「ブルボンのお菓子」と言えば、ルマンドやアルフォート、バームロール、プチシリーズなど、いろいろな商品名が思い浮びますよね。ブルボンには数多くのロングセラー商品があり、一度も食べたことがないという人の方が少ないかもしれません。「安くておいしくていつでも購入できる」お菓子メーカーであるブルボンが、2024年3月、創業の地である新潟県で新しい試みを始めました。それが、ちょっと上質感のあるお菓子を取り扱う常設コンセプトショップ「Un BOURBON(アン・ブルボン)」です。
今回のコラムでは、常設コンセプトショップ開業までの経緯や目的についてご紹介しながら、すでにブランドを確立している企業が新たな挑戦を成功させるためのポイントに迫ります。
- チーム Un BOURBON(アン・ブルボン)
常設コンセプトショップ開業へ向けて、店舗デザイン・商品パッケージ・展示から、従業員のユニフォームの考え方までを一貫して考え、実現していったチーム。営業、マーケティングディレクター、クリエイティブディレクター、アートディレクター、店舗開発コンサルタントなど様々な専門家で構成。
株式会社 大広
クリエイティブディレクター 根岸 正樹
アートディレクター 松岡 水緒
コピーライター 軽部 陽子
デザイナー 古市 真樹/柾 明日花
マーケティングディレクター 中村 友紀子/西山 隼介
新潟支局 支局長 島野 悟
ビジネスデザイナー 板屋越 恭輔
チーフコンサルタント 吉野 究
多くの人に愛されるブルボンのさらなる挑戦とは?
2024年3月、JR新潟駅に隣接するショッピング施設「CoCoLo新潟」内に、ブルボン初の常設コンセプトショップ「Un BOURBON(アン・ブルボン)」がオープンしました。
ここで販売されている商品は、スーパーやコンビニで買えるいつものブルボンとは異なります。ブルボンのお菓子作りへのこだわりを詰め込んだ特別感のある商品は、見た目も美しく、価格も少し高めに設定されているのが特徴です。
また、ショップの店内装飾や陳列、店員のコスチュームなども洗練された印象で、まるで百貨店で買い物をするときのような、ちょっと贅沢な時間を体験できるようになっています。
とはいえ、多くの人に愛され、国内外でも高い認知度を誇るブルボンが、いまなぜ高級路線に挑戦したのか。疑問に思う人は多いのではないでしょうか。
実は、株式会社ブルボンには、1924年の創業当初から「高級洋菓子店の味をご家庭に」という想いでお菓子作りを続けてきた経緯があります。あの有名な高級洋菓子店で売っているような高品質なお菓子を、お求めやすい価格で、より多くの人に届けたい。長い年月をかけてその目標は達成され、ロングセラー商品も増え、現在は日本全国で気軽にブルボンの商品を買ってもらえるようになりました。たくさんの人に愛されているブルボンですが、広く普及した現在においては、庶民的なお菓子メーカーというブランドイメージが強くなってしまったといえるでしょう。
品質の高いお菓子作りにこだわりたいという強い気持ちがある一方で、商品開発においては流通を介して商品をお届けするにあたり、自由に商品を作ることの難しさに直面していたりします。というのも、スーパーマーケットやコンビニエンスストア、ドラッグストアなどの流通の現場では、どんな商品が売れやすいか、競合他社はどんな商品を出してくるのか、売り場の棚はどうなっているのか、そもそも商品を採用して頂けるのかなど、ブルボンの想いやこだわりを、そのまま商品や流通の売場に表現することが難しいことがあります。
ブルボン社内では、流通というフィルターを通して消費者とつながるだけではなく、ダイレクトに消費者とつながりたい。消費者の意見や反応を直接知ることで、既存の商品開発やマーケティング活動にフィードバックしたい。そんな想いが昔からあったそうです。
そして、2021年春、ブルボンにJR新潟駅改装に伴うテナント募集の話が舞い込んできました。テナント募集、すなわち、ブルボンのショップを出せるということです。
