よく耳にする「インサイト」という言葉。ダイレクトマーケティングでも「顧客のインサイトを深掘りできるかどうかが成功の鍵だ」などと言われます。では、どうやって「インサイト」を見つければいいのか?それは、ニーズやウォンツと何が違うのか?「成功の鍵」なのに、この「インサイト」という奴は何だか曖昧です。曖昧だから、いろんな意味で使われてしまうし、「インサイト」が成功につながると言われてもピンとこない。こんな状態は良くないですよね。はっきりしたい。そこで「インサイトブースト」という本を書かれた下總良則氏にお話を聞いてみることにしました。
【インタビュイー】
下總 良則
東北工業大学 准教授/ usadesign代表
多摩美術大学を卒業後、プラス株式会社にて商品企画・プロダクトデザイナーとして従事。その後、株式会社ホットファッジにてグラフィックデザイナーの経験を経てusadesignとして独立。フリーランスデザイナーとして、広告代理店ビーコンコミュニケーションズや、介護福祉業界のネクストユニコーンであった株式会社ウェルモなどスタートアップ企業にジョイン。デザイナーとして活動しながら、親を頼れない子どもを支援する一般社団法人RACの理事として経営にも参画し「デザインと経営学」をテーマに活動を広げる。グロービス経営大学院卒MBA取得。Vand international design award (FRA)審査員。この他、グラフィックデザイン国際コンペGraphis Design Award 2023にて金賞を受賞し、ロゴ部門単独で世界第2位、日本からのエントリーの中では第1位を得る。著書に「インサイトブースト 経営戦略の効果を底上げするブランドデザインの基本」。
インサイトって何?
COCAMP編集室
まず、「インサイト」とは何でしょうか?わかっているつもりで、わかっていない気がします。ちなみに、生成AIに聞いてみたら、こんな答えが返ってきました。
インサイトとは、英語で「洞察」「見抜くこと」を意味する言葉で、ビジネスやマーケティングにおいては「顧客や消費者の隠れた本音」を表します。
マーケティングにおいては、消費者の購買行動の根底にある動機や本音、すなわち「消費者インサイト」を指す場合が多く、商品開発や販売促進に役立ちます。インサイトを正確に捉えることで、自社の強みや弱み、消費者の潜在的なニーズを引き出すことができ、新しい商品やサービスを生み出したり、新たなニーズを生んだりすることも可能です。
インサイトを見つけるには、アンケートの集計結果をもとに、多変量解析やクラスター分析などの手法を用いてより深い分析を行うことが重要です。
また、Instagramでは、アカウントのパフォーマンスを数値で確認できる分析ツール「インサイト」が提供されています。
下總
人間には何か「こうしたい」とか「だったらいいな」いう欲求がありますよね。その「こうしたい」けれど満たされない願望のことを、私はインサイトと定義しています。例えば、喉が渇いたから水を飲みたいとか、お腹が空いたからご飯を食べたい、みたいな。満たされないからそれを満たしたいという願望のことです。
COCAMP編集室
それは、ニーズやウォンツでは?と思うのですが、同じなのですか?実際、混同して使われていることも多いですが。ちなみに、これも生成AIに聞いてみたら、こんな答えでした。
ニーズ、ウォンツ、インサイトは、ビジネスシーンにおいて顧客の欲求や行動と関連する概念です。ニーズとは、顧客の欲求や目的を指し、ビジネスシーンでは「お客様の欲求」を意味します。ウォンツとは、ニーズを満たすための具体的な商品やサービスへの欲求を指します。インサイトとは、顧客が自覚していない購買の動機や、顧客の価値観に近く、育ってきた環境や生活・職場の環境などによって異なる動機を指します。
下總
AI、すごいですねー(笑)。何か行動を起こすときの動機が「インサイト」ですから、欲求も「インサイト」と定義していいと思っています。ですからインサイトは、もう本当に星の数ほどあるわけです。本当に些細な願望だったりもするので。
COCAMP編集室
だとすると、そんな深掘りしなくてもいいのでは?と思ってしまいます…
下總
そうですね。それゆえ、私は区別をつけるために、経営やビジネスをドライブさせる「言語化されていないインサイト」を「無意識のインサイト」という言葉で表現することにしています。
さっき、AIでは「ビジネスやマーケティングにおいては「顧客や消費者の隠れた本音」を表します」と言っていたのと同じですね。
COCAMP編集室
なるほど。わかりやすくなってきました。小さな欲求や願望もインサイトだけれど、そういうことには既に解決策が用意されていたりします。それでは経営やビジネスの役には立たないので、もっと奥深くにある「無意識のインサイト」を見つけないといけないのですね。
下總
そうですね、私はそう考えています。
どうやって「無意識のインサイト」を見つける?
