多くの企業は、自社の商品に自信をお持ちです。もちろん、その裏付けもきちんとある。事業を立ち上げた当初、売り上げは順調に伸びていたはずです。でも、あるポイントを境に、突然、成長の鈍化が始まる。壁が立ちはだかる。「いい商品なのに、なぜ?」――。
群雄割拠の時代を迎えたダイレクトマーケティング市場で、その壁を超えていくためにはどうすればいいのか。そのヒントを3つの「変化」から紐解くシリーズ。第1回は「事業視点 篇」です。
「いい商品」に潜む、見えない落とし穴。
2011年に起業したアメリカのダラー・シェイブ・クラブ(Dollar Shave Club)社の軌跡は、ダイレクトマーケティング分野のスタートアップ企業の成長事例として有名です。大手の寡占市場だった男性用髭剃り業界にサブスクリプションの手法で新風を起こし、会員数は4年で300万人を突破。現在はユニリーバ社の傘下に入っていますが、その評価額は起業5年目にして約10億ドルにのぼりました。月に1回、自宅に替え刃が届くという、とてもシンプルな仕組みが、なぜ生活者の心を捉えたのでしょう。
当時はYouTubeを使った派手なプロモーションの巧みさが話題になりましたが、私が注目したのは、ユーザーが自覚せず抱えていた「不」――不便、不満、不足、不都合など――を、商品以外の部分(サービス)で見事に解消したことです。
この場合の「不」とは、「替え刃を買いに行くのが面倒」「店頭でどの商品を買えばいいのか毎回迷う」「替え時がわからない」といった理由から、洗面所に髭剃り本体が何本も溜っていたり、切れ味の悪い髭剃りを使ったりしていること。それまで見過ごされていた小さなストレスですが、実はそこに大きな潜在的ニーズがあったことを、この会社の急成長が物語っています。ダラー・シェイブ・クラブ社は、髭剃り本体や替え刃などの商品を一切変えることなく、サブスクという手法、毎月最低1ドルという価格設定、退会自由な会員システム等々、事業のあり方を変えることで顧客の「不」を解消し、潜在的ニーズに応えたのです。
実は、自分たちの商品や事業の「不」の部分を見つけ出すのは非常に困難な作業です。なぜなら、顧客自身がその「不」に気づいておらず、言語化されていないことがほとんどだから。どれほど丁寧に聞き取り調査を行なったとしても、答えは容易には出てきません。
「不」=潜在的ニーズの発見のために不可欠なのは、顧客を深く知ること。顧客の生活をとことん深掘りすることで顧客自身も気づいていない「不」を探り出し、その解消のために事業全体を見直すこと。ダラー・シェイブ・クラブ社はスタートアップ企業ですから「他社の従来の事業」を変えることでブレイクスルーを起こしましたが、その変革を自社の中に起こすことが、いま、求められているのだと思います。
最終目標を「買ってもらうこと」に置いてはいけない。
ダイレクトマーケティングの世界では、多くの企業がモノを中心に顧客とコミュニケーションを行なってきました。「いい商品」をつくり、そのよさを伝えることで購買につなげる――それが当然の手法でした。
けれど、社会も顧客も変わりました(その変化については、第2回、第3回で詳しくお話します)。商品の「機能」や「成分」といった情報は、ネットを通じて簡単に入手できるようになりました。類似の商品があれば横並びに比較され、たちまち価格競争のスパイラルに巻き込まれます。SNSなどを通して誰もが自由に情報を発信できる社会では、顧客の口コミで購買が広がる好循環をつくれなければ、事業の成長は難しくなりました。ダイレクトマーケティング=顧客に直接モノを売ること、という考え方を転換する必要があります。
これからのダイレクトマーケティングに求められること、それは、顧客との間にしっかりとした信頼関係を構築し、その土台の上にモノを販売したり、サービスを提供したりすること。そして、さらに重要なのは、購買を最終目標にしないことです。
購買を最終目標にすれば、どうしても短期的な効率や成果を求めてしまいます。新規顧客の獲得に注力するあまり、対象を絞り込んでかえって市場を狭めてしまうことも珍しくありません。新規顧客の獲得コストが上がり続ける中で、そうしたやり方は自らの事業を危うくします。
ご存知の通り、認知に始まる顧客の行動を図式化したものを「ファネル」といいますが、そのファネルを転換することが必要だと思います。「購買」ではなく、「再購買~他の顧客への推奨」までを視野に入れるのです(図参照)。そこから逆算すれば、顧客との関係づくりの重要性や、事業のあり方(ひいては企業としての考え方)をどう転換すべきかが、見えてくるはずです。
[図]ファネルの転換 「再購買~他の顧客への推奨」までが目標!
「顧客価値」という視点から、すべてを再構築する。
そうした転換の軸となるのが、「顧客価値」という考え方です。商品も、それにともなうサービスも、顧客とのコミュニケーションも、(企業側の立場ではなく)顧客の立場に立ち、顧客にとってどれだけ価値があるのかという視点から見つめ直してみる。そうすれば、商品開発のあり方も経営目標の立て方も、自ずと変わってくるのではないでしょうか。たとえば暗黙知になっている(あるいは形骸化してしまっている)「企業理念」も、「顧客価値」の視点から深掘りすれば、自社の社会的な意味、顧客に何を提供するのか、といったヒントが隠れているかもしれません。事業全体を、「顧客価値」の視点から再構築するのです。
顧客価値の視点で再構築すれば、有効な、新しい事業構造が見えてくるでしょう。売って終わりのフロー型ビジネスではなく、顧客と深く長くかかわるストック型ビジネスへの転換も、ひとつの手法です。また、顧客価値ごとに多ブランド化する事業展開が必要になるかもしれません。たとえば、健康食品のメーカーが「顧客にとっての健康」を追究した結果、スキンケア分野に事業を広げるとします(「企業理念の深掘り」は、こうした場合にも有効です)。同じ理念から派生した商品ですが、そこには新たな顧客価値が生まれる。健康食品とスキンケア商品のブランドを切り分けて(多ブランド化して)運営していく方が、それぞれの顧客価値に最適化しやすくなるのです。こうした多ブランド化は、同時に、企業運営の安定化につながる利点もあります。
顧客価値の視点の有無は、これからの事業を大きく左右します。CRM(顧客関係管理)は「コスト」と捉えられがちですが、顧客を知り、顧客価値を知るための重要な情報収集だという発想が必要です。既存顧客とのしっかりとしたコミュニケーションの上で、自分たちの事業・商品・サービスの顧客価値を再定義し、その中のバリューチェーンを動かしていく。事業(企業)自体を変化させる。それが、壁を超えて成長していくための第一歩だと思います。
次回は、激しく移り変わる事業環境の今とこれからについて解説します。
次回、「変わりゆくダイレクトマーケティング。「いい商品」なのに、売れないのはなぜ?〈第2回〉 事業環境 編」へ続きます。
この記事の著者
三上 智也
株式会社大広 D2Cビジネス推進局
エグゼクティブプロデューサー
グローバルビジネス推進局 局長