「ブランドの課題は明確。顧客データもある。しかし、どう手を打てば良いかわからない」
昨今、企業のマーケティングご担当者からそういった類のご相談が多くなっているように感じます。
情報過多な今の時代に、競合他社の動向を見ながら新たな一手を打ち出すのは至難の業に感じるかもしれませんが、必ず、そのブランドにしかできないオンリーワンのアプローチがあります。
―――顧客データをどう生かすか。
私たち大広が、日々顧客データと向き合いながら問いを立て、
探し続けるのは“オンリーワンの一手”。その手法は、ときに広告代理店の粋を越えます。
そのセオリーを言語化するにあたって、とあるブランドの動きが気になり取材をさせていただきました。
立ち上げ早々からブランディングに成功しているD2Cブランド、クラフトビール「open air」。
D2Cブランドと大広の間に見えてきた、共通のアプローチを紹介します。
open air 概要
神戸を拠点とするクラフトビールブランド。日常生活のなかで分断されがちな人々が、分け隔てなく時間や空間を共有する未来をつくりたいという想いで誕生。オレゴン州ポートランド出身のヘッドブルワー、ベン・エムリックをはじめ、集まったメンバーは国際色豊か。小学校の給食室をリノベーションして生まれたブルワリー。日本の豊かな季節を感じられるクラフトビールを目指し、シーズンに合わせたホップやハーブを駆使したビールを次々と展開。タップルーム「open air神戸元町店」では、豊かなラインナップのクラフトビールをいち早く楽しむことができます。他のブルワリーや異業種とのコラボレーションを重ね、新しいビールスタイルをつくりだすオープンイノベーションの文化を、神戸から発信しています。
取材当日。予報は雨。
カメラマンとともに、曇り空を見上げながら向かったのは、クラフトビール「open air」の醸造所が入る、神戸市郊外の「NATURE STUDIO」。140年の歴史を持つ小学校が廃校となり、その建物をリノベーションして再生したコミュニティ型の複合施設です。神戸の中心地、三宮からはバスで20分。決してアクセスが良いとは言えないこの場所に、「open air」の醸造所のほか、水族館やショップが並び、近隣の方だけでなく各地から人が集ってくるとのこと。到着して目に飛び込んできたのは、木製のグリッドが印象的なエントランス。小学校の面影もしっかりと残し、街に溶け込みつつも人を魅了する顔を造り上げています。カメラを向けると、いつのまにか清々しい青空が広がっていました。取材担当の上垣内、カメラマンの杉本、執筆担当の石川、3名を迎え入れてくれたのは、「open air」のマーケティング担当、姜承萬氏(以下、姜氏)。ラフなスタイルと人懐っこい笑顔が印象的な方です。
もともと、IT企業でグローバルソーシャルデータマーケティングを担当。そこからテーマパークのデジタルマーケティングで経験を積み(上垣内とはこの時に出会う)、D2Cブランドである「open air」の立ち上げメンバーとして参画しています。
なぜデジタルマーケティングからクラフトビールブランドへ?転身した理由は、「町おこし」にあった。
――なぜクラフトビールを作ろうと思ったのですか?
姜氏:クラフトビールに特別興味があったわけではありません。スーパーでときどき買って飲む程度(笑)。きっかけはというと、家庭菜園や農村に興味があり、神戸の農村スタートアッププロジェクトに参加したことです。神戸の農村が衰退していることを知り、神戸に人を呼び集めることで、農村も活性化させたいと思っていました。町おこしに興味があったんです。そのプロジェクトに一緒に参加していた神戸大学の方が、「NATURE STUDIO」立ち上げプロジェクトのことを紹介してくれました。複合施設ですから、神戸のひとも、また街の外からもひとが集まってくる。いわば、町おこしですよね。そして、まさにひとが集まる場所として、ビールの存在が大切だと知るんです。 「NATURE STUDIO」に醸造所を作ろうと計画していた「open air」の社長(村上豪英)に招かれました。
――「open air」がブランドとして一番大切にしている個性は何ですか?
姜氏:「open air」の名前のとおり、スポーツやアウトドア、キャンピングなどの屋外のシーンをコアイメージとしています。マラソン後に乾杯しているとか、誰かといっしょに飲むイメージですね。今の日本において、ビールのイメージって“苦味+のどごし”ここがほぼ全てだと思う。でも本当は、ビールの味を楽しんでほしい。のどごしだけではなく、ワインなどのように味を楽しむ文化を作りたいと思っているんです。
――「open air」の名前が知られはじめたきっかけは何ですか?
