今回の記事(前後編)のエッセンスを先にまとめておきます。
◆ AIは「事実」に強く「らしさ」に弱い
生成AIは事実ベースの情報処理に長けていますが、ブランド固有の「世界観」「トーン」「らしさ」を理解することは構造的に苦手です。
◆ 「オントロジー」が、その課題を可視化する
知識と知識の関係性をグラフ構造で表現する「オントロジー」は、「ブランドらしさ」をAIに理解させるための技術的基盤として有効です。
◆ 3つの視点でブランドの理想像を設計する
「企業の発信内容」「生活者の声」「AIの現状認知」を照らし合わせ、理想のブランド像を構造的に定義できます。
◆ ブランドを理解したAIエージェントが、マーケティングを変える
ブランドオントロジーをAIエージェントに組み込むことで、マーケティング業務を担当者個人の感覚に依存せず実施する環境が整います。
従来、企業が生活者にブランドメッセージを届けるプロセスは、比較的シンプルでした。企業が広告やWebサイトで情報を発信し、生活者がそれを受け取る「一対多」の構造です。
しかし現在、この構造の前段に新たなプレーヤーが登場しています。それが、AIです。
生活者が商品について調べたいと思ったとき、「とりあえずAIに聞く」という行動が当たり前になりつつあります。AIが候補として挙げたブランドが比較検討の対象になり、AIが推薦した選択肢がそのまま購入につながるケースも出てきています。BrightEdgeの調査(※1)によれば、2025年のホリデーシーズンにおけるChatGPTやPerplexityからECサイトへの流入は前年比752%増を記録しました。現時点ではオーガニック検索全体の1%未満ですが、急速に拡大しています。
つまり、SEOの重要性は引き続き高いものの、AIという「もうひとつの情報到達経路」の存在感が着実に増している状況です。「AIがブランドをどう説明するか」が、生活者に届くブランド像を左右する時代が始まっています。
ただし、ここに重要な課題があります。生成AIは事実ベースの情報整理や定量的な比較には強みを発揮しますが、ブランド固有の「世界観」「トーン」「らしさ」といった定性的な価値観を理解することは、構造的に困難です。
例えば、あるスキンケアブランドが「肌本来の力を引き出す」という価値観を掲げているとします。人間であれば、そのブランドの広告トーンやパッケージの佇まい、友人の推薦や自身の使用体験などから「このブランドらしさ」を直感的に理解できます。しかしAIは、「保湿成分○○を配合」「敏感肌向け」「無添加」といった事実の集合体として処理しようとします。そのブランドが大切にしている「肌への信頼を取り戻す」という世界観──つまり「らしさ」の文脈が、AIにはうまく伝わりません。
結果として、AIの回答では競合ブランドとの違いが曖昧になったり、スペック比較だけの無機質な紹介になったりすることがあります。ブランドが長年かけて構築してきた独自のポジションが、AIの世界では活かされていない──これは、見過ごせない損失です。
では、企業にできることはないのか。そうではありません。生成AIが回答を生成する際に参照する情報の多くは、企業のWebサイトに掲載されたコンテンツです。商品説明やブランドストーリー、プレスリリースやFAQ。AIはこうした企業発信の情報を読み取り、回答に反映しています。AIに伝わるブランド情報の質は、企業側の情報設計次第で改善できる余地が大きいのです。
もっとも、コンテンツの量を増やすだけでは不十分です。既存のWebサイトや商品説明に情報が散在している状態では、AIは「事実の断片」を拾い集めることはできても、それらを「ブランドらしさ」として統合的に理解することはできません。AIに「ブランドらしさ」を伝えるためには、ブランドを構成する情報を、AIが解釈できる形で「構造化」して定義する必要があります。
どのようにしてAIに「らしさ」を理解させるのか。そのカギとなるのが「オントロジー」です。
オントロジーとは、「ある領域における概念と概念の関係性を、体系的に定義したもの」です。マーケティングの文脈で言えば、「ブランドに関する知識を、AIが辿れる地図のように構造化すること」だと捉えてください。
従来、AIに知識を与える方法としてはRAG(Retrieval-Augmented Generation)が一般的でした。これは、文章の意味をベクトル数値に変換してデータベースに保存し、質問と意味的に近い情報を引き出して回答させる仕組みです。情報の「意味の近さ」で検索する点で優れていますが、「このブランドの価値観に沿った商品アイデアを出して」のような、複数の概念が連鎖する問いには十分に対応しきれない弱さがありました。
オントロジーは、知識と知識の関係性を「ノード(概念)」と「エッジ(関係)」によるグラフ構造で表現する仕組みです。ブランドの価値観・ターゲット・使用シーンといった概念が関係性でつながった状態でAIに与えることで、「なぜこのブランドはこのユーザーに推薦されるのか」といった複合的な推論を、AIが自然に導き出せるようになります。
例えるなら、「ナチュラル志向」という価値観が「健康意識の高い30代女性」というターゲットと「朝のスキンケア習慣」という使用シーンにつながっている──そうした概念の地図をAIに渡すイメージです。これが、複雑な「ブランドらしさ」という情報をAIに理解させるうえで、オントロジーが有効とされる理由です。
この「知識の構造化」という考え方自体は、マーケターにとって新しいものではありません。ブランドの連想ネットワークや消費者知識構造の整理は、従来のブランド論でも行われてきました。しかし、データ収集コストやマーケターの解釈への依存、構造化したデータの活用方法が確立されていないことで、実務に活きていないケースが多かったのです。
生成AIの登場は、この状況を一変させました。構造化されたブランド知識を、AIが直接参照し活用できる時代になったことで、「構造化する意味」が初めて実務的になったと言えます。Schema AppがContent Marketing Instituteで発表した分析(※2)でも、Webサイトの構造化データ(スキーママークアップ)はSEOの技術的なテクニックだけではなく「AIが意味を解釈するための基盤」としても位置づけられるべきだと指摘されています。
オントロジーは、この構造化の考え方をWebサイトの情報整理にとどまらず、ブランド戦略全体にまで拡張するアプローチです。AIが「何を知っているか」だけでなく「概念と概念がどう関係しているか」まで理解できる状態をつくることで、ブランドの世界観をAIに伝えることが可能になります。
前編では、「AIがブランドの”らしさ”を理解しにくい」という構造的な課題と、その解決策としてのオントロジーの考え方を整理しました。ポイントは、AIの弱点を嘆くのではなく、ブランド情報を「AIが辿れる形」に構造化することで、この課題は乗り越えられるという点です。
オントロジーによってブランド情報を構造化することが重要だとわかったところで、次に浮かぶ問いは「では、具体的にどう構築するのか」です。
後編では、ブランドオントロジーを実際にどう構築するのか──「3つの視点」からの設計アプローチと、AIエージェントを活用した具体的なユースケースを紹介します。
※1 参照:BrightEdge「AI Shopping Skyrockets: BrightEdge Data Crowns 2025 The First AI-Driven Ecommerce Holiday Season」(2025年11月) https://www.brightedge.com/news/press-releases/ai-shopping-skyrockets-brightedge-data-crowns-2025-first-ai-driven-ecommerce
※2 参照:Schema App / Content Marketing Institute「Structured Data Helps Brand Visibility in AI Engines」 https://contentmarketinginstitute.com/seo-for-content/structured-data-ai-engines
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