実店舗での販売経験に乏しいブルボンでしたが、これは流通を介さずにブルボンが自由にビジネスを展開できるチャンスであり、消費者と直接つながれる場になるのではないかと考えました。また、ブルボンとして最高のお菓子を提供するとしたら何ができるかを見せよう。そんな意向もあったそうです。
さらに、開業予定の2024年はブルボン創業100周年に当たります。事業を育ててくれた地元・新潟に恩返しをしながら、新潟から世界に情報発信していきたい。そういう意味でも新潟駅のテナント募集は願ってもない好機だったといえるのです。
ブルボンの新しい価値を作っていきたい
長年の課題を解決するチャンスとしてスタートしたショップ・プロジェクトでしたが、開業までの道のりは平坦なものではありませんでした。というのも、ブルボンにも、パートナーとして協力した大広にも、実店舗をゼロから立ち上げた実績がそれほど多くはなかったからです。
また、出店計画はまだ社内で決裁がおりていなかったため、商品開発や利益率、店舗運営などについての資料を作成しプレゼンテーションする必要がありました。
そこで、出店や店舗運営に関する知見が少ない2社は、大広からの提案で共同のプロジェクトチームを立ち上げることに。定期的に会合を開き、大まかなスケジュールの作成や実店舗の方向性、ビジュアルの方向性、高価でも品質の高い商品開発などを進めていったそうです。
プロジェクトの進行においては多くの人が関わっていたため、何かを判断したりする際に迷走してしまうことも。そんなときにチーフコンサルタント吉野究氏が、大広独自の「ブランド人格シート」を活用することを提案したのが、成功への第一歩となりました。ブランド人格シートとは、簡単にいうと、企業を1人の人としてとらえて言語化するフレームワークのこと。企業の存在価値やミッション、ターゲット、顧客価値、将来的なゴールなどを、「私はどんな心を持ち、誰のために、どんな特技を生かして役に立つのか」という視点で考え規定していくものです。
( Un BOURBON立ち上げに向けた「ブランド人格シート」 )
ちなみに、アートディレクターの松岡水緒氏は、どんなテーマで資料を作る際もまず最初にブランド人格シートをつけて提案していたそうです。それは、自分も含めた全員が方向を見誤らずに物事を判断するうえで大切なことでした。
もう1つ、プロジェクトの進行において重要だったのが、ブルーボトルコーヒージャパンの元代表の井川沙紀氏の存在でした。
吉野氏の伝手で井川氏に協力を仰ぎ、ブルーボトルコーヒーが日本に進出した際の経験をもとにしたさまざまなアドバイスをもらうことに。何から始めればよいかもわからなかった2社にとって、井川氏から学べる勉強会は貴重なものだったそうです。
2022年年末にブルボン社内での決裁がおりたあとは、JRへの提案を行い、無事に出店が決定。その後も井川氏を外部協力者として招聘し、出店に関するノウハウを学びました。
たとえば、効率の良い店舗設計や管理しやすい在庫数、店舗の内装デザイン、陳列棚の効果的な使い方といったところから、レジまわりの工夫や行列ができたときの対処法などの些細なことまで、井川氏からは学ぶことが多かったといいます。
ショップでは、従来の顧客が知っている“安くておいしくていつでも購入できるブルボン”とは違うブルボンを見せることが目的でした。店舗名は、ひとつ上のこだわりを実現したブルボンという意味をこめて「(アン・ブルボン)」に。Un(アン)はフランス語で、「1、唯一の」を意味する言葉です。
また、アートディレクターの松岡氏は、ブルボン商品の正式名称がOp.(オーパス)という、クラシック音楽の作品番号をイメージして付けられていることに着目。商品を作品としてとらえる発想から、ショップのコンセプトを“ギャラリー”とし、まるで美術品のように商品を展示する内装デザインをめざしました。