姜氏:大阪でクラフトビールのイベントがあって、デビューにも関わらず売上2位になったんです。 理由はおそらく“味”ですね。SNSで発信したりもしましたが、これはコンテンツの力です。ちなみに1位を獲得したのは和歌山県の「ノムクラフト」さん。クラフトファンの中では有名なブランドです。うちの醸造家であるベンが、ノムクラフト出身であることも、クラフトビールファンの方たちはわかっているんですよね。それも引きになったのかなと。味の良いビールに出会ったとき、クラフトビールファンの間で味についての評論がはじまる。これも面白いところです。
――クラウドファンディングを実施されて、ショップを作られたのですよね。
姜氏:醸造所にある「NATURE STUDIO」は立地的に郊外になります。多くの人に「open air」を体験してもらえるよう、アクセスの良い場所が欲しくて、全種類のビールを楽しんでもらえるタップルームを作ろうと考えました。認知を広げていくのは、イベントやPR、SNS。一方タップルームは、実際にビールの味を体験してもらってお客さま自らが発信してくれる場所。ファンが生まれていく基盤店です。「open air」は、名前の通り“屋外のビール ” 。そんななかで、神戸・元町でストリートファニチャーを実現しようという動きがあったんです。屋外を楽しむ街づくりを進める神戸のプロジェクトの一環ですね。ここで人が集う真ん中に「open air」のタップルームを作ろうと。おかげさまで、クラウドファンディングで目標金額を達成することができました。タップルームはすでにオープンして、たくさんのお客さまに楽しんでいただいています。
町おこしに興味を持ったことから、「open air」の村上社長と出会った、姜氏。人を集める“ハブ”としてのクラフトビールに興味を持ち、誰かといっしょに飲むシーンをブランドの個性として育む、チャレンジの日々。ビールだけでなく文化を作りたいという想いを、実に楽しそうに語ってくださいました。
コンテンツに力があるとき、マーケティングの見方は変わるのか。過去の知見はどこまで活かせるのか。
――これまでマーケティング業界でどんな経験をされてきましたか?
姜氏:IT企業に勤めていた頃はグローバルソーシャルデータマーケティングを担当していました。 当時は、ソーシャルメディアのデータを引っ張ってくることができたので、ツイッターのフォロワー・データを見て、人に合わせてレコメンドしてみるなどもトライしていたんです。メールマガジンのコンテンツに活かすなどで成果を上げていました。当時、出店店舗が数百あったんですが、購入者の動向を分析し、売上を拡張していくプランニングをイチから作り上げました。そのころから、新規顧客と既存顧客の対応の違いなどへの興味と知見がありました。
次に行ったのがテーマパークです。ここではお客さまを知るための基盤データがバラバラななかで、リピーターを増やすという課題もありました。リピートしてもらうための施策やタイミングをデータとして見られればと考え、基盤となるお客様のデータを集めることからスタートしました。IT企業でレコメンドした経験を活かして、人ベースでどのアトラクション画像を見せるとリピートにつながるかとか、メルマガも変えてみるとか、いろいろな施策を取り組んでいました。 メディアを担当していたので、ターゲット分析をしたり、リターゲティングもトライしました。終盤ではファネルベースでの施策も実施して、一連でトラッキングできるようになりました。 テーマパークで大切にしていたのは『モーメントWOW』。心が動くほど満足度が上がり、次もまた買ってくれる。そこを大切に投資もしていました。
――「open air」では、前職での知見は活かされていますか?
姜氏:マーケティングの考え方は基本的に同じです。立ち上げ期にはイベント。盛り上げ期には体験。フレーバーを増やすなども体験のひとつです。それを過ぎればイメージ動画をつくるなど、強みを活かした体験価値をつくる。このストーリーです。ただ、「open air」というコンテンツに関しては、案外ロジカルに組み立てなくてもいいのかもしれないと思いはじめています。立ち上げてすぐの時期に、これだけ反響があるのがすごい。これだけコンテンツに力があるなら、人と人とのつながり、一人ひとりへの対応こそが大事なんじゃないかと感じています。
マーケティングのプロが、ロジックで考えるだけではいけないと感じた、コンテンツの力。ブランドが違えば方法も変わるわけですが、それを早々に見極めて舵を切る判断力に感服しました。お客さまの様子を見ていたからこその業なのだと思います。
人と人のつながりから見えてくるものがある。それはブランドが違っても、変わらないのではないか。
姜氏:「open air」に来る前は、ずっとデスクに座ってPCの数字と向き合う日々でした。今は毎日この場所へ足を運んでいます。お客さまのオーダーに応えるとか、BARの店長や他のお店の方たちと話すとか、イベントに参加してファンの方と直接会話することのほうがすごく大事。アナログなことがとても楽しいです。
人との向き合い、ファンとの交流。リアルな手ざわりを感じることで、「open air」にしかできないことを見つけては実践する日々。考え抜いて次なる一手を講じるというよりは、手探りながらもやってみて前に進んでいる感覚。これは、私たち大広が取り組んでいることと大いに重なります。データの向こうに見える“人”の存在を意識しながら顧客データと向き合うこと。広告の枠を超えて、D2C視点で顧客と向き合い、会話し、顧客との関係を構築しながらブランドを見ること。長期スパンで得意先との伴走を続け、オンリーワンな解決策を提案し、実施しては分析する手法です。企業の大小にかかわらず、「リアルな手ざわりを感じる」ところまで伴走するのが、大広の特異な手法といえるかもしれません。