COCAMP編集室
でも「無意識のインサイト」って、どうやって見つけるのでしょう?「無意識」ということは、「私はこうしたい」と本人もわかっていないということですよね?
ダイレクトマーケティングの現場だと、お客様からのお便りやアンケート、コンタクトセンターに寄せられた声を、マーケッターやクリエイターが全部読んで、頭を寄せ合ってウンウン言いながら「本当は、こうなんじゃないか?」と推察していたりします。
下總
それは大変そうですね(笑)。たとえば、デプス調査としてグループインタビューをするとします。一人ずつ質問していくけれど、どなたかが言ったコメントに他の人が引っ張られることは往々にして起こりますし、バイアスになります。だから「無意識のインサイト」は、基本的に1対1のインタビューで突き詰めていきます。じっくり向き合って、相手から出てきた言葉に「なぜ、そう思うのですか?」という質問を繰り返します。答えが即座にポンポン返ってくるうちは、その人が意識できている言葉なので“浅い”インサイトなんですね。ですが、このやりとりを繰り返していくうちに、やがて沈黙が訪れるんです。沈黙してしまうということは、本人もわからないから、なぜだろう?と考えているということです。沈黙に入った所からが無意識の意識に入り込んだフェーズです。そこから「無意識のインサイト」を探るのですが、ここでは、相手に深く考えてもらうことが重要です。
COCAMP編集室
インタビュー中の沈黙の時間って、つらくないですか?助け舟を出したくなってしまいそうです。
下總
じっと待ちます。「その時、どんな気持ちでしたか」とか考える手助けはしますが、「たとえば、こんなことありますよね」と、インタビューする側が、きっとこうだろうと思う答えに近づくように仕向けると、誘導になってしまいます。沈黙を恐れずに、我慢して相手の言葉をじっと待たないとダメです。
COCAMP編集室
インタビューの技術が必要ですね。で、じっと待っていると、「無意識のインサイト」が出てきますか?
下總
そうですね。出てきますね、「無意識のインサイト」。「え?そう考えていた?」みたいな、本人にとっても意外だったことが結構でてきます。そう言えば、そうだったかもしれないというモヤモヤしたことが言語化されて、初めて本人が明確に意識できたときの納得感こそ「無意識のインサイト」だと考えます。
COCAMP編集室
なるほど、なるほど。相手に考えさせるのですね。で、本人も初めて意識するような言葉が出てくると。それって、定量調査やアンケートから見つけようとしても難しいですね。ダイレクトマーケティングの現場がウンウン唸るわけです(笑)。
下總
「無意識のインサイト」は、世の中で既知となっていない、自分というフィルターを通して自分が感じたことなのです。自分が、なぜそう感じたのかを理解することなので、ネットを検索しても出てこないし、人工知能に聞いてもわからないものなのだと思います。補足しておきますが、決して定量調査やアンケートを否定するわけではありません。両方大事だと思っていて、適材適所で使い分けられたら良いと考えています。無意識のインサイトを見つけることも大事だけれど、本当にそうなのか、裏付けるデータ、数字はやはり押さえておきたいところです。
誰の「無意識のインサイト」を見つければいいのか?
COCAMP編集室
これって、誰にインタビューするか?ということが大切ですよね?どういう人の「無意識のインサイト」を見つけに行くべきですか?
下總
何のために「無意識のインサイト」を見つけたいのか?で変わってくると思います。たとえば、企業のブランディングとか新しい事業をやろうとしていて、経営判断に影響があるような場合は、経営者、COOやCMOなどの経営メンバーにインタビューするのがいいと思います。
ダイレクトマーケティングなら、戦略策定上のSTP・4Pを定めるときに、市場をどう切ろうかとか、ターゲットはどういう人たちか、自分たちの立ち位置を考えるはずです。
無意識のインサイト発掘には、そのターゲットをきちんと選べるかどうか?が大事なのではと思います。BtoCのお客様の無意識のインサイトを発掘したいのなら、たくさんのお客様の中から自社が大切にしたいお客様を選べるかどうか?自分たちのサービスや商品を本当に喜んでもらいたい、そんな人を選べるかどうか?そこがポイントになるのではないでしょうか。
COCAMP編集室
自分たちのサービスや商品を本当に喜んでもらいたい人の、具体的な選択基準になるような指標ってありませんか?
