」と締めくくられました。
さくらさんからの「自分で面白いと感じた感覚をもっと感じたい。それが冒険につながった。それが自分の熱につながった。」というお言葉とともに、トークセッションは幕を閉じました。
▼“人”を感じる「握手の手すり」と、手すりについて説明するさくらさん(写真右)。(撮影:橋本美花)
おわりに
今回、私が特に印象的だったのは、“つながり”についてでした。インクルージョンやインクルーシブデザインには、強制的に深く関わる、そうしたニュアンスが含まれていると、どこからか感じていました。皆さんのお話を通じ、様々な人が、様々な深度で心地よくつながっている。そんな“場”を作るためにインクルーシブデザインは存在しているのではないか。そして、その中心に熱を持つ個人がいるからこそ、様々な人がその“場”にいざなわれてしまうのかもしれない。FUNclusionを紐解くと、この“いざない”に非常に近しいものがあるのかもしれない。イベントが終わったとき、私の中にそんな軽やかでありながら熱い気持ちが広がっていました。
トークセッション終了後、ヘラルボニーさん、MAGNETさんの事例を体験できる体験会が。入退出自由でしたが、退出される方ほとんどおらず、最後には“蛍の光”とともに何度もアナウンスが入るほど、皆さん盛り上がりは続いていました。これこそ、インクルーシブデザインの力なのかもしれません。
長くなりましたが、最後までお読みいただき、ありがとうございました。私自身は、自分の中で勝手に作ってしまっていた壁に気づき、これまで感覚的に理解していたFUNclusionの輪郭を感じる時間でしたが、お読みいただいたみなさんはいかがでしたでしょうか。インクルーシブデザインが放つ「身体が持っていかれる感覚」。その力の強さ、そしてインクルーシブデザインの可能性を少しでも感じていただけていたらうれしいです。
それではみなさん、また次回のFUNclusion研究所でお会いできること、楽しみにしております。
▼阿部さんのご説明に耳を傾ける参加者の皆さん。(撮影:橋本美花)
▼展示品の体験を通じて、思わず笑顔が飛び出す皆さん。 (撮影:橋本美花)
参考
札幌芸術の森との共同で開催されている謎解きコンテンツ「招かれざる客~消えた彫刻の行方~」
https://www.heralbony.jp/inclusive/with-sapp oro-cultural-arts-foundation
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この記事の著者
根上 小夏
(株)大広 ソリューションデザイン本部ストラテジックプランニング局