テレビ各局では、CM(15~30秒)やインフォマーシャル(60秒~29分)を放送するために考査基準があり、その考査基準を満たさないと放送はできません。考査とは、CMやインフォマーシャルを流す広告主に関する業態やサービス内容、さらにコンテンツそのものの表現内容が放送基準などに抵触していないか、放送の可否を判断するものです。その作業には経験に裏付けられた知見が欠かせないものですが、課題もあったようです。今回、長年インフォマーシャル(通販番組)を制作してきた(株)ディー・クリエイトからリリースされる「考査AI」について、同社の富田氏、諏訪氏にインタビューを実施。AI活用で大きく変わる考査実務の実情について、語ってもらいました。
富田 芳光
(株)ディー・クリエイト 代表取締役社長
1989年大広入社。大手メーカー企業の通販事業立ち上げや海外進出を営業セクションとして支援。20年間のメディアプランナー経験と10年以上に渡るダイレクトマーケティングの実践サポートを経て2020年ディー・クリエイトへ参画。事業本部長を経て2023年代表に就任し、現在に至る。主な得意先担当は、トイレタリー、飲料、スポーツ、航空機、家電。
諏訪 泉
(株)ディー・クリエイト カスタマービジネスプロデュース局CBP部
チーフディレクター
FMラジオ局勤務を経て、2010年ディー・クリエイト入社。入社以来、考査業務全般を担当。放送局考査管理業務の他、CM及びインフォマーシャル素材制作時の考査知見提供、放送局への考査交渉などに従事。
今、考査実務が抱える課題
――御社はインフォマーシャル制作に長く従事してきたエージェンシーです。ところで、なぜいま考査業務のAI化に取り組まれたのですか?考査業務には、どんな課題があったのでしょう?
富田
考査業務のAI化は、2021年度よりディー・クリエイトの強みをさらに強化していこうと取り組んできた課題です。今回の考査AI開発の目的は大きくふたつあります。
その背景には考査業務そのものの課題があります。CMやインフォマーシャルに関する考査基準にはいくつかの根拠となる判断材料があります。例えば放送法や制作ガイドライン、そして薬機法などが該当するのですが、その判断基準となる知見が属人化しているのです。当社においてそれは強みでもありますが、業務の効率化においては大きな課題でもありました。インフォマーシャル制作業務が増える中、考査担当が限られた人材しかおらず、業務拡大に伴い効率化も必然的に求められることがありました。膨大な考査の知見を会社の強みとして残していくこと、考査業務を効率化し業務拡大を目指すこと、それがひとつ目の開発目的になります。
――考査業務そのものが属人化してしまっていることが課題だったのですね。
富田
それは当社に限ったことではなく、各放送局においても大きな悩みのタネだと思います。考査業務は、放送局では欠かせない業務であり、経験が必要な業務であるにもかかわらず、そこに人員を割けるかどうかは難しく、将来を見据えた人的リソースの配置など経営判断が必要になってきていると思われます。このようなことを見据えて、放送局や広告会社、制作会社が抱える考査業務の効率化へのニーズに応えるパッケージの提供が、ふたつ目の開発目的になります。
長尺の動画に対応できるソリューション「考査AI」
――今回リリースされる「考査AI」の大きな特徴はどんなことでしょうか?
富田
考査対象にはCM考査だけでなく、実は番組考査というものがあります。ディー・クリエイトの「考査AI」はCM考査はもちろんですが、インフォマーシャル(通販番組)の基準となる番組考査もできることになります。これは、当社が長年、29分というインフォマーシャル(通販番組)を制作し、考査交渉をしてきた知見があるからできることだと思います。また、これまで画像を対象としたAIによる判断は進んでいましたが、映像を対象としたAIによる判断は、まだ開発途上だと認識しています。これは、動画をAIで判断することが難しいためだと思いますが、ディー・クリエイトは動画要素も含めた考査基準を網羅しています。
例えば、0120 というフリーダイヤル、CTAの表示は露出量に制限がある放送局もありますし、テロップ表示やQRコードの表示もエンド表示も停止した状態で何秒か露出しなければならないなどの条件もあります。
それぞれ放送局によって露出量の考査基準に合わせて静止画像だけでは判断できない考査結果も判断できることがポイントですね。インフォマーシャル(通販番組)の考査はダイレクトマーケティングビジネスの実績と経験値がないと難しい。そこがディー・クリエイトのこれまでの実績を蓄積させた「考査AI」の強みかと考えています。
――インフォマーシャルに特化したことが競合サービスとの差別化、そして強みでもあるんですね。
考査AIが得意先と放送局の“溝”を埋める
――ディー・クリエイトで扱うインフォマーシャル素材がオンエアされるまでの考査業務の工程を簡単に教えてください。
諏訪
案件にもよりますが、大まかにいうと、台本・絵コンテでの考査、オフライン映像での考査があります。この段階で放送局考査を行う場合と、ディー・クリエイトの知見を基に考査させて頂く場合があります。完パケ映像での放送局考査は当然ながら必須となっています。台本・絵コンテ制作/放送局考査→オフライン映像制作/放送局考査→完パケ/放送局考査を経て、放送素材として受理されれば、送稿→進行→放送に至ります。放送局考査において、不受理(改稿)となった場合は、指摘箇所の修正を行って該当局に再考査を依頼し、受理になれば放送可能となります。一方、スポンサー事情等で修正ができない場合には、放送局へ交渉を行い、容認を得て、放送に繋がるものもあれば、容認不可で放送できない場合もあります。
――TV局に納品する素材の考査作業にあたって、広告会社にはどんなことが求められるのでしょう?局側が求めることと、得意先が求めること、さらには、その両立での難しさなどありますか?
