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2023.01.18

拡がるジェンダーレス、価値共創のすすめ(その1) 変化する顧客の意識――企業はどう対応すべきか?

マーケティング4.0時代、生活者ひとりひとりが自己実現を目指す社会で、顧客のニーズはますます多様化しています。そのひとつの側面に、ジェンダーの多様性があります。男らしく・女らしく、ではなく「自分らしくありたい」――そう願う顧客に対し、企業はマーケティング活動においてどのように対応していけばよいのでしょうか。
独自の調査・分析を通してLGBTなど性的少数者(以下、LGBT)のインサイトを深掘りし、企業のマーケティングやリスクマネジメントをサポートする株式会社LGBT総合研究所が、ジェンダーレス時代の新たな価値創造のあり方をシリーズで解説します。第1回目のテーマは、「変化する顧客の意識」です。

「ジェンダーレス」へのシフトは、もう始まっている

ここ2、3年ほど、企業から「ジェンダーレス」に関する問い合わせを受けることが非常に増えてきました。たとえば、「自社商品のパッケージをジェンダーレスに対応したものにしたいがどうすればいいだろうか」「ジェンダーレスな商品開発をしたいが、助言が欲しい」といった具合です。「ジェンダーレス」というと、ファッションやビューティのトレンドとして捉えられがちですが、実際には、日用品や食品、家電など、様々な業種の企業から相談が入ります。

社会の変化、顧客の意識の変化を感じ取っている企業の現場は、従来通りの商品やサービスでは顧客の心を掴み切れないことに気づきはじめています。一方、具体的に事業に落とし込み、実践できている例はまだまだ少ないと感じます。また、配慮が足りない表現などによって炎上するケースは増えており、正しい知識と理解の重要性は高まっているといえます。

どう違う? 「ジェンダーレス」と「ジェンダー・ニュートラル」

ここで、少し言葉の整理をしておきましょう。

ジェンダー(gender)とは、いわゆる「男らしさ」「女らしさ」と言われる性差のこと。生物学的な性差のセックス(sex)に対して、社会的・文化的に作られる性差を指し、時代や社会背景によって変化します。

今回取り上げるジェンダーレス(genderless)は、接尾辞の「less」が意味するように、生物学的な性差を前提とした社会的・文化的な性差を「減らす」ということ。つまり、社会的・文化的に決められた性差(「これは男性らしい」「これは女性向け」など)に紐付いている「世の中の持つイメージ」と、自分らしくありたいと願う顧客の本来の姿との「ギャップ」を減らすことだと捉えてもらうとわかりやすいと思います。

類似した使い方をされる言葉で「ジェンダー・ニュートラル(gender-neutral)」もありますが、ニュートラル(neutral;中立の、偏っていない)という点から「性差に偏りのない」「男女で区別をしない」という意味で使われることが多く、どちらかというとユニセックス(uni-sex;=男女区別のない、男女統一)に近い言葉だといえます。

ちなみに「ジェンダー・フリー(gender-free)」という言葉も、時々使用されることがあります。 本来は「社会的・文化的な性差からの解放」という意味であるのに対し、国内では性差そのものを否定し撲滅させる社会運動や思想活動に使用されるようになりました。これにより、内閣府の男女共同参画局は『性差を否定したり、男らしさ、女らしさや男女の区別をなくして人間の中性化を目指すこと、また、家族やひな祭り等の伝統文化を否定することは、国民が求める男女共同参画社会とは異なる』と説明し、この用語をめぐる誤解や混乱を解消するため「今後はこの用語を使わないことが適切」としています。

なぜ今ジェンダーレスなのか?――顧客の中で変化する「3つの意識」

さて、なぜ今、このジェンダーレスに様々な業種から大きな注目が集まるのでしょうか。それは、多様性が尊重されるようになった社会の中で、多くの生活者が自己実現を望み、「自分らしさ」を素直に追及しているからだと考えられます。

背景には顧客の間で大きく変化してきた「3つの意識」があると、私たちは分析しています。

(1)「不合理からの脱却」と「実利主義」――古い価値観から解放されたい

第1は、本来ありたい個人の行動や判断が、男性だから・女性だからこうしなければならない、と抑制されている不合理な環境に対し、「実利主義」で自己を解放し、自己実現を望む生活者が増えていることがあります。

たとえば、最近増えている男性のメイクアップ。ひと昔前の価値観では「女性っぽい」と捉えられる行動だったため、男性は、たとえ健康的に見られたいと思ってもメイクアップ用品に手を出すことを我慢していました。欲求の実現の選択肢にメイクアップ用品は挙がらなかったのです。ところが、SNSで写真映りを気にしたり、コロナ禍のオンライン会議で自分の顔が画面いっぱいに表示されたりする機会が増えたことで、そうした男性の意識が変化しました。「女性っぽい=男らしくない」という抑制から脱却し、「健康的に見える」という実利をとる。多様性が尊重される社会環境の中、性差という不合理な理由で我慢することから少しずつ解放されているのです。

