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2023.10.18

グローバルで機能する顧客価値 第二回「中国での顧客価値の発掘方法 ~小林製薬 熱さまシート 事例~」

「顧客が企業や製品に賛同する」理由である「顧客価値」が、マーケティングやブランディングの成否に重要な意味を持ちます。この顧客価値は、顧客を深く理解する営みから見いだされるもので、日本国内に限らず、世界中のあらゆる場所で機能します。

「国や文化、言語を超え、顧客からの賛同を得るためには?」という大きな問いに対して、解決のキーとなる「顧客価値」。その具体的な発掘、実行、効果検証について、この連載コラムでは順を追って話していきたいと思います。

第二回は、「中国における『顧客価値』をいかに“発掘”するか?」という点に関して、中国で絶大な人気をほこる小林製薬「熱さまシート」の事例を用いながら話していきましょう。

 

前回の記事はこちら
グローバルで機能する顧客価値 第一回「現地駐在マーケターが見る中国デジタル化のリアル」

中国における小林製薬熱さまシート

 2005年に中国で発売された熱さまシート「冰宝貼(ビンバオティエ)」は、中国人の「赤ちゃんを宝物として、家族全員でとても大事に育てる」文化を捉え、赤ちゃん用のシリーズをメイン商品として展開していくという戦略が採られました。この戦略は功を奏し、赤ちゃんの健康を害さず、医薬品対処ではなく、物理降温で対処できるという熱さまシートの利点が評価され大ヒットを記録。今では、赤ちゃんの発熱時の対処アイテムとして、生活の一部に溶け込むほど、存在感を示しています。

冰宝貼-1中国で販売されている「冰宝貼」シリーズ

 中国市場において赤ちゃん用の必須アイテムとしてヒットした熱さまシートは、さらなるブランド成長を目指して、2020年から新たな顧客価値を発掘する取り組みを始めました。

デジタルを活用した発掘アプローチ

 前回の記事では、中国で急速に進むデジタル化について紹介しましたが、中国における顧客価値発掘手法として「デジタルの活用」は極めて有効な手段の一つです。そして、文化と言語を乗り越えてターゲットインサイトを捉え、顧客価値に近づける武器こそが「デジタルデータ」なのです。

  熱さまシートの顧客価値の発掘においては、Alibabaのビッグデータが活用されました。これはAlibabaグループが保有するECサービス、メディア、決済、物流、地図サービスなどで取得できている顧客情報を統合した約5億の統合管理ID2020年当時)を核としたソリューションです。これによって、購買者の属性、ライフステージ、エリア、等から購買行動まで多岐に渡る分析が可能となります。中国において「データドリブンマーケティング」は高度に進化していますが、扱えるデータの種類も、サンプルサイズも、更新頻度も日本とは桁違いであることがその大きな要因といえるのです。

 このAlibabaビッグデータ分析から得られた熱さまシートの購買行動における最大のファインディングスは「リピーターの52%は90日以内に再購入している」というデータでした。

リピート分析リピート分析結果

熱さまシート(赤ちゃん用)は12枚入りで、主に発熱の際に利用するため、通常の利用では、それほど頻度高く購買はしないと考えられます。では、このデータが何を示しているのか?

これは「おでこに貼って物理降温をする冷却シート」という機能的な価値に加え、顧客は、「手元に常備しておくことでもしもの時の「安心感」を得ることができる」ということを価値として感じているのではないか?、という仮説が出されました。改めて、熱さまシートは、単なる発熱冷却シートとしての機能的価値だけでなく、ママにとって、もしもの不安を解消し、「安心感」を付与できる価値を備えているのではと考えるようになりました。

アナログで情報を取りに行く発掘アプローチ

アナログ、つまり足を使って取得する情報もデータの一種であり、非常に重要なものです。

今回の熱さまシートにおけるデジタルデータから得られた「安心感」価値仮説を検証するために、リアルなデータを活用しながら顧客価値の発掘フローは進められました。

 まずは、ローカルスタッフの協力を仰ぎ、中国人生活者が発熱対策をどのようにしているのか、という基礎情報が固められていきました。次に現地のドラッグストアに視察に行き、どのような属性の顧客が、何のために購買しているのかヒアリングを行い、ターゲットに対する理解が深められました。最後に、グループインタビューを実施し、愛用者は何に一番魅力を感じているのかが探索されました。

このグループインタビューにおいて、序盤は機能的価値について語られることが多いものの、徐々に問答を深めていくと、「家に常備していることによって『安心感」を感じている」という仮説の確かさを裏付ける回答が得られました。

中国人のターゲットインサイトを知る上で困難なハードルはたくさんあります。リアルなデータ収集によって出てくる生の声は、時としてネット上にあふれるテキストデータより辛辣で生々しいもの。戦略仮説から外れ、戦略の練り直しを余儀なくされることも多々あります。しかし、そのような実態に即したリアリティのあるデータから発掘された顧客価値だけが、実際に顧客に届き、顧客を動かし、顧客からの賛同を得られる価値になり得るものなのです。

中国における熱さまシートの顧客価値の規定と成果

ビッグデータ解析から顧客価値の方向性を導き、リアルな調査からその解像度を引き上げることで、熱さまシートの顧客価値は、物理的な降温効果にとどまらず、「常備していることの安心感」にあるということが分かりました。ここから、“新ママの不安を安心に変える” あったらいいなをカタチする」というひとつの顧客価値が策定されました。

顧客価値規定シート顧客価値規定シート

この顧客価値を広くターゲットに発信していくため、新ママの不安を解消するアイテムという位置づけを0歳からの発熱対策」というキーフレーズを用いたキャンペーンで展開していくことになりました。KOL(Key Opinion Leader)を起用したキャンペーンやサンプリングイベントでのターゲットからの反響は大きく、最終的に目標値を大きく超える結果を出すことに成功。小林製薬の熱さまシートは、中国の生活者に寄り添うブランドとして、そのポジションをより強固なものにしているのです。

冰宝貼クリエイティブ例コミュニケーション展開事例

次回は、発掘した顧客価値をいかにして生活者に届け、賛同を得ていくのかについて、現地の中国人プランナーのリアリティのある事例も交えながら解説します。

まとめ

■デジタル化が著しい中国では、顧客インサイトの発掘にデータ解析は不可欠。

■デジタルデータとともに、顧客価値発掘に重要なものは「アナログ」データの存在。

■ビッグデータ解析×顧客インタビューにより顧客価値を発掘し、コミュニケーションを組み立てたことが小林製薬熱さまシート成功の要因。

この記事の著者

長谷川 直紀

神戸大学大学院経営学研究科現代経営学専攻(MBA)修了。 大広ではストラテジックプランニング職として、製薬会社、食品企業などの製品ブランディング、インフラ企業や大学法人のコーポレートコミュニケーションを支援。直近では、顧客価値を起点とした事業育成支援、データドリブンマーケティングサポートを行う。 経営学視点での広く深い分析とフットワークの軽さが強み。