「顧客が企業や製品に賛同する」理由である「顧客価値」が、マーケティングやブランディングの成否に重要な意味を持ちます。この顧客価値は、顧客を深く理解する営みから見いだされるもので、日本国内に限らず、世界中のあらゆる場所で機能します。
「国や文化、言語を超え、顧客からの賛同を得るためには?」という大きな問いに対して、解決のキーとなる「顧客価値」。その具体的な発掘、実行、効果検証について、この連載コラムでは順を追って話していきたいと思います。
第一回はプロローグとして、「駐在員マーケターが見る中国デジタル化のリアル」というトピックで、中国社会の生活にすっかり根付いたデジタルの現状を紹介します。
初めまして、長谷川 直紀と申します。私はこれまで大阪でマーケティングの仕事に携わり、2021年11月、ゼロコロナ政策真っ只中の中国・上海に赴任しました。現在は大広のデータドリブン・EC機能特化会社である「大広上海数字科技分公司(通称:DAIKO iDrive China)」で副社長兼マーケターを務めています。
実は社会人になるまで海外旅行に行ったことがなかった超ドメスティック人間。しかも日本での仕事はデジタル領域ではなくブランディングの仕事がメイン。そんな私だからこそ、「中国のデジタル化」を人一倍新鮮に肌で感じることができ、そのリアルを伝えられると考えています。
著者近影
日々の生活から感じる中国のデジタル化
中国のデジタル化を解説するまえに、私が生活する上海でのデジタル生活事情を紹介しましょう。
上海での生活ではスマートフォンは必需品。もはやスマホなしでは生きていけないほど生活の一部になっています。例えば、地下鉄は専用アプリを使用しQRコードで乗車。また中国特有のレンタルサイクルが町中に点在しており、いつでもどこでもスキャンで利用可能。「外卖(ワイマイ)」というモバイルオーダー(デリバリー)サービスが生活に定着しており、食事も日用品もスマホのタップ一つで手配完了。生鮮食品であってもオーダーして30分以内に玄関まで届けてもらえます。
外卖(ワイマイ)デリバリーの様子
ありとあらゆる生活必需品や嗜好品がネットで手に入り、しかも物流コストは驚くほど安く、すぐに手元に届くというデジタルの恩恵を受けた日常を送っています。
私のスマホのAPP。いずれもデジタル生活に欠かせないサービスです
中国のデジタルサービスを体験してしまうと、日本において普通と感じていたことが、不便だったと感じることさえあるほど。こちらの生活はデジタル化によって便利になっています。
「数字」で見る中国のデジタル化
では、中国のデジタル事情を数字で見てみましょう。
中国のインターネット利用者数は2022年末で10.7億人。約1億人の日本のおよそ10倍の規模といえます。特に、スマートフォンなどのモバイル端末の利用率が極めて高い点が中国の特徴です。
また、EC利用者数は8.5億人存在し、オンライン決済の利用者数は9億人を突破。実に人口の85%がオンライン決済を利用している計算となります。
中国における2020年のEC取引規模は約233兆円(日本は21兆円)にのぼり、2021年には261兆円と成長を続けました。家電・衣料・書籍など小売りのネット販売から発達した日本に比べて、中国国内のEC市場は「天猫(Tmall)」などの巨大モールを中心に発達。その規模は、主要なモールであるアリババ+京東モールだけで175兆円で、楽天市場の35倍の規模です。
スマートフォンのコンテンツ経由でモノが売れるのも中国市場の特徴です。「抖音(Douyin)」(日本におけるTiktok)では、ショート動画プラットフォームとしての機能だけではなく、「KOL(Key Opinion Leader)」が動画コンテンツを通じて商品やサービスを販売する、ライブコマースが急成長しています。直近の事例では2023年の「618期間」(ECプラットフォーマーである京東の創業祭)における各ECとライブプラットフォームの累計売上は16兆円と推計されています。
最後に広告市場にも触れておきましょう。中国の広告市場規模は、20兆円に達し、そのうち65%の12兆円がデジタル広告となっています。日本におけるデジタル広告の割合が約45%であることを考えると、中国では広告においてもデジタル化が進んでいることは明らかです。
高いスマホ普及率を背景とし、日々の生活からエンタメ、そしてショッピングまでタップ一つで完結してしまうという中国特有のデジタル化がさまざまな数字からも読み取ることができます。
*CNNIC、智研咨询、総務省、他から作成
*1元20.45円(2023年10月1日時点)で換算
“徹底確認主義 ”な中国人に対応するマーケティングモデルの変化
多くの情報に手のひらから瞬時にアクセスでき、かつその情報が日本より多岐に渡る中国。そんな世界に生きる中国人の特徴を、我々は「徹底確認主義」と捉えています。自分でHP・EC・SNS・口コミを徹底的に活用して情報収集し、リアルな評判も確認したうえで、納得してからでないと購買に至らない。購買行動の前に徹底した情報の確認プロセスが存在するその特徴は、特にZ世代で顕著にみられます。
このような徹底確認主義の生活者に態度変容を起こさせるためには、一方的な情報発信ではなく、口コミや身近な存在であるKOLなどを活用してターゲットを取り囲む“言論形成”が非常に重要になってきています。その変化を前にして、企業には「どんな言論を形成すべきか?」という問いが生まれます。それはブランドが進むべき方向性であり、顧客から勝ち取りたい評価を決めることです。この解のキーとなるのが、「企業」と「生活者」、そして「社会」の真ん中にある価値であり、顧客がその企業や製品・サービスに賛同する理由である「顧客価値」です。
言論形成の核となる顧客価値を明確にすることができれば、日本とは文化が異なる中国でも顧客の賛同を得ることは可能であり、日本以上に進んだデジタルの力を借りて、14億人に向けて発信していくことができるようになります。顧客価値を探り出し、それを起点に生活者とコミュニケーションを図るという視点は、洋の東西を問わずマーケティングのベースとして普遍的なものだといえるでしょう。
では、いかにしてグローバルに通用する顧客価値をみつけることができるのでしょうか?
次回は顧客価値の「発掘法」を解説していきたいと思います。
次回、グローバルで機能する顧客価値〈第2回〉中国における「小林製薬 熱さまシート」とは? へ続きます。
まとめ
■中国は日本以上にモバイル端末が浸透。交通からエンタメ、ショッピングまで、あらゆる日常生活がデジタル化している
■中国人は、HP・EC・SNS・口コミなどの情報を収集・確認しないと購買に至らない「徹底確認主義」
■徹底確認主義の生活者の態度を変容させるカギは、ターゲットのまわりにある「言論形成」