(2)「個性の追求」――自己表現を通じて気づく、自分らしさ>ジェンダー

第2は、個性の追求です。

SNSの台頭で、自己の「らしさ」を追求する生活者も増えました。InstagramやTik Tokなどでは、自分自身が登場する動画をアップするなど、多くの人が多様な自己表現にチャレンジしています。日々、自分の姿をアップし、ネット上に自分のイメージをつくっていくわけです。その過程で被写体としての自分を見つめるとき、ファッションやスタイルを含めた「自分らしさ」とは何なのかを考えることになる。従来の男らしさ・女らしさに縛られない「自分らしさ」を表現したい――そんな思いから、ジェンダーと向き合う若者も少なくありません。彼らは、ネット上にあふれる多様な価値観に触れることで、過去の価値観や性差に捉われず、より自由に自己表現をし、自己実現を図るようになりました。

そのことは、新たなニーズを創り出してもいます。企業が「男性向け」「女性向け」とカテゴライズしたものを購入するだけでなく、カテゴライズされていないものを選んだり、自己の属する性別と異なる売り場を回遊したりしながら、「自分らしい」と思うものを探し求めているのです。

(3)「Social Good」――企業を見つめる意識にも変化が

第3は、企業や社会に対する意識の変化です。

近年、日常生活の中でも様々な国籍の人たちと接する機会は増えています。宗教や文化、ジェンダーも含めた価値観が「多様だということ」を意識しておく必要性は、すでに身近なものになっています。Social Good(社会に対してよいインパクトを与える活動や商品・サービス)を選択しようとする意識も定着してきましたが、その中にはジェンダーレスをはじめとする多様性、平等性を尊重することも含まれているのです。SDGsやダイバーシティ&インクルージョンに対する意識の高まりとともに、社会的運動の一環として、こうした性差による不合理を押し付けない企業の商品やサービスを積極的に取り入れたいと考える顧客が増えています。どんな商品やサービスを提供しているのか、どんな取り組みをしている企業なのか、といった企業姿勢も大きく消費に影響するようになってきました。

毎年、就職活動をする学生達に向けてダイバーシティについての講演を行なっていますが、ジェンダー平等をはじめとする平等性を意識し、きちんと取り組んでいる企業を「いい企業」だと捉える傾向を強く感じます。企業への質問タイムでは、「多様性に対してどのように取り組んでいるか」「LGBTに対してきちんと向き合っているか」といった質問が増えてきました。若い世代の間で、ジェンダーに対する意識はかなり高まっていると感じます。

図 顧客のインサイトが創り出すジェンダーレスの潮流

lgbt

従来通りの「男女二元論」は機会損失――価値共創へのシフトを

従来の不合理な価値観より実利を優先し、より自分らしい生き方を求め、より生きやすい社会を求める――顧客の意識はすでに大きく変化しており、ジェンダーに縛られずに使える・楽しめる商品やサービスへのニーズは確実に高まっています。企業は、この潮流を意識し、考え方を変えていくことが必要だと思います。男性向け・女性向けといった従来通りの「男女二元論」のままのコミュニケーションは、企業にとっての機会損失につながります。

企業の存続のためには、常に新しい価値を生み出すことが求められるわけですが、多様性が尊重されるこれからの社会では、多様な人のニーズ――今まで向き合ってこなかった人のニーズに目を向けることがとても有効だと思います。「男性向け」だと思っている商品に対する女性の意見を聞いてみる。マイノリティの人の意見を聞いてみる。そこで新たな課題を発見し、思いがけないアイデアにつながり、ヒット商品が誕生した例も多いのです。多様な価値観を理解し、顧客と共によりよいものをつくっていく――価値共創へとシフトしていくことがジェンダーレス時代の企業活動に求められることだと思います。

次回は、ジェンダーレス時代に対応した商品開発や売り場づくり、顧客とのコミュニケーションの例を挙げながら、これからの価値開発のポイントについて解説したいと思います。

次回、「拡がるジェンダーレス、価値共創のすすめ(その2)商品を、売り場を、自分の会社を、どうデザインする?」へ続きます。

この記事の著者

森永 貴彦

株式会社 LGBT総合研究所
代表取締役社長
一般社団法人 LGBT理解増進会
理事

株式会社大広のマーケティングプランナーとして数多くの戦略・事業開発に携わる一方で、2016年に博報堂DYグループ内に、株式会社LGBT総合研究所を設立。企業研修やコンサルティング、セミナー等で多数の登壇を持ちながら、国内におけるLGBTマーケティングでは、傑出した成果をあげている。著書に「LGBTを知る」(日経文庫)がある。

【株式会社LGBT総合研究所】
LGBTQ+に特化したマーケティング企業。「生活者発想」で、さまざまな性のあり方を調査・研究し、国内のLGBTQ+に関する豊富で質の高いデータを蓄積・保有し、企業や自治体に最適なソリューションを提供している。
※所属等は2023年1月現在