諏訪
ディー・クリエイトでは、ダイレクトマーケティングビジネスを展開する得意先が多いのですが、得意先と広告会社および制作会社は、商品の良さを理解してもらうために、あらゆる切り口で、できる限りの表現を追求し、購買に結びつけようとしています。
一方、放送局側から求められることとしては、法令順守に尽きると思います。薬機法や景表法、特商法等の法律はもちろん、民放連・放送基準や放送局内規も含みます。特定の文言等を禁止する法令(薬機法等)に基づく指摘であれば、得意先も納得の上で表現変更して頂けますが、広告全体の印象から禁止対象となるような表現は、「可能性」も含めて、その解釈レベルは人それぞれで、局によって、または考査担当者によっても判断が異なるため、当然、放送局と得意先の見解に乖離が発生し、その乖離を埋めるのは困難と感じています。
――双方の見解を両立させるには難しさが伴うように思えました。そんななか、考査基準はTV局によって異なると聞いていますが、作業で苦心されることなどはありますか?
諏訪
同じ指摘表現でも放送可能となる修正方法が異なること(例えば、シーン削除が必要か、注釈追記で済むのか)や、同じ根拠(法令)に基づく指摘でも指摘内容が異なることで修正方法が異なること(例えば、機能性表示食品の広告において、機能表現に関してどのレベルまでを許容するか)など、様々です。更には、「不快な映像」などの、受け取り方に個人差のあるものや、商標登録のある語句使用への指摘等、考査担当として把握できていないものなど、多岐に渡る局考査指摘を踏まえて、最大公約数的な素材制作を行う際にアドバイスを求められる場合は、いつも悩みながら作業を行っています。
この作業の中で、素材修正においても、容認交渉においても、過去の考査事例蓄積が非常に重要であり、役立っています。
――「考査AI」によって実現できることは、どのようなことですか?
諏訪
今回の考査AIの特徴は、過去の局考査における指摘内容を学習させていることです。過去、放送局から指摘が多かったものの類似表現が考査結果として提示されると同時に、検索機能によって、具体的にどの放送局から指摘を受けたかが把握できるため、コンテンツ制作時や出稿局選定時の参考情報として活用できます。
また、映像においては、インフォマーシャル固有の制作ルールに基づいた考査ポイントで考査結果を提示するため、インフォマーシャルの実務経験の少ない営業担当、制作担当でも、必要な表示や注意すべき点が把握しやすく、完パケ制作前に反映可能になります。特にインフォマーシャル(CMではなく番組)では通常の考査基準ではなく、番組考査となりますので、番組考査固有のルールが必要となります。初めて制作に取り組む会社でも考査基準を把握したうえで制作することが可能となります。
考査AIが変える、これからの考査実務
――今回リリースされる「考査AI」はTVスポットの考査も想定されていますか?
富田
もちろん得意とするところはインフォマーシャルですが、CMも対応可能です。将来的には、オンライン動画についても対応していきたいと考えています。
――この「考査AI」で、得意先、広告会社、制作会社、そして放送局、それぞれどんな利便が生まれるでしょうか?これからのことについてもお話しいただければ。
富田
ざっとメリットをまとめてみますね。
得意先
①広告表現を追求できる。②考査のリードタイムを短縮できる。③放送局毎の考査実績を踏まえたメディアプランができる。④過去の考査交渉材料を参考に交渉ができる。⑤総合的にレスポンスを最大化できる。
広告会社
①得意先に対して一定の考査知見を元に制作サポートできる。②考査交渉をスムーズに進められる。③考査交渉を見据えたメディアプランができる。④レスポンスを最大化する表現でインフォマーシャルを制作できる。⑤レスポンスが良ければ出稿も拡大が見込める。
制作会社
①経験がなくてもある程度の制作ルールが把握できる。②考査をクリアしレスポンスを獲得できる表現を追求できる。③考査交渉を踏まえた制作ができるのでリードタイムも短縮でき、スケジュール管理がしやすい。
放送局
①人件費をかけずとも考査業務を維持できる。②属人化した考査業務を標準化できる。③過去の考査回答を検索できるので考査回答を一元化できる。
上記のようなことが実現可能だと考えています。一番のメリットはなんだろうということですが、まず考査の回答内容が事前に想定できるので対処が効くこと。言われそうなことがわからないまま作って出してみたけど、改稿の要請が返って来てスケジュールが合わない、また編集しなきゃいけない、ナレーションもまた収録しなきゃいけない、みたいなことが起こらなくなる。いわゆる作業の効率が格段に向上すると思います。
今後の課題としては、さらに学習データを追加し、販売に向けて精度向上を図ることと、法律上の課題をクリアしていくことかと思います。その上でSAAS型ビジネスのローンチを目指していきたいと考えています。
――本日は、ありがとうございました。
まとめ
■ディー・クリエイトのソリューション「考査AI」は、放送基準や制作ガイドライン、薬機法などの考査基準を学習し、過去の局考査指摘事例を検索できる。
■考査AIは、長尺の動画に対応できることが特長で、インフォマーシャル特有の制作ルールに基づいた考査ポイントを提示する。
■考査AIは、得意先、広告会社、制作会社、放送局のそれぞれにメリットがあり、表現の追求、考査の効率化、レスポンスの最大化などに貢献する。