D2Cブランドと大広の共通点。それは、顧客価値視点であること。
今回の取材で、改めて確信したことがあります。私たち大広のD2Cビジネスの根幹には、まず顧客があるということです。D2Cとはデータマーケティングである、ということに変わりはありません。でも、なによりも大切なのは“データの先に人がいる”という考え方。お客さまの個人情報やデータを「ただただ管理が必要な存在」としてみるか、良好な関係を育むことで「お客さまにも企業にも活きる資産」にするかは、捉え方によって大きく変わります。同じ「データマーケティング」というアプローチでも、大広が大切にしているのは後者。そのため、大広では、「D2Cクリエイティブ+D2Cダイアログ(対話)」というソリューション手法に重きをおいています。対話の中で、その企業に対しての顧客が感じている本当の価値を見出し、クリエイティブやコミュニケーションを通じて「ブランドが提案すべきこと」を見つけ、届けていくステップを積み重ねています。このステップを日々踏んでいるからこそ、「open air」の姜氏がブランドの個性を見つけ、顧客との“リアルな手触り”にフォーカスして歩むスタンスに、深く共感したのです。
たとえば、「open air」を飲んでどんな喜びを感じているのか、どんな気分になりたくて飲んでいるのか、そういった対話を重ねていけば、新たなアイデアが見えてくる。忙しい人は家のなかでアウトドア気分を楽しみたいかもしれない。人との出会いを想い出に「open air」を飲みたくなるかもしれません。ギフト利用なら、フレーバーにメッセージを込めるなど人をつなげる仕組みもできます。なによりも、「open air」のファンの心に想いを馳せてみることが大切。もちろん、対話してみないと真の答えは見つからないわけですが。
今回、「open air」への取材を通じて、素敵なお話を伺えただけでなく、私たちもまた、大広が大切にしてきた「顧客との対話を続け、しっかり伴走し続けること」の価値を再発見する機会となりました。
そして、ちょうど記事を書き終えてほっとしたそのときに、姜氏からうれしい連絡が入りました。「インターナショナル・ビアカップ2022年」のAmerican-Style Pale Ale部門で「open air」が金賞を受賞されたとのこと。顧客価値視点で挑んできたことが、わずか半年で評価されたという事実に、胸がいっぱいになりました。これまで以上にファンがファンを呼び、顧客との対話が深まり、そしてD2Cブランドとしてさらなる成長を遂げていかれることと思います。
ひとりのファンとして「open air」に関わる以上に、より深くフィロソフィーをお聞かせいただき、本当にありがとうございました。
まとめ
「open air」がどのようにして独自のブランドアイデンティティを築き上げ、顧客との直接的な関係を深めてきたのかを知ることができました。元々は地域活性化の一環として始まったこの取り組みが、顧客とのリアルな接触と対話を重視することで、ただのビールブランドではなく、人々の生活に根ざした価値ある存在へと成長していることを垣間見ることができました。デジタルマーケティングの技術を駆使しつつも、その核には常に人と人とのつながりがあり、それが「open air」の成功の鍵であることを改めて認識できました。D2Cモデルだからこそ実現できるな顧客との直接的な繋がり。それを最大限に活かし、真の顧客ニーズに応えることの重要性こそが、このブランドストーリーから学べる教訓だと思います。
石川 奈津
(株式会社大広WEDO 大阪クリエイティブDivision:クリエイティブディレクター)
CMプランナー・コピーライターを軸足にクリエイティブ領域で活動。映像・グラフィック・デジタル・プロモーションを問わず幅広く経験。現在はクリエイティブディレクターとして戦略立案、ブランディング、コミュニケーション設計から実施まですべてを担当する。
受賞歴/MAAW GLOBE Awards ヘルスケア部門SILVER・JPM Planning Solution Aword 準部門賞・消費者のためのになった広告コンクール BRONZE・毎日広告デザイン賞・部門賞 など
※所属等は2023年1月現在
上垣内 淳
(株式会社大広 D2Cビジネス推進局 コンサルティングチーム:プロジェクトマネージャー)
2006年大広に入社。入社から10年はプロモーションプランナー・コミュニケーションデザイナーとして、企業のイベント企画・実施や統合企画を担当。その後5年間営業職にて、企業のブランディングや新規事業開発に従事し、昨年より新設のD2Cビジネス推進局にてプロジェクトマネジメントに取り組む。2022年よりWellbeingのプロジェクトを立ち上げる。
社外では、「GAMBA OSAKA新規事業開発」「NewsPicks NewSchool運営」等にも関わる。
2児の父で、週末はサッカーチームコーチ。
※所属等は2023年1月現在
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この記事の著者
石川 奈津
株式会社大広WEDO 大阪クリエイティブDivision:クリエイティブディレクター