下總
いろいろあると思いますが、ひとつには、そのブランドに関わる時間が長いかどうかということがあると思います。SIPSモデルで言うところの、エバンジェリストと言われる人たちっていますよね。エバンジェリストは、「ブランドに対する可処分時間が多い」人たちです。特にこちらから何もお願いしなくても、そのブランドのために「この商品が良いから使って」と他の人に推奨してくれる人たちです。こういう人たちが増えると、自然と売り上げは上がってきます。そんな人たちにインタビューして「無意識のインサイト」を見つけるのがいいと思います。
COCAMP編集室
お、なるほど。そういう選択基準ってありますね。
下總
インサイトブースト理論を研究してきた過程で、これまで多くの方々に「無意識のインサイト」を見つけるためのインタビューを実施してきましたが、1対1で向き合っているのに全然ピンとこないというか、雲をつかむかのように何もつかめない、というような経験も少なくはなかったですね。この時に大切なポイントであると明らかになったことは、誰を相手に選ぶかということ。自分たちのことを「いいね」と思ってくれている人を選ぶことが、本当に大切であるということです。大勢に聞くのではなく、狙った人1人でいいので、その人が何を考えているのか深く掘るのです。N=1だと、大勢をアサインするインタビューよりコスト的にも効率が良いかもしれません(笑)。
「無意識のインサイト」でどんな課題が解決できるか?
COCAMP編集室
誰の「無意識のインサイト」を掴み取るかも大切なのですね、よくわかりました。で、「無意識のインサイト」が見つかると、何がどう変わっていくのでしょうか。
下總
もともとは、スタートアップとか、何か新規事業をやろうとする方々に「無意識のインサイト」が有効だなと思って「インサイトブースト」という本を書いたのですが、あるとき、創業126年目の老舗企業の5代目社長になられる方から、ぜひ自分にインサイトブーストをやってほしいという依頼がありました。
5代目ともなると、創業時点の思いは伝え聞いてはいるけれど、もう創業者もいない状態です。ご自身が事業承継を間近に控える中で、息子だからという理由で継ぐだけでは、社員も会社も自分も幸せになれない。何のために経営していくのか、なぜこの会社を継ぐのか。これを自覚して覚悟を持つためにと依頼されました。
彼にインタビューをして「無意識のインサイト」を言語化していくと、驚くことに今、彼が悩みながらやっている経営が、実は創業当時から脈々と繋がっている信念の延長にあることがわかったのです。何となく“空気感”みたいな社風というか、社内の文化も言語化され、その言葉に5代目社長は本当に納得いただけたようです。今では、発信される言葉に自信と説得力がありますね。
COCAMP編集室
社長が自信を持って方針を言ってくれると、社員も迷わず突き進めます(笑)。いい話ですね。
下總
「無意識のインサイト」が見つかると、何が起こるかという話でしたね。2つほどあると思います。ひとつは、先ほどの話です。経営者が、自分はどうしたいのかを意識でき、自信をもって舵取りが出来るということです。企業は経営者の思いで「こっちに行く」「あっちに行きたい」と舵取りが行われると思います。だから、経営者が「無意識のインサイト」を見つけることはとても大切です。「あっちへ行きたい」のは、なぜなのか?その思いはどこからやってくるのか?そういうことが「無意識のインサイト」でつかめます。そういうことが共有されていると社員も頑張れるはずです(笑)。
ですが、配慮も必要です。経営者が行きたい方向へと社員を束ねるわけですが、社内にはいろんな方がいると思うのです。つまり、場合によっては会社を離れる人がもしかすると出てくるかもしれません。その企業の一番のファンは誰かというと、実は社員の方なのです。一緒に活動してくれている、可処分時間がいちばん多い人たちです。新たなブランディングを実施するとなって、一線引かなければいけないときに、その人たちが離れてしまいそうな危惧がある時は、充分に配慮しなければいけないと思います。
COCAMP編集室
確かに、これまで頑張ってくれた社員は大切にしないとダメですよね。では、2つ目は?「無意識のインサイト」は、手詰まり感のあるダイレクトマーケティングを再生する手立てになったりするでしょうか?
下總
商品やサービスを利用してくれている顧客の「無意識のインサイト」が見つかると何が起こるか。当然ですが、ビジネスを向上させるために何をすべきか、その方策が見えてきます。商品を見直すべきなのか、売り方を変えるべきなのか、アフターサービスを充実させるのがいいか、広告やコミュニケーション施策をどうすべきか。その方向性がわかれば、アウトプットのアイデアにも確度が出てきますし、どのアイデアを選択すべきかもわかるはずです。
この、顧客の「無意識のインサイト」と先に話した経営者の「無意識のインサイト」を突き合わせてみると、理想と現実のギャップが出てきます。手詰まり感があるなら、そのギャップをどのように埋めていくかのアイデアをブーストさせていくと、次の打ち手を見つけることに役立つと思います。
COCAMP編集室
インサイトは、課題を解決するアイデアの出発点になるのですね。アイデアが確かなら、そこから生まれる商品や、売り方、広告などのアウトプットも効果的なものになりそうです。
今日は、インサイトについてのモヤモヤにつきあっていただいて感謝です。下總さん、ありがとうございました!
著書「インサイトブースト」にも書かれていますが、今度は、デザイン思考やデザイン経営についてもお話を聞かせてくださいね。
この記事の著者
下總 良則
東北工業大学 准教授/ usadesign代表