実際にショップで取り扱う商品開発においても、作品を作るマエストロのようなこだわりが発揮されています。普通であれば原価を抑えたり大量生産ができる工夫をしたりするところ、今回のショップ用の商品は、少量生産でもよく、お菓子作りの技術を活かして作りたいものを作るという想いが込められているそうです。
五線譜があしらわれたようなロゴマークやパッケージ、ポスター、WEBサイトなどのコミュニケーションツールも、ギャラリーをイメージさせるデザインで統一されています。
本プロジェクトで特筆すべきなのが、一般的には広告会社が手掛けることのない店舗のウォールデザインや店員のコスチュームの考え方などの細かいところにまで大広が関わっている点です。普通ならデザインをするだけでアウトプットは施工業者などに任せがちですが、松岡氏を中心に業者と協力して細部までこだわって作り込んでいったそうです。
ブルボンとともに、大広が一から十までのステップに関わることで、予算管理も含めて、ブレのない筋の通った店舗づくりができたといえるのではないでしょうか。
また、全員が納得して進められたのも大きなメリットだったと松岡氏は語ります。
ビジネスデザイナーの板屋越恭輔氏によると、店名やロゴマークから店舗内の装飾に至るまで、最初に作ったコンセプトが一貫されており、最後までしっかり具現化できている点について、ブルボンご担当者に高く評価されているそうです。
プロジェクト開始から1年半の歳月を経て、2024年3月、ブルボン初の常設コンセプトショップ「Un BOURBON(アン・ブルボン)」が開業しました。
常設コンセプトショップから、新たなビジネスチャンスを
オープン後は売り上げも好調で、想定していたターゲットである子育て卒業世代の女性だけでなく、30~50代の幅広いお客様が訪れているそうです。ちょっとした手土産や、新潟県外からの出張者や観光客にとっては新潟のお土産として購入されているほか、社員への記念品や慰労品など法人需要も多く、オフィシャルな場面で使える上質な贈答品として受け入れられているといえるでしょう。
実際にSNSでも、「ブルボンの高級なお店がおいしい」、「売り場がジュエリーショップみたいでおしゃれ」、「もったいないから1日1本ずつ食べる」という声が。多くのお客様が、素敵な店内で贅沢感のある商品を楽しみながら購入するという、プロジェクトの当初からめざしていた通りの体験を楽しまれているようです。
“安くておいしくていつでも購入できるブルボン”から、“贈り物や自分へのご褒美として食べたいブルボン”へ。
ブランディングといえば、従来は広告コミュニケーションで作り上げるのが一般的でしたが、今回の常設コンセプトショップにおけるリアルな顧客体験からブルボンの新しいブランド価値が始まっていくのではないでしょうか。
また、ショップを訪れたお客様の属性やご意見、売り場に設置したAIカメラからのデータなどを、ブルボンが直接収集できるようになったことも大きなメリットです。これらのデータを商品開発やマーケティングなどに活用することは、これまでにない顧客価値を次々と生み出せる可能性をはらんでいるといえるでしょう。
まとめ
ショップ「Un BOURBON(アン・ブルボン)」は、ブルボンがこれまでに培ってきたお菓子作りの技術をベースに、1つ上のこだわり、1つ上のおいしさを提供する場として始まりました。
世の中が変化していく中で、現状維持に満足せず、ショップという形態や少量生産での商品開発にこだわったことは、ブルボンにとって新しい挑戦でした。また、ブルボンのお菓子作りの技術を活かすという意味では、商品作りの原点に帰ったとも言えます。
ブルボンと大広がタッグを組んで、ゼロから立ち上げたショップは、新しい商品を作るだけではできない、企業の新しいブランド価値を生み出し得る好例です。このプロジェクトで得た多くの知見が、新たな飛躍につながっていくのではないでしょうか。